「サツ人鬼と暗サツ者」
第0話 クラスメイト・バラバラ
『いとうえ はるま に きをつけろ』
これは今の僕から、未来の僕へ送るメッセージだ。
――の、つもりなのだけど、何度も何度も書き直している。
ペンを握り、手帳に書いた字は、逃げるために走っているせいでぐちゃぐちゃだ。これじゃあ、とても読めやしないだろう。
物陰に隠れて腰を落ち着け、書道でもするように呼吸を落ち着かせて書こうとすれば、背後の壁が、ばたん! と外側へ倒れた。
長方形で抜かれた、壁の向こう側にいたのは……、
「は、早いじゃないっすか……」
「でしょー?」
彼女が片手で掴むハサミを突き出した。
反射的に仰け反ったおかげで、ハサミは空を切る。
じゃきん、じゃきん! ……嫌な音だ。
「ま、待てよ!? 僕はそう難しいことは要求していないはずだぞ!? お前が僕に押しつけた悪評を、また切り取ってくれって言っただけじゃないか!」
「もうそういう問題じゃなーいの。あたしがこんな能力を持っているって知られた時点で、口封じをするに決まってるじゃん。誰にも言わないって
だからって、ハサミを握り締めて校内を追いかけ回すのか!?
クラスメイトの好みで手加減する、なんて素振りがまったくないし!
ゆっくりと後退するが、それ以上の歩幅で、彼女が近づいてくる。
と、ととっ。と、小走りのステップで距離を詰めてきた彼女の顔がすぐ近くに。
犬のように鼻先を頬に当て、コミュニケーションを取ってきた。
「お、おいって……!」
匂いを嗅がれているみたいで、対処しようと考えても、風船が割れるみたいに考えがまとまってくれない。
「だから……っ、近いってば!」
彼女の両肩を押そうと力を入れたら、廊下の天井が見えた。
どさっ、という音も聞こえる。
硬い床に、背中から落下していたみたいだ。
同時に頭を打って、反射的にごろごろと悶えていると、気付いた。
下半身は、どこいった?
振り向くと、繋がっているはずの下半身は立ったまま、彼女の前に立っている。
すると、彼女が乱暴に僕の腰に蹴りを入れた。
「痛ぁ!?」
あいつ、一体なにを……ッ! 急に蹴りを入れなくてもいいのに……と思うけど、それよりもまず、文句を言うなら、体を切断しなくてもいいのに、だ。
いや、それよりも。
切断されても、僕、生きてるぞ!?
「元々、殺傷能力なんてないものだもん。
バラバラ殺人事件みたいな絵面になっても安心していいよ、ちゃんと生きてるから」
「……そういうの、教えちゃっていいの?」
「どうせ口封じするんだから、二つ三つばらしても同じだもの」
会話の最中、蹴り倒された足がじたばたともがく。
僕がそう動かしているからだ。
切断されても感覚がある。
痛みが通じているのだから、右足を動かそうとすれば、実際に右足が動いていた。
不思議な感覚と光景に興味をそそられるけど、のんきに観察している場合じゃない。
感覚が繋がっていても、胴体が繋がっていなければ足にはならない。
這って逃げようと試みるも、当然、見逃してくれるはずもない。
ずずっ、と頭の中になにかが潜り込んでくる感覚に、嘔吐感がせり上がってくる。
頭の中がどうなっているのかは、知識として知ってはいても、実際に見たことがあるわけじゃないので分からない。だからイメージだ。
深海のような青く暗い水中に、ハサミの刃が、沈み込んでいく映像が見えた。
奥に沈んでいる巨大な樹木。伸びるいくつにも分岐している枝が、沈むハサミの後方にまで伸びている。ハサミの刃が、その一つに狙いを定めたようだった。
「…………!」
彼女は、気付いていない。
うつ伏せで見えないのだろう、手帳とペンが胸元にある。
もう、読めないとか細かい完成度にこだわっている時間はない。この際だから仕方なくひらがなで書くことに決めた。ついでに、忠告と一緒に、一つの情報を放り込んでおく。
あとは、後の僕がなんとかしてくれるはずだ。
「きっと、こういうのがわくわくするんだろ?」
手帳をそっと懐にしまい、そして。
イメージしていた枝の一本が、ハサミによって切断された。
同時に、僕の意識が、ブラックアウトする。
『いとうえ はるま に きをつけろ あいつは のうりょくしゃ だ』
教室で目を覚ましたら、誰もいなかった。
放課後なので誰もいないのは分かるけど……誰も声をかけてくれなかったみたいだ。
起こしてくれてもいいのに。
一人でぽつんと教室にいるとか、寂し過ぎる……。
どうして眠っていたのか、思い出そうとしても思い出せなかったので、癖でメモする手帳を取り出して見てみると――書いた覚えのない文面があって、思わず復唱した。
「これは……漢字にした方が分かりやすいから、こうしてこう、こう……」
できた。
直すと、こうなる。
『
…………イタズラ? 寝ぼけて僕が書いたんだっけ?
糸上春眞のことはもちろん知っている。クラスメイトだ。
いちばん廊下側、黒板に近い席に座っている。出席番号も早く、二番だ。
クラスの中でも発言回数が多く、目立っている生徒だ。良くも悪くも、一言で雰囲気の風向きを逆方向へ変えることが多い。良い奴だけど、性格に多少の難がある。
そんな彼女が能力者だって?
「……でもなあ、否定もできないしなあ」
それに、糸上なら能力者であっても、やっぱりなあって思えてしまう。
そういう不思議な力の一つや二つ、持っていそうだ。
―― 完全版へ ――
「サツ人鬼と暗サツ者」
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