旧題・最終話 裏表リバース
水色一色でなく、各ポイントに白を当てたデザインの衣装は、いりすが着るには少し幼いイメージを想像させる。かと言って似合っていないわけではなく、実年齢よりも一つ二つ下に見えるのだから、衣装の効果は絶大だった。
というか、露出が多過ぎる気がする……。
少しずつ寒くなってきているこの季節、風邪を心配してしまう。
……そんなのは建前であり、
彼氏としてそんな格好のいりすを外で歩かせたくないだけなんだけど。
「くす。もぐらの杞憂かな。『こっち』ならそんな心配はいらないもの」
「……その、格好……」
「あ、これ? あたしの趣味じゃないよ? こういう格好って決まってて――」
「魔法少女みたいだな」
そう、幼さをイメージさせる華やかな衣装は、まずそれを思い浮かべる。
握っている三又の槍が、遠くから見ると魔法のステッキに見えないこともない――というのも、強く影響しているのだろう。
すると、いりすが俺を見て微笑んだ。
今の彼女特有の、悪意はないものの、優しい目ではなかったことが気になった。
「へえー。もぐらって、そういうの見てるんだ」
「っ、いや、妹が! 妹が見てるから俺も一緒に見てただけで!」
魔法少女という例えは魔法少女を知らなければ出てこない。
つまり、俺はこの歳で魔法少女ものを見ている、ってことがばれてしまったことになる。
いやほんとに! 妹が見ているのを一緒に見ているだけなんだけどな!
部屋が狭くてテレビが一台しかないと、必然的に視界に入るんだよ……。
「別に引いたりしないよ? 気持ち悪いって思ったりもしないし。こういう格好を強制されると困っちゃうけど……」
平気そうないりすも、しかし格好には抵抗があるようだ。
「でも、さっきも言ったけど、人目についたとしてもこっちならあっちよりも抵抗はないから、まあ大丈夫かな」
あっち、こっち。
その言い方だと、信じ難いが、世界が二つあるように思えてしまう。
が、その方が説明できてしまうし、納得できてしまうのも事実だった。
だけどやっぱり、信じられないと否定する自分がどこかにいる――。
さっきまで炎に包まれていたスーツ姿の女性を指差し、
「この人、どこにも火傷や怪我をしていないんだよ。なによりもいりすが突き刺した、刺し傷がない。俺はこの目で見たぞ、絶対に、背中から腹まで貫通してた……なのに。
どうして血の一滴も出ないんだ? それに、いつもと比べて人も車も少ない……なんなんだ? 俺がおかしいのか、世界がおかしいのか――どっちなんだ!?」
「もぐらも世界も正しいよ。なにも間違ってなんかいない」
言った後、いりすは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「正しいもぐらが、後少しで襲われそうだったことを考えると――、
正しいのにこうして巻き込まれてしまうのは、それこそ間違いよね……」
「……いりすの方こそ、一体、なにに巻き込まれているんだ……?」
「知りたいの?」
ここまで踏み込んでおいてさて帰ろうとはならない。人が炎に包まれるなんて猟奇的な事情に踏み込む気はなかったけど、これが、いりすが抱える問題なら望み通りと言えた。
今のいりすと、俺を遠ざけたいりすの事情が分かるなら、進むしかない。
「教えてくれるまで帰らないぞ」
渋るかと思って、半ば脅しみたいな言い方になってしまったが、
予想外にいりすはあっさりと「じゃあいこっか」と俺の手を取る。
「え?」
「こっちの世界を管理してる子がいるから、その子から聞いた方が早いと思う」
瞬間、ぐんっっ! と重力を無視した跳躍に巻き込まれる。
カメラが倒れたような視界のブレがあっただけで、不快感は最小限だった。
気付けば町を一望できる上空にいた。そんな状況で宙に足がつく。
こつ、と見えないアスファルトが足下にあるように、つま先で足場を確認できた。
「あたしから離れたら落ちちゃうから、しがみついててね」
「うおっ!?」
再びいりすが跳躍し、俺は彼女に抱えられる情けない格好で移動をする。
平均的な体重とは言っても、決して軽くはない俺を軽々と持ち上げられるいりすの筋力はもちろん、彼女本来のものではないだろう。
魔法少女(……なのかは分からないけど)らしく、魔法で増幅でもしているのかもしれない。
宙の足場も、跳躍力も。
「……説明できるほど、あたしもよく知らないんだよね。巻き込まれた側だし」
俺を抱える前にぼそっと呟いたいりすの本音を、俺は聞き逃さなかった。
乗り心地の悪くないフライトを数分味わい、連れてこられたのは公園だった。
ここら辺では一番大きい公園だろう。
外周がランニングコースになっており、ちょうど一周で一キロになる。いつもなら時間帯関係なく走っている人が数人はいるものだが、夜なので子供はもちろんだが、ランナーもいなかった。いるのはブランコを漕いでいる黒づくめの……背丈的には、小学生かな?
子供がいるじゃん、と思ったが、あれを子供とするにはさすがに警戒する。
まともな方の世界だったとしても、この時間帯に小学生が一人でブランコを漕いでいたら、普通じゃない状況だと判断するはずだろう。
「あの子だよ……おーい、ステイシアー」
そういりすが呼びかけると、
ブランコを漕いでいた少女が勢いをつけてブランコから飛び降りた。
黒づくめの格好は、雨も降っていないのに、まるでぽんちょだ。
危なげなく着地した少女は――、
遠くから見た通りにやはり背丈が小さく、小学生にしか思えない。
……この子が、この世界の……?
いりすが言うには、管理人らしいが。
少女がフードを取る。
すると、明るい金髪が見え、強気な表情がまず俺を見た。
警戒しているのか、見定めているのか……恐らく、どっちもだろう。
いりすが「ステイシア」と呼んでいた。
ということは、海外の子?
英語で通じればいいけど……。
「だれだ?」
思ったのも束の間、思い切り日本語で話しかけられ、出鼻を挫かれた気分だった。
日本語が話せるならそれに越したことはないが……、
身構えた分、肩透かしを食った気分である。
強い眼光に脅されるまま俺が名乗ると、
「……天条?」と首を傾げられた。
もちろん、俺と面識はないが、二歳と三歳離れた妹たちと面識があってもおかしくはないかもしれない――。面識がなくとも天条という名字だけを聞いている可能性もある。
名前だけなら上の方の妹は悪目立ちしているからな……。
困ったことに、区に轟く悪名だ。
目の前の少女が見るからに小学生だとしても、今年に入学したばかりの新一年生ということはさすがにあるまいし……、恐らく、四年生とか、五年生とか? だろうか。
だったら妹たちが上級生だった時の下級生がこの子なのかもしれない。
「ふうん。じゃあこっちも名乗るよ。
「…………は?」
「十三歳だよ…………そのアホ面でなに考えてるのか手に取るように分かるからな」
十三歳……中学、一年生……――中学生、だと!?
予想してた四、五年生でも多く見積もったつもりだったが……まさかそれ以上とは。
それじゃあ、うちの下の妹と同級生じゃないか。
「おまえ、信じてないだろう」
ぽんちょのボタンを上からはずした金髪少女が、肌を隠す黒衣を脱ぎ捨てた。
見えてきたのは真っ赤なセーラー服である。確かに、その制服は妹たちと同じ中学のものだった。これを着ているから中学生だと言いたいのだろうが、でも、だとしたら弱い。
制服自体を手に入れることはそう難しくないし、誰でも着ることは可能だ。だから着ている自分は中学生ですと言い張ったとしても、中学生であるという証明にはならない。
「それは、そうだけど……っ!」
認められずに悔しがる金髪少女だったが、そもそも、俺が疑っているからと言って必ずしもその誤解を解く必要はないと言える。
小学生と思っていようが、中学生だと認めようが、これからのことになにか影響があるとは思えなかった。
少女はすぐにその事実に気付き、プライドもあるだろうが、この場においては邪魔なものだと判断したらしい。小学、いや、中学生にしては賢い……、そうでなければこの世界の管理人などやっていられないだろう。
いりすを都合良く使っている頭があるはずなのだから。
「それで。アタシになにか用?」
ぽんちょの中に収まっていた腰まで伸びた金髪を両手で持ち上げ、風に当てる。
どこにいてなにをしても絵になる少女だ。
オフショットの全てがお金を取れるくらいに完成されている容姿をしている。
いりすがまだ比較的、手の届く位置にいる学園のアイドルなら、この宍戸ステイシアという少女は、まったく手が届かない上流階級のお嬢様というイメージがつく美少女である。
同じ美少女でも雰囲気が違う。
どっちが上とか下とかないが、取っつきやすいのはいりすの方だろう。ただ、ステイシアの方も、同級生だったら躊躇うが、俺からすれば年下なので、わりと遠慮なく声をかけることができる。たとえるなら、学園のアイドルと言っても、教師からすれば他となにも変わらない生徒、みたいなものだろうか。
「もぐらにこの世界のことを説明してあげてほしいの」
「これに? 説明したところで……」
「もぐらには裏表がない。だからこの世界で襲われたらどうなるのかは、ステイシアも分かっているはずよね?」
「…………だったら尚更、なんでいちいち巻き込もうと――」
「裏表のないもぐらだからこそ、放っておけばすぐにこっちの世界に入ってくるわよ。ふらふらと探索でもされて、見えないところで赤魔人に襲われたら、傷を表の世界に持ち帰ることになる――、争いのない世界平和を作りたかったステイシアにとって、表の世界での流血沙汰は許せないことでしょ?」
なんだか壮大な話になってきたが、元より、世界の一つを管理しているところから、規模は充分に大きい話だった。
―― 完全版 へ ――
「リバース魔法少女」
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