6

 夜。


「えへへー。カズ兄、わたしの巫女姿、どうけ?」


 風呂上がりで顔を赤らめたシオリが、巫女装束を着たまま居間にやってきた。


「お前……それ、パジャマなのか?」


 ヤスから聞いてはいたが、ぼくはあえて呆れたように言う。


「ほうや。これ着とっとぉンね、なんかよく眠れるげんて」


「そうなのか」


 それも不思議な話だ。


「で、カズ兄、ウチの巫女姿、かわいい?」


 ニヘラ、とシオリが笑う。ちくしょう。うまく話を逸らせた、と思ったのに、簡単に戻されてしまった……


 とりあえず、ぼくはシオリを頭のてっぺんから足の爪先まで一通り見渡す。


 衣装はもともとコスプレ用なだけあって、確かにちょっと安っぽい感じは否めない。だけど、意外にシオリに似合っていた。


「……まあ、馬子にも衣装ってヤツかな」


「なんそれー!」シオリの頬が再びふくれる。「カズ兄、そればっかやないの。もう……もっと褒めてま!」


「あーはいはい、かわいいかわいい」


「なんも心こもっとらんがいね」


 シオリのほっぺたが、さらにふくらみを増した。


---


 順番に風呂を済ませたぼくとヤスとシオリは、居間のテレビの前でゲーム機で対戦していたが、いつの間にかシオリが眠そうな顔になっているのにぼくは気づく。


「さて、そろそろ寝るか」


 ヤスが言うと、シオリも半分寝ぼけたような顔で応える。


「うん……ほんなら、お兄ちゃん、カズ兄、おやすみなさい。また明日ね」


「ああ、おやすみ」と、ぼく。


「おやすみ」と、ヤス。


 シオリが居間の引き戸を閉めた瞬間、ぼくとヤスは顔を見合わせ、互いにうなずく。


 ヤスの部屋で、ぼくらはパジャマを脱いで再び普段着に着替え、マンガを読んで時間をつぶす。


 ヤスの話では、シオリが動き出すのはいつも午後十時くらいだという。それまではぼくらもここで待機だ。


「なあ、カズ」マンガを読みながら、ヤスがポツリと言う。


「なに?」


「お前、ぶっちゃけシオリのこと、どう思ってる?」


「うーん。そうだなあ。ぼくが見た感じでは、やっぱ普通じゃないかなあ。別にどこかおかしいって感じはしないし」


「違ぇよ。そういうことじゃなくてさ……たぶんあいつ、お前のこと、好きだぞ」


「へっ?」


 思わず変な声になってしまった。


「今日だって、お前と一緒に花火が見られるって、めっちゃ嬉しそうにしてたからな。たぶんあいつの初恋の相手は、お前だったんだろうな。でもまあ、お前にだって好きな女くらい、いるだろ? だから別にあいつの気持ちに無理して応えてやらなくてもいいんじゃねえかな、とおれは思うが」


「……いや、別に好きな女の子は、いないけどさ」


「だったら、お前、シオリと付き合ってみる気、あるか? 彼氏彼女として、さ」


「ええっ?」


 そんなこと、全然考えもしなかった。


 確かにシオリとは昔から気が合った。幼稚園の頃からいつも能登ではあいつとヤスと楽しく遊んだ思い出でいっぱいだ。それでも、シオリにとってぼくは、もう一人の兄、くらいのものなんだろうと思ってた。一人っ子のぼくにとっても、妹がいたらこんな感じなのかな、と思わせてくれる存在だった。


 正直、今のシオリはすごくきれいになったと思う。でも……


 それが好きってことなのか、ぼくにはよく分からない。つか、そういうの、ヤスはちゃんと分かってるんだろうか。こいつにはもう彼女がいたりするのかな。


「ま、別に答えは急ぐわけじゃないからな。能登にいる間に、お前もじっくりと自分の気持ちを確かめればいいさ……」


 ヤスが言いかけた、その時だった。

 

 カチャ、とシオリの部屋のドアが開く音がする。


「!」


 ぼくとヤスはアイコンタクトを取り、耳を澄ます。


 シオリの足音が、ぼくらの部屋の前を通り過ぎ、そのまま階段を下りていく。


「(行くぞ)」


 小声でヤスが言うのにうなずき、ぼくは彼の後ろについて部屋を出た。


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