第2話 なにもしないよりは

 素直に舞台に上がってくれたかと思えば、俺の目の前に立ち、開口一番でこれだ。


 コウモリの羽がないのが勿体ないって言ったことが? 

 いや、俺からの呼びかけの方らしい。確かにあれは失敗だった。


 ……まあ、舞台に上がってくれただけでも良しとしよう。

 客席のところで一蹴されたら、俺だけじゃなく文化祭実行委員の立場がない。


 告白祭で舞台に立てる参加者が一人である以上、目玉となる最後のイベントが不発になってしまうと目も当てられない盛り下がりになってしまう。

 そういう空気を読んで舞台に上がってくれたのかもしれないが……。


 かもしれない、ではなく、そうなのだろう……いりすはこういう空気を敏感に察知して、素早く読むタイプだ。呼ばれてから舞台に上がるまで行動が早かったのも同じく。


 いつもなら一言では終わらない罵倒も、今日はやけに少ない。


「あんな呼び方さあ…………。ほんと、死ねばいいのに……」


 舞台上にいるが、俺と司会者にしか聞こえない声量だ。

 こんな相手に今から告白する俺を不憫に思ったのか、司会者の先輩が俺の肩をぽんっと叩いて、「なにごとも経験、経験っ」と慰めてくれた。


 玉砕前提かよ……。とは言え、俺もそっちを前提に、「言わなかった後悔」をしないために言うだけだから否定もできないんだけどな……。


 気付けば喉がカラカラになっていた。


 息巻いて呼んだはいいが、次の言葉が出ない。

 告白どころかいりすからの罵倒に返す言葉さえも出てこなかった。


「……ねえ、ちょっと。早くしてよ。あんまり晒し者になりたくないんだから」


 あのいりすから小声で言われてはっとなる。

 俺に気を遣うなんて、傍から見ても俺の状態はよっぽどだったのだろう。


 司会者もいじりにくそうに、「大丈夫? いける?」と心配する始末だ。


 ……情けねえ。

 ここまできた以上、どんな末路でも受け止めるしかねえだろっ!!


 パァンッッ! と両頬を叩いて気合いを入れる。


「ごめんっ、腰が引けてた」

「意外ね。あんたって鈍感だから、怖じ気づくことなんかないと思っていたのに」


「慣れるまでは俺だって怖いよ。こんな状況になったのなんて初めてなんだから」

「そりゃそうよね。公開告白なんてそうそう機会なんか訪れるわけ――」


「告白自体もだよ」


 俺の初恋は、お前なんだから。


 幼馴染と言えるほど、距離が近かったわけではない。

 どちらかと言えば腐れ縁と言った方が近いか。同じ小学校、中学校、高校と、クラスが別れることはあっても、一年間で顔を合わせることは多かった。

 生活圏内が同じであれば休日にばったりと出会うことも珍しくもない。立ち話をするでもないし、一緒にどこかに出かけることもなかった。

 軽く挨拶を交わしてすれ違う、それくらいの関係性だ。


 それでも九年間、入れ替わる人間関係の中でも神酒下いりすは俺の世界の中にいた。


 片想いをし続けていた理由なんて言ってしまえば顔が可愛かったからに過ぎないけど、たまに軽く話す世間話がなにより好きだったし、ある時から突き放すような罵倒をされ始めたが、それを含めても俺的には今日も会話ができたという前進になっている。


 結局、


 ずっと関係が続いていることが理由になるのだろう。


 進展を望んでいたわけではない。たくさんの告白をされても断り続けているいりすに甘えて危機感を抱いていなかったのだ……、でも、いつかは受け入れる時がある。何十年後かもしれないし、今日、俺でない別の誰かが告白をして、いりすが頷いていたかもしれない。


 いつだって、大事なものが失われる時は油断をしていた時だ。


 大丈夫だろうと高をくくっていたら、手元からこぼれ落ちていたなんてざらにある。


 不変なんてあり得ない。進退どうあれ、失うことが必ずあるのなら、なにもしないで失うくらいなら前進を求めて失敗し、全てを失う方がまだマシだと思ったのだ。


 だからこその告白祭。

 覚悟は決めていただろう――。


 奪われるくらいなら、玉砕してやると!!


「いりす。お前が好きだよ」


 言った瞬間だ、場が静まり返る。

 嫌な静寂だった。一切の音が聞こえなくなり……、続いて彼女の口が動くが、音が届かない。

 気付けば、必ず聞こえるだろう自然音さえも聞こえなくなっていた。


 誰も喋らずとも、換気扇や面した道路を走る車の音くらいはいつも聞こえているのに。


 さっきまで普通に聞こえていたのに、だ。

 極度の緊張で、俺の耳がおかしくなったのか……?


 だとしたら、まずい。

 いりすは口を動かしていた。俺の告白への、返事だろう。


 既に言っていたのだとしたら、聞き逃していることになる。

 ……あいつは、なんて言っていた?


 まあ、聞こえずとも答えなんて分かり切っているだろうけどさ。


「……そう、だよな。ずっと一緒だったとは言え大した交流もなかったんだ。俺はお前をよく見ていたけど、お前が俺を見ていたってわけでもないし。だったら親密でもない相手から急に告白されても、迷惑なだけだよな……悪かったな。でも本音だった。離れたところから見ているだけの九年間でも、この気持ちだけは、本物だったんだよ」


 ……本物の気持ちを好きな子に直接、砕かれたのなら本望だ。


 これなら、『もしも』を引きずることもないだろう。


『…………神酒下、さん……? もう一度、言ってもらっていいですか……?』


 マイク片手に司会者の先輩が、俺の言葉も拾わずにいりすに訊ねた。

 まるで俺の話なんか聞いていなかったみたいに。


 さらに、舞台上から見える客席の生徒たちも、俺のことなど見ていなかった。


 時間が止まっていたかのようだ。俺だけが先に進んでしまったみたいに、みんなが止まっていた場に、俺は引っかからなかったようだ……。


 なにが起きたんだ?

 俺はその時……、聞こえていなかった。


 緊張で音が飛んでいた。

 でも彼女の口が動いていたことは覚えている……四文字、だったように思う。


 その四文字を俺は、勝手に拒絶だと思い込んでしまっていたが……。


「あたしも」


 いりすが俺の瞳をじっと見つめ、

 照れもせず、それを隠したりもせず、笑みも見せない真剣な表情で、


 告白の返事を言ってくれた。


「あなたが、好きです」



 文化祭が終わった後、クラスではお化け屋敷の後片付けがあったのだが、俺といりすに気を遣って、クラスメイトが先に送り出してくれた。

 今年に限らず、告白祭で成立したカップルは誰よりも早く帰宅できるらしい。


 どうやら校内に残っていると色々と詮索されるため、カップル成立したばかりの良い雰囲気が台無しになる、という前例があったようだ。


 結局、休みを挟んで次の登校日になれば、嫌ってほど詮索されるのだろうけど……。

 でもまあ確かに、今されるよりはマシだろう。


「………なあ、いりす」

「ん。なに?」


 いつから俺のことを好きだったのか、そういうことを聞いてもいいのだろうか。

 疑うわけじゃない。それでも、俺が思う理想通りに、いき過ぎているのが気味悪い。


 唐突過ぎやしないか? それとも、俺が知らない内に無意識にいりすの好感度を上げていたのだろうか……? でも、いりすが俺の告白に頷いてくれた時、周囲の反応は戸惑い一色だった。


 しかも、「あり得ない」とまで声を揃えて言う女子生徒が多数いた(それはそれで失礼にもほどがある)。嫉妬した男子ならともかく、女子までもがそう判断するのだから、いりすは俺に好意を持っていたことを徹底して隠していたと言える。


 気づかせず、匂わせず……つっけんどんにしても怪しまれる可能性があるため、だからこその普段の無関心さと思えば、腑に落ちると言えばそうだが……。


 もしくは、そもそも好意なんてなかったか、だ。


 だとすると、告白を受け入れてくれたこの状況はなんだって話になる。


 ……狙いはなんだ?

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