捧げられしArtemis
緋那真意
第1話 Art-em-is
地球標準時16:40。
破壊された月の宇宙港。
兵士たちに追われるノームは広い空間にたどりついた途端、あるものに目を奪われる。
(……あれは!)
細長い手足を持った華奢な体つきをした青と白でカラーリングされた
が、見とれている暇はなかった。
「おい、こっちだ! 格納庫に逃げ込んだぞ!」
「あれを奴に触らせるな! 今度こそ捕まえろ!」
「ヤベ! ……だけど乗っちまえば!」
命がけで来たというのにこのまま捕まって死ぬわけにもいかない。ノームは機械に駆け寄るとコクピットと思われる場所に飛び込む。
ハッチが閉まるとノームはようやく人心地つき、同時に憧れだったArt-em-is(アルテミス)のコクピットにいるという感慨に耽った。
ノームが生まれた場所は月の小さなシェルターである。長い年月をかけて人類が作り上げてきた月面都市は攻撃を受けて壊滅し、残された人々は破壊を免れたシェルターに分散して乏しい物資を融通しあいながら、細々と暮らしていた。
そんなシェルター生まれの子供達にとって憧れの存在がArt-em-isである。月で開発された「人機」、その凛々しい姿は娯楽の少ないシェルターの中で一種の伝説的存在として語り継がれていた。
機会があれば一度は乗ってみたい。シェルター生まれの子供なら誰もが夢見ることであり、ノームも例外ではなかった。
しばらく経ち、気を取り直したノームが目の前のパネルに触れるとモニターが作動し認証登録を求められる。
「すげえ、まだ誰も触れてない新品だぜ!」
興奮しつつも登録を終えると自動的にシステムが起動を開始し各部にエネルギーが供給されていった。
モニターには機体の周囲に群がる兵士たちの姿も映っており口汚く罵ってくる。
「そこの愚か者に告げる。その人機は貴様の思っているような代物ではない。直ちに降りろ!」
「ハナからこっちを殺す気のくせによ!」
毒づきながらも起動を完了させようとノームは目と手を懸命に働かせていた。
地球標準時11:00。
シェルター間の往復貨物便のドライバーを務めていたノームは、遠方からの帰り道に誰も居ないはずの放棄された宇宙港に動きがあるのに気づく。
妙に思いつつ自分のシェルターに帰ってくるとそこは廃墟と化しており、顔馴染の人々の死体に目を背けつつ警備用カメラの映像を再生すると、見慣れない防護服に身を包んだ集団が容赦なく人々を虐殺していく様子が映し出された。
(……地球の連中か?)
ピンとくる。各地のシェルターでも地球側が月に進出しつつあると噂になっていた。このシェルターも連中によって攻撃されたのだろう。
(……許さねえ! 絶対に許さねえ!)
ノームは怒りに震えながら、移動用のビーグルに飛び乗ると宇宙港に向けて突き進み、配備されていた歩哨も最高速度で強引に突破、最後は建物にビーグルを激突させ内部に侵入した。
地球が月に持ち込んでいるはずの兵器を手に入れ反撃しようと思っていたのだが次第に兵士たちに追い詰められていき、逃げ込んだ先で偶然見つけたのがArt-em-isだったのである。
乗り込んでから数分が過ぎてようやくシステム起動完了の文字が表示され、機体がゆっくりと立ち上がった。動き出すのを見て兵士達が慌てて退避していく。
「ざまぁ見やがれ!」
快哉を叫んではみたもののここからどうやって操縦したものかと悩み、周りのスイッチをONにしパネルを適当に操作していると不意に浮き上がるような感覚を覚えた。状況を確認するためにモニターを見ると機体が地面を離れていく。
「え? ちょっと待てって……!」
ノームは慌てて入れたスイッチを切りパネルを操作しようとするが機体は受け付けない。
「おい待て! 止まれ!」
しかしその願いが届くことはなく、宙に浮かぶArt-em-isは急に前に突進して下りていたシャッターを破ると外へと飛び出していった。兵士たちも煽りを受けて月面に投げ出されていき、辛うじて退避した兵士が上層部に連絡を取る。
「Art-em-isは侵入者に奪われ、真空域に飛び出しました。Let-o(レト)に向かうものと思われます!」
「わかった。残存兵をまとめて撤退しろ。直ちにApol-lo(アポロ)を発進させる」
月に移住した人々による居住地開発の最中、月の海の底から古びた人型の機械らしき物体が発掘された。
女性の姿を模したようなそれを古代の異星人の遺産と見做した月の政府は、その情報を地球政府から隠蔽しつつ技術を解析し、その模倣と言える人機を開発することに成功する。
旧き月の女神の名を与えられた人機は、来たるべき地球政府との戦いで大きな役割を果たすだろうと月の人々に期待された。
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