旧題・最終話 剣に処す

 積み上がった瓦礫を迂回した先にいたのは、当然ながらそう仕組んだ相手である。

 酔っ払いの男――名はダイアン。


「……ちょっとどころじゃねえな。細身だった体が膨らんでるじゃねえか」


 膨張している、とは言っても、詰まっているのは空気ではない。服がはち切れんばかりの筋肉である。ディンゴが望んだ生身の体ではない……だが、文句はなかった。

 これが彼の戦い方と言うのであれば、否定するのは勝手だが、強制させることはできない。


 戦争だ。試合と呼ばれる一騎打ちや、男のプライドをかけた路地裏の喧嘩ではなく……勝利だけを欲する利益を求めた軍人の戦い方だ。


 そういう世界の勝負なのだから、戦い方を合わせる必要がある。


 ……簡単な話、身代わりを使っている以上、本体がどこかに隠れているはずだ。

 こいつと真っ正面から戦わなくとも、そっちを叩いちまえば無駄な労力を使わずに済む。


 本体の潜伏先など知る由もない。探すディンゴとは真逆、対角線になるように移動されてしまえば、探し出すのは難しい。

 不可能とまで言い切れる。……ただ、身代わりとは言ったが、なにも喋らない動かないの、糸を切った人形ではないのだ。

 喋るし、こちらと会話ができているのだから、糸はぴんと張られており、本体は操作に集中をしなければならない。


 そんな状況で素早く、移動するディンゴから逃げられるとも思えなかった。


 ……まさか国の外……そもそも竜の上にいねえってんじゃどうしようもねえ!


 しかし、恐らくそれはないと言えた。確かに戦争に平等性はなく、奇襲や武力の厚み、数、直前の状態などで少なくとも両陣営に差が出てしまう。

 まったく同じ状態から開戦することなど稀だ。だが、少なくとも無敵は存在しない。


 人間である以上、突ける隙があるはず……穴があるはずなのだ。


 ディンゴは固体を液体に、液体を固体に変えられる魔法を授かった。ただ、それぞれが片方の手で、触れたものにしか発動せず、偶然、触れただけでは変化は起きない。

 変える、という意識をしなければ魔法が発動しないのと同じように、無敵にも思える相手の身代わりの魔法にも隙……もしくは弱点があるはずだ。


 酒によって、力、速度が増幅しているというのは確信がある。増幅量が多いほど彼は酔い、思考状態に難があると見える。

 そこが隙と言えばそうだが、結局、身代わりを撃退する穴ではあっても、眷属本体にはなんの影響もない。


 いや……身代わりが受けたダメージが全てとは言わずとも、何割か本体へ返るのであれば、穴と言えるか……?


 となると、身代わりと言うのも怪しくなってきたが。


 ……そもそも身代わりか? と思ったが、それに間違いはなさそうだ。


 身代わり、分身……、本物が戦闘に参加していない以上、代替物であることは確実。


 彼が泡となり消滅する瞬間を、何度も目にしているのだから。


「うぇ」


 と、白目を剥いて動かなかった男が、やっと動き出したかと思えば、地面に手をついて目の前に吐瀉物を撒き散らしていた。


 酔えば酔うほど力が増幅する……、遂には見た目まで変わっていたのだから、摂取した酒の量は相当なものに見える。抱えるほどの大きさの酒樽一杯、では足らない。


 泥酔以上、昏睡状態になってしまえば、いくら力が増幅されていようが軽く突いただけで簡単に倒せてしまいそうだ。……手を下すまでもないかもしれない。


 せっかく溜めた酒を放出したせいで、体も縮み始めた。

 よく知る姿、まで戻るには、もう少し吐く必要がありそうだが、異常に上半身だけが膨らんでいた化け物のような見た目ではなくなっていた。


 行方不明になっていた黒目が、彼の両目にきちんと現れている。


「……そんな状態でよく俺を誘き出せたな」


 その時はまだ昏睡状態ではなかった? なら、変化が起きたのはディンゴがここまでくるまでの僅かな時間……、そう言えば、あの魔女の姿も同時に消えていた。


 当然、彼女がなにかしたはずだ。


「……酒もねえはずなんだけどな……」


「的を射ているけど、惜しいね……。僕が授けた魔法は酒乱……だけど、酔ってさえいればアルコールでなくともいいわけだ」


 ディンゴとダイアンを見下ろすように、宙に浮かぶ一人の魔女。


 標的であるアリスを追う前に、少し見学をしていこうと足を止めたのだ。


 これは独り言であり、彼に教えるつもりはない――、

 敵同士なのだ、陣形を赤裸々に話す策士が、一体どこにいる?


「良薬と言い、渡したただの水を飲んだ病人が、数日で体調を回復させた例もあるそうだ」


 薬をまともに買えない貧困層に、苦肉の策で出した無償の薬……という名のただの水。


「思い込みの力は馬鹿にできないよ。

 良薬をただの水だと思い込んで、本来の効果が薄まるという逆パターンもあるくらいだ」


 疑念を持たせてはならない。だから言う人間は信頼されている必要があるわけで、ダイアンからすれば、忠誠を誓うフルッフの言葉を疑う余地はなかったようだ。


 水ならば大量にある。

 酒樽一杯では収まらないほどの量が、だ。


「僕が酒と言ったら彼は信じて全て飲み干したさ。

 この町にもう酒はないようだけど、擬似的であればいくらでも作れる――」


 つまり。


「実際に酒があろうがなかろうが、ダイアンにとっては関係ない」



 ……ごちゃごちゃ考えんのはもうやめた。


 身代わりだとか、本体がどこに潜伏しているのかだとか、魔法の穴や発動条件、あらゆる可能性に目を通して、検証して、答えを導き出す――、

 それが確実な正攻法なのだとしても、彼には合わないやり方だった。


 元々、頭を使う方ではない。使っているように見えても深く考えているわけではなく、状況を見て咄嗟に見えているものから繋ぎ合わせて、策を組み立てているに過ぎない。


 得意分野は力で押し切ることである。ダイアンが現れてからは、完全な下位互換になってしまっていたが、その気性と共に荒っぽい戦い方である。


 魔法があろうと、それは変わらない。


「――結局、勝てばいいだけの話だろッ!」



 動く対象物を捉えた男が反射的に腕を振るうと、突風が吹き、ディンゴの体を浮き上がらせた。……ただの拳圧だ。それだけだが、吹き飛ばされるほどの威力である。

 もしも直撃していたらと考えると、一発で勝負は決していただろう。


 飛ばされたディンゴが、叩きつけられそうになった家の壁に手を当て、液体へ変える。

 軍衣がびしょびしょに濡れてしまったが、地面を転がることで吹き飛ばされた際の勢いを上手く相殺できたようだ。


 ……酔っているせいで、とりあえず動く影を攻撃しようとしてるだけか……。


 となると、対処の仕方は難しくない。目で見ているのか、耳で聞いているのか……、手の平サイズの石ころを視界の外へ投げてみた結果、ゴッ、という音に男の意識が目の前から逸れた。


 誰もいない方向へ拳を振るい、突風が一方向へ放出された。


 風の流れが目に見えていたら、二つの線が螺旋のように絡まっているだろう。


 その突風には、貫通力が備わっているようだ――。


 ディンゴを二度も負かした、強大な力を持つ男……しかし、こうも幼稚な頭にまで退化してしまうと、大きな力も宝の持ち腐れだ。

 多いほどいいわけでもない……納得の反面教師である。


 喧嘩であれば仕切り直していただろう状況だが、これは戦争だ。

 不調を訴えたところで戦況が止まることはない。


「戦争なんだ、卑怯なんて言葉は通用しねえぞ」


 男の背後、ディンゴが忍び寄り、剣を振り上げる。


 断頭台の上にいるように、剣を振り下ろそうとした時だ――、

 ディンゴの頭に石ころが降ってきた。

「っ、なんだ?」と見上げれば、宙に浮かぶ魔女フルッフの姿があった。


「あい、つ……!」


「卑怯とは言わせないさ。

 ……ほら、僕に意識を割いている余裕を見せているが、前を見なくていいのかい?」


 かっ、という石ころが地面に落下した音と同時、男が音に気付いて振り向いた。


 今の彼に頭脳はない。それは力を乗せた拳に能力を全振りしているということだ。

 大振りの攻撃は当たりづらいが、当たってしまえばディンゴの意識を一瞬で刈り取ることができる――確実に。


 音に反応する怪物……、今からディンゴが落ちている石を横に投げて怪物の意識を逸らすことはできる……だろうが、振りかぶった拳が止まるとは思えなかった。

 ——剣で受け止めるか? 

 以前と同じく刃が破砕するだろう。刃を抜けてディンゴの体に当たれば意味はない。


 まだ相手の股下へ抜けた方が生存確率は上がるはず――、股下?


 地面。


 はっとして、ディンゴが考えもせずに前へ転がった。背後で振り下ろされた拳が地面を砕いていた――、怪物の背を抜けたディンゴは、転がりながら手を地面に触れていた……魔法だ。

 

 触れたものを液体へ変える魔法。


 当然、地面を液体に変えたからと言って竜の裏側まで抜けるわけではないが、人、一人分の穴くらいなら作れるだろう?


 ずぼ、と落下した男は、まるで首だけになったように地中に埋まっていた。

 手を伸ばせば簡単に這い上がることができるが、ディンゴがさせるはずもない。

 穴の端にかけられた指を、ディンゴが剣で切断する。

 痛みはないのか、怪物は反応をしなかった。


「……きっと、冷静なあんたならこんな罠にははまらなかったはずだ」


 力に溺れた人間は怪物となり、目の前の落とし穴にさえ気づけない。

 はまったら最後、弱者に上から首を斬られて死ぬだけだ。


「魔女から借りた力はあんたのものじゃねえぞ。あくまでも自分の力へ付け足される武器でしかねえ。それを忘れて頼り切ったからこんなことになる――、

 忠誠を誓った相手を信頼しても、相手が自分の面倒を最後まで見てくれると思うな」


 わがままなお姫様を守るためには、自分の身は自分で守る必要がある。

 武器も盾も、自身で手に入れ把握する。他者から借りた力を完全に頼り切ることは、生存を求めるなら、最も遠い位置にあるのだから。


「あんたが忠誠を誓う相手を忘れたか? ……上を見ろ、こんな状況でも傍観し続けるあいつは、なんだよ……、最初から言っていたじゃねえか――あいつは、魔女だって」


 そして。

 騎士の剣が、男の頭部を転がした。



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