第5話 扉の試練

 僕を背に乗せたドラゴンが、その巨大な体躯で木々を押しのけながら森を進む。

 僕はただ呆然としていた。

 どういうことか、僕を喰らうと言ったドラゴンに命を助けられている。


「……どうして僕を生かす……!?」

「我が好むのは強者の肉だ。今のお前はマズすぎて食えん」


 ドラゴンが答えた。

 本当かどうか分からない。


 やがて15分は経っただろうか。

 前方に開けた場所が見えてきた。

 少し丘になっているその場所には、巨大な神殿らしきものが建っている。

 恐らくかなり古い時代に建てられたものだろう。

 神殿は森の木々に浸食されて半分以上崩れかけていたが、その中心部分に巨大な白い扉が立っている。


「ここだ」


 ドラゴンは神殿の奥まで進むと、扉の前に僕を下ろした。

 扉の全長は30メートルはあるだろうか。

 神殿そのものよりも大きい。

 またこの神錆びた趣のある場所で、ただその扉だけが異質に見えた。

 ぱっと見た限り、扉には欠け一つないし、この扉の周囲にだけ植物が生えていない。

 いつの時代に建てられたのか、どんな鉱物で造られているのかも解らなかった。

 はっきり言って不気味だ。


「扉に触れてみろ」

「……」


 言われた通り扉に触れてみる。

 すると僕の指先を起点にして、まるで水面に触れたように波紋のようなものが扉全体に広がった。

 直後に重たいものが軋むような音がして、扉が勝手に開く。

 中は白い液体で一杯になった水槽のようになっており、反対側が見えない。


「ほう。扉もお前を気に入ったようだな。ハエのフンのくせに生意気な奴だ」


 表情こそ変えないが、ドラゴンがどこか楽し気に言った。


「扉が、気に入る……?」

「そうだ。この扉の詳細は我も知らぬ。この世界が始まりし頃、神が魔神を封印するために作ったものとも、その神をも越えんとした魔神が己が鍛錬のために作ったものとも伝えられておる。

 この扉は独立した意志を持ち、自らが見込んだ者に試練を与える。

 お前は選ばれたのだ。喜んでよいぞ」


 く……!

 扉にまでバカにされるのか、僕は……!

 いや、今はどうでもいい。

 それよりも今は試練だ。


「試練って、なに……?」

「この扉の中に入ってもらう。

 中は異空間と繋がっている。我々はその場所を『時と変成意識の狭間』と呼んでいるが、そこで1日己を鍛えるのだ。それだけでお前は強くなるだろう。どんな無能でもその種の【成長限界カウンターストップ】までは強くなれる。それ以上はお前の鍛え方次第によるな」


 ドラゴンの言葉に、僕は耳を疑った。

 あのユリウスですら【成長限界】には遠く及ばない。

 その言葉が確かならば、間違いなく僕は人類最強の一人になれるだろう。


「ほ、ほんとに……!? たった1日鍛えるだけで、そんなに強くなれるの!?」

「なれる。もっともその1日が長いのだが」


 ドラゴンはまたニヤリと哂った。


「この扉の中は広大な空間であり、どこまでも地平線が続く。

 その広さは我々が住んでいる世界が3つ入るほど。

 部屋の温度は一番熱い時間で摂氏50度。

 夜にはマイナス50度になる。

 常に天候は乱れ、雷雨から吹雪、地震や噴火、津波、隕石の落下まで起こる。

 食べる物は葉っぱ一枚存在せず、水は災害が起こるのを待つしかない。

 更には場所や時間によって重力変動が起こり、マイナスの重力から100倍まで体に負荷が加わり、更には全てを飲み込む大重力の穴まで現れる。

 だが最大の困難は時間だ。

 この部屋の中では1秒が中々進まない。

 24時間経つのに10億年掛かる。

 その10億年間はどんなに辛くても外に出られない。

 また、外に出るまでは死ぬ事もない。

 たとえ5体がバラバラになっても、灼熱の火炎で全身を焼きつくされたり、極寒の氷の中に閉じ込められたとしても、死んだ時点で即座に体が再生し続ける。

 即ちお前はそれらの苦痛を感じ続けながら10億年間生かされ続けるのだ。

 扉の向こうはそんな地獄だ。

 ただでさえ弱いお前の事だから、入って数秒の内にはまず動けなくなるだろう。

 何度も陽に焼かれ、暴風雨に体を打ち砕かれて夜には凍り気が狂うだろう。

 人間どころか万物の長たる我らドラゴンでも耐えられぬ。

 それでもやるか?」

「やる」


 僕ははっきり即答した。

 途端にドラゴンは愉快そうに微笑む。


「今なら特別に生かして帰してやってもよいが?」

「笑うなドラゴン。無能のまま生きる方が地獄だ」


 更にそう答えて、自ら扉に足を踏み入れた。


 絶対に強くなってみせる……!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る