第3話 オカルト、結束
食事を終えて、おれたちも学校へ向かう。
自室で制服に着替え、リビングに戻ると、バルコニーから外を見つめる初の後ろ姿が見えた。
初はよくこうしている。
空中をぼーっと見ているような……小さな子供や犬が、人のいない場所をじっと見つめる仕草に似ていて……。つられて同じところをおれも見るけど、そこにはなにもなかった。
――おや、珍しい。
この町だったら、そこにいてこそ普通だろうに。
「今日は、少し晴れてるな」
天気のことじゃない。
視界不良の霧が、昨日よりは見えやすいってことだ。
「ひつぎ、じっとしてて」
初に見つめられて、跳ねた心音と共に体が動かなくなった。
二人きり。近づいてくる良い匂い……。
ぎゅっと抱きしめられて……、柔らかさを堪能してから、
「え、な、なんだよ……」
「じゅうでんちゅー」
唐突な行動の理由が分かると、体も動くようになってきた。
初は無感情で、言葉少なく表情の差異も少ないと言ったが、その分、行動で示す。
好意は抱擁、嫌悪は暴力……まあ、そんな具合に。
最高峰の構ってちゃんと言えば分かりやすいだろうか?
「それ、あんまり外でやるなよ。恥ずかしいから」
昔からの知り合いがいる中なら、いつものスキンシップと分かるだろうが、転入してきてまだ一ヶ月しか経っていない付き合いの薄いクラスメイトの前でこれをしたら、いい興味の的だ。
同じ穴のムジナの集まりだから、恋愛的ないざこざは起こしたくない。
ここならおれでも、友達が作れると思うのだ。
それを邪魔させるわけにはいかない……、いくら幼馴染が相手だろうとも!
おれたちの生活資金は、毎月、口座に振り込まれている。
母さんが入れているのだろうと分かっているので、それには手をつけない。
これまでのお年玉などの貯金を少しずつ切り崩して、なんとか生活できている。
さっきも言ったが、家賃が安いのだ。
グレード的にはそこそこの建物でありながら、一ヶ月、一万円を切っている家賃のカラクリは、いわゆる『事故物件』に当てはまるからである。
とは言え、ここで誰かが亡くなったわけではない。
別の場所で亡くなった人間の魂が、ここに住み着いていたからだ。
悪霊、とは限らないが。
もっと言うと、この部屋に限らない(夏葉さんの部屋も、もちろん格安の家賃なのでなにかしらの霊はいるはずだ)。
建物自体……もっと広げて、この町自体が、霊を集めるスポットになっている。
『クロス・ロンドン』。
東京都に近い埼玉県に作られた人工都市。
その名の通り、首都・ロンドンを真似て作られた町並みだ。あくまでも町並みなので、各々の生活があっちの文化に染まるわけではないが……、
それはそれとして、モデルはおまけに過ぎない。本題は、全国で一気に増え始めた霊的現象、もしくはオカルトが、一時期は災害レベルで猛威を振るい、被害も多数も出ていたために、苦肉の策として計画されたのが、この町だ。
根本的な解決ではなく、臭いものは一つにまとめてしまえという力技だった。
舞台にロンドンが選ばれたのも、魔法文化に精通しているから、だと思うが……。
意外と、提案者の中に映画好きがいて、資料を多数用意できるからという理由かもしれないし、確かなことは分からない。
開園当初は観光客も多かったが、おれと初がきた時にはもう観光客はおらず、二つの意味でゴースト・タウンに近かった。
心霊スポットとして雑誌に載ったこともあるが、本当にやばいので、責任者も立ち入りを禁止し、かなりのオカルト好きでも自主規制をするほどのなにかが、ここにはいるらしい。
まあ、確かにいる。うようよと。
金縛りなんて日常茶飯事、気付けば物質化現象を見ているし、ラップ現象は子守歌のようなものだ。ポルターガイストはたまに欲しいものが目の前を通り過ぎたりするので、上手く取れると今日、一日の運勢が良さそうだと元気が出る。
こんな風に、霊媒体質を持っている側からすれば、ここは単純に家賃と物価が格安の、住み心地の良い町でしかない。
霊媒体質でない者は入ってこないし、閉鎖的なコミュニティに思えるかもしれないが、逆に言えば、全員が霊媒体質であると言える。
幽霊と喋っていても変な目で見られない。霊的現象だと説明したらすぐに納得してくれる。
同じ穴のムジナなら、誤解が起こらない。ここは天国か?
それに……なによりも、自由だ。
鬱陶しい小言を聞かずに済む。
良いこと尽くしで、まるでおれのために作られた町のようではないか!
教室に入ると、机の数に合わない少ない人数の生徒が座っており、各自、好きなことをしていた。町の人口が少なければ当然、学生も少ない。田舎レベルの少なさだ。
だから学年というくくりは取っ払い、三つの学年が一堂に会している。
すると、ポニーテールを揺らしながら、快活な少女がおれたちの前に小走りで近づいてきた。
「おはよう、ひつぎ、初。
ねえねえ知ってる? 今日、新しい先生がくるらしいよ?」
やっぱり三日ともたなかったか。先生だけは、霊媒体質でないプロを無理やり派遣させているから……、途中で逃げ出したくなる気持ちも分かる。
いつ呪い殺されるか分からない環境だしな。
「やっぱりか……。で、学園生活は楽しめてるか? さすがに学園祭とか……実質、六人のおれたちじゃ、盛り上がりに欠けると思うから、おまえの未練を晴らすことはできないけど」
「それは残念だけど……ひつぎと初が話してくれるから充分に楽しい学園生活だよ」
「そっか」
ポニーテールの少女は、幽霊だ。
人間と見間違うほど、実体化している。
きちんと足もあり、触れる。
矛盾しているかもしれないが、心臓の音だって聞こえるのだ。
まるで生き返ったような存在感。
ただし、それもクロス・ロンドンの中だけだ。
霊的エネルギーが集まった場所だからこそ実現できた疑似蘇生。
結局のところ、彼女は成仏しないで現世に彷徨い続ける幽霊でしかない。
「そうだ! ひつぎは新聞とか読むの?」
「いいや、読まない」
「えっへっへ、じゃあ面白い記事を見せて――」
「はーい、みなさん座ってくださーい、ホームルームを始めますよー」
と、聞き慣れた声に視線が新聞記事でなく、黒板の前に立つ教師に吸い寄せられる。
あっ。
「新しく、このクラスを担当します、夕映夏葉です。よろしくお願いしますね」
小柄なスーツ姿の女性が……。
派遣って、そういう……っ!
「夏葉さん!?」
「はい、
しーっ、と、夏葉さんが人差し指を立てた。
―― ――
知人の登場で驚くひつぎの横で。
ぱさり、と落ちた新聞を拾った初が見たのは、見出しから、大きく特集されているスポーツ記事ではなく、端っこの方にこぢんまりと書かれた、とある怪奇事件。
普通なら読み流してしまいそうな小ささだったが、初はそこに吸い寄せられた。
体質ゆえに、か。
まるでその記事の文字が、光って見えたのだ。
「…………」
米国にて。
ガラスケースに入っていた呪いのアナベル人形が、突如——紛失。
未だ、その所在は掴めていないらしい。
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