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こんな感じで、ぼくは能登の新鮮な海産物を堪能した。黒もずくの酢の物も、ザクザクした歯ごたえですごく旨かったし、ナマコの酢の物も、ナマコの外見から、ちょっと遠慮したいなあ、と思ってたけど、食べてみたらコリコリしてて意外においしかった。でも、やっぱり海の幸はどれも真冬が旬らしい。
そうこうしているうちに、時刻は 18:00 。ぼくらは浴衣に着替え、手足に虫除けをスプレーして、花火大会の会場に向けて出発した。伯父さんの家から和倉温泉までは、近くはないが歩いて行けないほどでもない。
「えへへー。どう、カズ兄。ウチの浴衣、かわいい?」
シオリがニヤニヤしながら聞いてきた。今彼女が身につけているのは、薄いピンクの生地に花柄の浴衣だ。正直、よく似合っていた。とてもかわいい……が、それをそのまま言うのは、ちょっと気が引けた。
「そうだなあ……馬子にも衣装、ってヤツかな」
「えー。なにそれー。ひどくない?」
シオリのほっぺたがプクーっと膨らむ。こんなところはまだまだ子供っぽいんだけど……浴衣から浮かび上がる彼女の体の線は、もうかなり大人の女性のそれに近い。ちょっとドキドキしてしまう。
「ったくもう……おれは先に行くからな」
呆れ顔のヤスがくるりと背を向け、歩き出した。
「ええっ? ちょ、お兄ちゃん、待ってま!」
あわてて彼を追いかけるシオリを、ぼくは後ろから追いかける。
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道中は子供の頃の思い出話でずいぶん盛り上がった。そして、ぼくたちは絶好の花火見物スポット、わくわくプラザに到着した。加賀屋旅館の隣、海に面した広場だ。ぼくたちはそこで花火が始まるのを待った。
午後八時過ぎ。ようやく花火が始まった。名物の水中三尺玉はすごかった。わくわくプラザで見ていると本当に目の前で爆発するのだ。衝撃波が体感できるくらいに。
午後九時過ぎに花火は終わった。ぼくたちは家に向かって歩き始める。
「あー楽しかった! 久々の花火、めっちゃよかったー!」
相変わらずテンションの高いシオリだった。まあ、ぶっちゃけぼくもかなりテンアゲ状態だったのだが、ヤスだけは落ち着いていた。もともとこいつはこういうクール(を気取った)キャラなのだが、どうもそれだけでもないようだ。もちろん、ぼくもその理由には見当がついていた。
おそらく、今日も「それ」が起こるのか、心配なのだろう。
そう。それは昨日のことだった。
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< カズ、今ちょっと通話いいか ]
夜。突然ヤスからLINEが飛び込んできた。常日頃ぼくはヤスとよく連絡を取り合っている。一緒にソシャゲで遊ぶことが多いからだ。
[ いいよ >
ぼくが応えると、さっそく彼から通話がかかってきた。ぼくは通話ボタンをタップしてスマホを耳に当てる。
「もしもし」
『カズ、実はちょっとお前に頼みがあってな』
なんだか深刻そうな声だった。
「え、何? お土産のリクエスト?」
『違ぇよ。シオリのことなんだが……あいつ、最近ちょっとおかしいんだ』
「ええっ?!」
ぼくはシオリの面影を思い出す。小さい頃からカズ兄、カズ兄と言っていつもぼくの後にまとわりついてきた、活発な女の子。一人っ子のぼくにとっては妹のような存在だった。だけど、もう三年も会ってない。考えてみれば彼女ももう中学生。大分成長したんだろうな、と思う。その彼女の様子が、おかしい……?
「ああ。一昨日の夜、あいつが真夜中に外に出ようとしてたんだ。しかも
「巫女装束? なんでそんなもの持ってんの?」
『この前うちの学校の演劇部が中島の演劇堂で劇をやったんだけどさ、あいつ、演劇部の知り合いに頼まれて巫女役で出演したんだよ。それで巫女の衣装を買ったのさ。ま、コスプレ用の安いヤツだけどな』
以前ヤスに聞いたことがある。七尾市中島(旧中島町)の能登演劇堂は、有名な俳優が率いる劇団が中心になって演劇を上演している、かなり本格的な劇場なんだそうだ。それで、中島は地区をあげて演劇に力を入れているらしい。
シオリの巫女姿か……ぼくの記憶の中ではちっちゃな女の子のシオリが、巫女装束を着ている姿は、あまり想像できなかった。
それはともかく。
「で、なんでシオリは巫女装束を着て外に出ようとしたんだ?」
『それが、分からないんだよ。あいつ、何かにとりつかれたようになっててさ、おれが止めようとしても全然反応がないんだ。後ろから羽交い絞めにしてようやく止めたんだけどさ、そしたらいきなり気を失ったみたいで……寝息を立ててたから、寝ちまったんだろうな。しょうがないからそのままあいつの部屋に引きずってって、布団に寝かせたんだけどさ……次の朝、あいつに聞いても、その時のことを全然覚えてないんだ。で……実は、昨日も同じようなことが起こって……な』
なんと。
そんな異常なことが、二日立て続けに起こったのか……確かにおかしいな。
「シオリは巫女装束を着たことも覚えてないのか?」
『いや、それは覚えてた。なんか最近パジャマ代わりにして寝るとき着てるらしい。理由を聞いても、「うーん、なんとなく」としか答えないんだ。でも、何かを隠してるわけでもなさそうなんだよ。ほんとに、なんとなくパジャマ代わりにしてるみたいなんだ』
「……」
どういうことだろう。巫女装束って……パジャマの代わりとしての着心地は、あんまりよくなさそうだけどなぁ……
「それでヤス、ぼくに何を頼みたいのさ」
『明日お前がうちに来た時にさ、シオリの様子を観察してくれ。いつも顔を合わせてるおれじゃ分からないことも、お前ならわかるかもしれないからな。それに……二度あることは三度あるからな……明日の夜も、同じことが起こるかもしれない。おれは明日、シオリを止めないつもりだ。あいつの後を尾行して、あいつが何をしようとしているのか、確かめてみようと思う』
「それ、伯父さんや伯母さんに話したのか?」
『いや、話してない。親父もお袋もシオリに何かあるとものすごく心配するからな。それに……実はおれにも、シオリを羽交い締めにして止めてたときに、不思議なことがあったんだ』
「不思議なこと?」
『ああ。なんか、良く分からないんだが、目の前に何か、文字みたいなものがぼやっと浮かび上がったんだよ。一昨日も、昨日もな』
「……」
確かに、不思議と言えば不思議だが……一体どういう意味があるんだろう……
『だけど、なんて書いてあるのか全然分からない。シオリが気を失ったらそれも消えちまったしな。だから……一体何が起きているのか、おれも知りたいんだよ。だけど親に話したら、絶対止められると思う。と言っても、さすがにおれ一人だけでは何か起こったときに厳しいが、お前が一緒なら心強いからな』
……。
なるほど。そういうことか。
「わかった。そういうことなら確かにぼくも気になるから、協力させてもらうよ」
『助かる。それじゃ、明日、頼むからな』
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