第8話 配信場所は?




「え、録音って、旭日の家でやるんじゃないの?」


「それが違うんだな〜。」


「僕も初めはおどろいたよ。」


 あれから一週間後の夜八時。日菜は風斗の家の前にいた。


 こんな時間に中学生が家を出るのは普通、いけないのだが。


「私の友達の子だから大丈夫よ! いってらっしゃい、日菜。」


 と、優美さんが笑顔で送り出してくれた手前、行かないなんて言えるはずもなく。


 というか、旭日のお母さんと優美さんに親友なんて関係があったなんて。一番の驚きだ。


 さすがに夜桜星の姿で歩き回るというのも、気が引けるし、住所特定されるからやめた。服装が変出者そのものだし。


 その代わり、黒のリュックに服を詰め込んできた。服は藍色のTシャツと白のスパッツ。


 これでもルックスは悪いくないと思うから、そこまで変な格好ではないはず。


 この二人も同じだ。


 水希は城の緩い長そでに、少し短めの黒のパンツ。風斗は白のTシャツに黒パーカー、ぴっちりとしたジーンズを履いている。二人とも日菜と同じで、ヘッドホンを首から下げて、リュックを背負っている。


 どこでやるんだろう、と考える日菜。


 場所を知っていて教えない風斗と水希。


「教えてあげよっか?」


 ニヤニヤとうざい笑顔できいてくる風斗。


「別に大丈夫だし。」


 ムッとして、答えを聞かなかった日菜。


 いつもの日菜なら、「うん……分からない。」とかいって、答えを上手く聞き出すかもしれない。


 だが日菜にもプライドというものは、少なからずあるのだ。自分の頭脳に自信がある日菜は、特に。


「そういえば、琴音さんは?」


「ああ、ねーちゃん?」


「確かに、琴音さん来てないね。」


「先行けって。迎えに行かないといけない人がいるんだと。」


 あ、そ、じゃあいこ、と先を促す水希。


「そうだな。こっち。」


 先頭に風斗。その後ろに日菜と水希。


 三角形に並ぶ。少し変わった並び方だと思ってしまうのは、私だけ?


「で、結局どこか分かった?」


 道の角を左に曲がる。


 日菜と肩を並べて歩いている水希は、少しだけ口角をあげてきいた。


 蛍光灯のせいで顔が見えないけど、きっと私が困ってるのが楽しくて笑ってるんだろうな。今なら想像出来る。


「……さあ。どうでしょう。」


 そういえば、旭日の家はなんかの建物の上にたってるんだっけ。


 やばい。


 家の周辺はだいたい把握していたはずなんだけど。


 旭日の家は家の近くではないけど、やっぱり屈辱。


「どっちだろうね。」


 お互いにフイっと顔を背けた。


 それは、となりにいることが気まずいからか、それともなんとなくなのか。二人にもよくわからなかった。



 ……隣が小さい。


 気にしないようにしても、もう無理だ。


 ヘッドホンをつけ直しながら、水希は日菜の方を見た。


 僕も小さい部類だと思ったんだけど、この子の方がもっと小さい。


 身長差が……十センチ以上ありそうなんだけど……。


 もっと身長伸ばした方がいいんじゃいかと心配する小ささ。


 まあ、コイツ女子だし。僕は男子だし。


 そういえば僕は十四だけど、奈坂は普通だよね。だとしたら。


「奈坂って今、何歳?」


 意図もなく、風斗がきいた。


 ナイス、風斗。


 日菜は風斗を見てぱちくりと瞬きしたあと、なんで今その話題になった、というように、


「……十二以外に回答があるの?」


 と、逆にきき返した。


 奈坂は普通に十二歳なんだよね。


 前言撤回。じゃあ、僕の方が大きくないと。


「僕は十四。」


「俺、十五〜。」



 はぁ? と呆れるように日菜は首をひねった。


 いやいやいや、この二人だって同じ中学生でしょ? 中一。なんで? 日菜は考えあぐねた。


「うちの学校、訳あり学校でしょ?」


「え、あ、うん。そう、だけど。って。」


 あ、そっか。なるほど。簡単じゃん。


 訳ありだから、遅れてもいいんだ。日本は遅れる分には問題ないし。


「理解?」


「めっちゃ理解。」


 よかったね、と水希は言うと、ヘッドホンから流れてくる音楽に耳をかたむけた。


「あとさ。」


 勝手に喋りだした風斗に、二人とも自然と目がいく。


「俺ら、全員色違いのヘッドホンじゃん? すごくね?だって買った時期は全然違うじゃんか。俺、小三〜。」


「確かにね。僕は一年生の時に買った。小一。」


「……小五か小六。」


 学校の時も言った通り、三人のヘッドホンは色違い。日菜は黒とピンク。風斗は黒と黄色。水希は黒と水色。


「ピンク、好きなの?」


 水希が顔を背けたまま、日菜にきく。それな、といつの間にか会話に風斗が参加する。


「いや、優美さんが昔、買ってくれたから、そのまま使ってる。」


「ゆーみさん?」


「まぁ、……秘密。」


「えー、なんでだよ、意外と気になるんだけどー。水希は気にならないのかよ。」


「んー、気になるっていえば気になるけど、どうでもいいかな。」


 そこ曲がり角だよ、おわっとっと、危ねー、気をつけてよね。


 いつもこんなやり取りをして、飽きないのか、逆に気になってくる。


 何故か分からないけど、急に辺りがシン、と静まった。


 近くで鳴っているのは信号の音くらい。


 何を話せばいいか。


 日菜は些細なことだと思いながらも、頭を働かせた。


「……あと、どのくらい?」


 無理矢理、日菜は沈黙を破る。


「ん〜、あと〜。」


 その瞬間に風斗が走り出した。


「え、あ、ちょ、おい! って、追いかけなくていいのかよ、明星。」


「うん。いーの、いーの。風斗は犬だから、いつか帰ってくるよ。」


「聞こえてるからな、水希!」


「……?」


 やっぱり、ついていけない。この二人。


「ここでしたー!」


 ……はい?


 え、っと、ねぇ。


 目の前には大きくも小さくもないカラオケ屋。


 古い見た目でも、ドアはしっかりしてそうだから、リフォームした、のかな?


 それでもなんだか入りづらくて、一人でここを訪れていたら一秒たりも足を止めようとは思わない。


「じぃちゃーん。」


 ズカズカと、遠慮なんて言葉は知らないかのように、風斗に続いて水希がカラオケ屋に入っていく。


「えー……。」


 一人残されたんだけど。まあ、入れば何とかなる、かな?


「お、おじゃましまーす……?」


「おぉ、来たようじゃなぁ。」


 じいちゃん、と風斗に呼ばれたその人物は、少ない白髪を近くにある扇風機に揺らされて話していた。


「じいちゃん、早く、いつもの部屋だって。」


「そうはいっても、ここも混んでいるんじゃよ。あれ、カギはどこじゃったっけな。」


「じいちゃん……。」


 トホホ、というように、風斗は頭を抱えた。


 だ、誰だ、このじいさん。


「明星、あのおじいさんは?」


「風斗のおじいさん。カラオケ屋やってるの。」


 ウソだ。音楽をやっているような人に見えない。


 だぼっだぼの上下ジャージを着た年寄りが、カラオケ屋でレジ係をしている時点でおかしいけど。なんならホームレスのようなおじいさんだ。


「おぉ、あったあった。ほれ、お待ちかねのカギじゃ。」


 そのおじいさんは、ポイッとカギを高く投げた。


「わ、っと。あぶねーぞ、じいちゃん!」


「ほほ、反射神経を良くするんじゃな、風斗。」


 そのおじいさんは、目を日菜に方に向けた。


「お嬢さん……いんやぁ、夜桜くん。いつも聞かせてもらっておるよ。」


 日菜の肩がビクッと動いた。


 なんでこのおじいさん、私のことを知ってるんだ? なんで、なんで、なんで。


 今までずっと隠してた。


 風斗と水希にアイコンタクトをする。


 水希はさあ、というふうに首を振った。


 一方の風斗はというと、日菜の視線に気づいてもいないようだった。


「もう、歳じゃからなぁ。わかるんじゃよ、同じ目をしてる。あとは勘じゃ。」


 ふざけてる。


 そんな勘で、私のことがわかるって言うの。


「まあまあ、いいんだよじいちゃん。」


「奈坂も、そんなかっかしないで。」


「……あっそ。」


 日菜がそっぽ向いたところでも、おじいさんはにこにこ笑っていた。


「ほれ、行った行った。鍵はやったじゃろ。男っぽいからって、夜桜くんの着替えを見ようとするんじゃないぞ、お前さんら。」


 風斗と水希は一瞬脳内が停止した。


 その次の瞬間、二人は顔に熱が溜まっていくのを感じる。


「考えることが気色わりぃーよ! このクソじじい!」


「今日ばかりは風斗に賛成!」


「元気があってよろしい。こっちは接客業務があるんじゃ。はよ、行った行った。」


 おじいさんに追い払われるように三人は奥へ進んで行った。


「あ〜! ふざけやがってぇ〜! あのエロクソじじい。」


 しばらく、二人は何を言ってもトゲのある言葉しか口にださなかったとか、ださなかったとか。



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