第17話 前王の始末
「よし、前王を始末する」
俺は言った。
途端に場が凍り付く。
一番いい顔をしているのは、ベルダンディだ。
恐れていた事が現実になった、みてえな顔してやがる。
おもしれえ。
「ば、バルク国王、今なんと……?」
俺の脇に控えていた、初老の大臣が恐る恐る尋ねる。
「殺すっつたんだ。じゃねえと反乱の種になるかもだろ?」
「お……恐れながらバルク国王陛下、突然何をおっしゃいます!?」
「そ、そうです、貴方の母上様ですぞ!!」
大臣どもが口を挟む。
「じゃあなんでお前ら、息子の俺が追放されるってなった時に何も言わなかったんだよ? 俺はこいつの息子だぞ」
俺は言いながら、ギロリと大臣どもを睨みつけてやった。
全員不満そうな顔で押し黙る。
「そうだそうだ!!」
「自分たちがやった事の責任を取れ!」
「この国がこんな目にあったのも、元はと言えばお前らのせいじゃないか!!」
すると、外に居た民衆が騒ぎ出した。
単に責任転嫁しているようにも聞こえるが、あながち間違っているわけでもない。
この国が敗北するキッカケを作ったのは、前女王であるベルダンディであり、ユリウスやリアーナであり、大臣どもだ。
なぜならこいつらが私腹を肥やしたりしなければ、国はもっと強かったからだ。
それは事実。
まあ、俺も悪かったがな。
こいつらがクソだって知ってて放っておいたんだから。
だから俺は追放されたし、もう少しで処刑されるところだった。結果って形で責任を取ったんだな。
今度はこいつらが責任を取る番だ。
「「殺せ!! 殺せ!!!」」
民衆たちの殺せコールの中、俺はゆったりとベルダンディの所まで歩いて行った。
ベルダンディは既に顔が引き攣っており、息子ではなく化け物でも見るような目で俺を見てくる。
「ふっひいいいいいい!!??」
そして俺と目が合っただけで、ベルダンディは涙と鼻水を撒き散らしながら、その場で腰を抜かしてしまった。
両手で這いずって壁際まで逃げ出す。
そこには先王亡き後、この国の政治を欲しいままにしてきた女帝の姿はない。
そこにあるのはただ、権威も富も何もかも失って化けの皮の剥がれた一匹の三十路女の姿だった。
こんな奴に散々痛めつけられてきたのかと思うと、意外にすら感じる。
そういやこいつ、俺に助けられてから毎日のように自分の部屋に引きこもってたもんな。
俺に殺されるんじゃないかって不安で仕方が無かったんだろう。
そしてそれが現実になってしまった訳だ。
怖くて当然だな。
そんな事を考えながら、俺はベルダンディの前にしゃがんだ。
「ばばばばバルクうううう!? 約束通り貴方に王位を継承させたじゃないですか!!! それなのにどうして殺すんですかああああ!?」
「どうしてって、用済みだし?」
「そそそんあああああああああああ!?!? なんでもします!!! なんでもしますからゆるじてぇええええええ!!!」
おうおう。
豚みてえに鳴きやがる。
「なんでもするって言ったな? してもらおうか。クーデリカ、来い」
「ああ」
俺はクーデリカを呼んだ。
こいつは今甲冑とドレスを合わせた服、いわゆる『鎧ドレス』を纏った気高い騎士の格好をしている。
俺が新しい騎士団の団長に指名したのだ。
右胸には正義のシンボルらしい、天秤のマークが刺繍されている。
こいつには俺の事情を話してある。
だから母親が俺に何をやったかも当然知っているし、今日ここで俺が何をするかも話してある。
今日俺がやろうと思っているのは、昔スキル授与の日に俺が受けた屈辱を返すってことだ。
俺は集団監視の前で女の子と戦わされ、恥を掻いた。
同じことをしてもらう。
「ベルダンディ。この女と戦え」
「は……?」
一度顔面崩壊したベルダンディの顔が再び凍り付く。
「クーデリカと戦って勝てたら許してやるよ」
「は……はあああああああ!?!? 勝てるわけないでしょう!? 私は女王です!! せせ戦闘なんてしたことが……!」
「口答えしてんじゃねえ無能!」
俺はその右肩をぶっ叩いた。
もちろん手加減してだ。
ベルダンディの体は宙を舞い、そのまま大臣たちの列に突っ込んで片っ端から爺さん連中を弾き飛ばして漸く止まった。
俺が殴打した箇所の皮膚が風船みたいに弾けて裂け、真っ赤な血がドクドクと流れ出している。
まるでマグマの中に放り込まれたような激痛だろう。
ベルダンディは顔を押さえながら神殿の床をのたうち回っている。
「ぐっぎぎゃあああああああ!?!?!? いいいっ痛いいいいいいい!?!?」
「はははははは!!!」
俺は大声で笑った。
かつて自分がされていた事をし返してやるってのは、如何にも気持ちがいい。
「あの時キサマがバルクにやった事だ!! この悪党め!!!」
言って、クーデリカもブーツのつま先でベルダンディを蹴っ飛ばした。
ベルダンディはゴムまりのように宙を軽やかに飛んで神殿の柱に叩きつけられる。
そして、裏路地で死んでる野良犬のように床に転がる。
「「「……!!!」」」
俺たちがベルダンディをイジメるその様を見て、大臣たちはすっかり怯え切っていた。
次に自分たちがどうなるのか考え、恐怖で動けないのだろう。
「役立たず!!」
「今すぐ消えろ!!」
「ロートリアの恥さらしども!!!」
神殿に詰めかけた民衆たちの声が続く。
奴らも随分興奮しているようだ。
神殿のすぐ傍にまで詰め寄せてきている。
声に混じって石やレンガまで飛んでくる始末だった。
「殺せ!!! 無能は殺せ!!!!」
誰も彼もが拳を振り上げて、死刑囚にでもするような「殺せ」の大合唱を続けている。
ちなみにだが、こいつらがこんなにもヒートアップしているのは、俺に対する恐れがあるからだ。
こいつらもまたベルダンディと殆ど同罪。
つまり俺から報復を受ける可能性がある。
誰も彼もがその事を分かっているから、全力で俺の味方をしようとする。
つまり、俺という勝ち馬に乗ろうとしているわけだ。
おもしれえ。
やってる事はただの復讐なのに、勝手に民心が付いてきやがる。
ま、こうなると分かっていたから、この戴冠の儀でベルダンディ共に報復すると決めたんだがな。
まったく、ここにはクソ野郎しかいねえ。
「おじひを……どうか……っ……!」
元ロートリアの女王であった女が、土下座どころか最早土下寝とでも言わんべき姿で地に這いつくばり命乞いをしている。
懐かしい。
俺もやった。
あの時俺はこんな風にミジメな思いをして、更に不幸のどん底に突き落とされた。
だから、ここでこいつをひと思いに殺しちまうって選択肢は当然アリだろう。
俺がそうした所で、誰も俺を咎める事はできない。
だが、結局のところこいつを殺すつもりはなかった。
感情でぶっ殺してもメリットは殆どない。
暴虐な王だと噂されて、反逆のいい口実にされるのがオチだ。
それに、こんなザコでも一応使い道はあるしな。
例えば奴隷市場で売り払えばかなりの金になるだろう。
こいつはロートリアという一流の血統に加え、見た目もかなりの美人だ。
二十代前半と言われても全然通用する。
更には恨みがある奴もごまんといるから、こいつを買いたいって連中は幾らでもいるだろう。
それでなくても、民衆の不満が高まった時にトカゲのしっぽ切りとして使うなんて手段もある。
人間ってのは色々使い道があるもんだ。
基本的には拾っておくのがいい。
「おし。助けてやってもいい」
俺はにこやかな笑顔を浮かべて、ベルダンディに話しかけた。
「俺の下僕になるなら許してやる。その代わり今後の人生は完全に俺に尽くせ。お前の培ってきた能力は全て俺のために使ってもらう」
「も……! もちろんでございます!! ありがとうございますバルク国王陛下!!!」
そう言って、ベルダンディは勝手に俺の靴を舐め出した。
こんな奴、もはや親でもねえしな。
せいぜい働いてもらうか。
さて。
お次は大臣どもだ。
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