その悪役令息、私が幸せにします!
雪嶺さとり
第1話
誰にでもきっと、愛する人はいる。
例えそれが、どんなに遠くて手の届かない人でも───────。
──────────────
「サディアス・ブラックリー様。わたくし、メルゼシア・ヴィレントは、貴方との婚約を解消させていただきます……!」
今日は学園のダンスパーティー。
煌びやかなドレスに、美しい音楽に彩られていたはずのそこでは、メルゼシア公爵令嬢の声だけが、高らかに響き渡っていた。
その隣には、彼女を支えるように立つ美青年が。
彼はこっそり裏では成金などと揶揄されていたりするジェロイド男爵令息、スタンリー。
今までしんと静まり返って見ているだけだった周囲が、ざわっとどよめいた。
「メルゼシア様が婚約解消!?」
「まさかそんな!」
それもそのはず、スタンリーは間違っても公爵令嬢と婚約できるような立場の者ではないのだが、彼とメルゼシアは恋仲であった。
しかしメルゼシアには婚約者がおり、二人は決して結ばれない仲。
メルゼシアの婚約者は、同じく公爵家のサディアス・ブラックリー。
たかが成金では絶対に逆らえない相手だ。
そんな身分違いの恋に燃える二人に、まるで恋愛小説のようだと、親同士が婚姻を決めるのが常識である貴族社会では彼らは密かに応援されていた。
そう、だからこのざわめきは動揺だけではなく歓喜でもある。
「遂にメルゼシア様とスタンリー様が結ばれるのね!素晴らしいわ!」
周囲からそんな声が聞こえてきたりもするが、今しがた婚約解消されたサディアスは呆然として何も聞こえていないようだった。
「……っ、これは一体どういうことだメルゼシア!」
メルゼシアの目前で、サディアスがそう声を荒らげる。
彼らしくないその焦ったような口調から、相当な動揺が見て取れる。
艶やかな黒髪に、ガーネットのような赤い瞳。
高貴さを感じさせる黒の衣装に、肩にかけたロングコートはスタイルの良さも相まってこれ以上無いほどに似合っている。
そんな、誰もが一度は目を引かれるようなこの貴公子がこんな公衆の面前で婚約を解消されたのだ。
「どうもこうもありません。わたくしは、冷酷な恐ろしい貴方と別れ、運命の人である愛するスタンリーと結ばれるのです!」
「戯言も大概にしろ!これは公爵家同士で決められていた婚姻だ、お前の我儘で変えられるようなことではない!」
サディアスがそう怒鳴れば、余裕な表情をしたスタンリーが一歩前に出てくる。
「負け惜しみはそこまでにしたらどうだい」
「貴様っ……」
まるでサディアスが悪人だとでも言うかのような口ぶりだ。
男爵子息が公爵子息にこのような口を聞いていいはずがないというのに。
「君は今まで僕の大切なメルゼシアに冷たく当たり、悲しい思いをさせてきた。でもそれも今日限りだよ。これからは僕がメルゼシアのことを守ってみせる!」
「スタンリー……っ!愛してるわ!」
メルゼシアがスタンリーに抱きつく。
二人はこれ以上無いほどに幸せに満ち溢れており、そしてその幸せに目が眩みすぎて何も見えていないようだった。
「おいおい、なんだこの茶番は」
「ブラックリーも大変だろうな。こんな揉め事を起こされて。いくら公爵家と言えども俺ならあんな娘とは結婚できないな」
歓喜の声が埋め尽くす中、ホールの片隅からはちらほらと一部の生徒からの呆れる声が聞こえてくる。
家門同士が取り決めたこと、というサディアスの主張は一貫して正しいものだ。
冷静に見れば、これは全てメルゼシアの身勝手な行動で両家に多大な迷惑がかかることは言うまでもない。
「こんな身勝手が許されるものかっ……!」
これ以上は無駄だと判断したサディアスはコートを翻して、憤りを隠すことなくこの場を去ろうとする。
サディアスが歩けば、皆がさあっと一様に道を開けていく。
「『悪役令息』様よ……」
「なんて恐ろしい……」
ヒソヒソとした、けれども丸聞こえなわざとらしい話し声にサディアスは眉を顰める。
メルゼシアとスタンリーの恋が恋愛小説のようだと言われていることから、メルゼシアの婚約者であるサディアスはこっそりと、二人の恋路を邪魔する『悪役令息』と呼ばれていた。
サディアスはメルゼシアの恋も、自身がそう呼ばれていたことも全て把握していたのだが、まさかメルゼシアが学園のダンスパーティーで暴走するとは微塵も思ってなかったのだ。
(まさかメルゼシアがここまで浅はかだったとはな……)
幼い頃から将来を期待され、何事も上手くこなしてきたはずだった。
他の男に目を向けて遊び歩いてばかりの
、淑女とは程遠いようないけ好かない婚約者とも良好な関係を築こうと努力し続けてきたはずが、その結果がこのザマとは。
両親になんと報告すべきか、今後両家の関係はどうなっていくのか。
幸せいっぱいなメルゼシアと正反対に、サディアスには頭痛の種がどんどん増えていく。
サディアはかつてないほど険しい表情をして出ていった。
残された群衆は、あれやこれやと騒ぎ出してホールはもはや混沌としだす。
そしてそんな群衆に紛れてサディアスのことをずっと見守っていた少女が一人、そこにはいた。
「大変……!サディアス様がこんな辱めを受けるなんて信じられないわ!」
金髪にメガネ、桃色のドレス。
よくいる令嬢の一人だが、彼女は少し特殊な人間であった。
同年代の令嬢たちが揃って『悪役令息』と呼ぶサディアスに、ずっと片思いをしつづけてきた令嬢なのだ。
「ちょっとレティシア、どこに行くのよ」
「サディアス様をお見守りしなくちゃ!」
友人の言葉も聞こえないようで、レティシアは駆け出していく。
人々の間を抜けて、いざサディアスの元へ。
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