ボクが冒険者になれない理由

鈴木土日

第1話

 冒険者になりたい。

 子供のこらから、ずっとそう思い続けてきた。

 愛読してきた本の影響が大きい。


 ボクの実家の書庫には、膨大な書物が保管されている。

 本好きだった祖父が、長年かけて集めたものだ。冒険者に関する本もたくさん含まれており、ボクはそれらを時間も忘れて読みふけった。


【冒険者は、十五歳以上であれば誰でもなれます】


 とある本にしるされていた、その一文を目にしたボクは決意した。

 将来、必ず冒険者になるんだ!


「ぼ、ぼ、ぼ、冒険者になりたいだとおぉ?」


 ボクの夢を知ったパパは、最初、目玉が飛び出しそうなほど驚いていた。

 やかて、驚嘆は憤怒へと変わった。


「に、二度と、そんな事は口にするなあぁ!」


 パパの振り下ろした拳が食卓を揺らし、水の注がれたコップが揺れた。

 ママにいたっては、ショックでしばらく寝込んでしまった。


 それ以後、ボクは自分の夢を誰にも話さないようにした。

 唯一の例外が、幼馴染のリリイだ。

彼女にだけは、ボクは、将来は冒険者になりたいと打ち明けていた。

 もちろん、最初はすごく驚いていた。

 けど、ボクが本気だと知ると、リリイは言ってくれた。


「ハイダがそうなりたいなら、あたし応援する!」


 それから、ボクは、リリイとふたりで、その夢を温めつづけた。

 鍛錬も欠かさなかった。冒険者に必要な知識も習得もした。

 ついに、十五歳の誕生日を迎えた。


「ようやく、ハイダの夢が叶うのね!」


 リリイは、まるで自分の事のように喜び、ボクを見送ってくれた。

 町への来訪は、パパから固く禁止されていた。けど、実は、こっそりと、何度も町を訪れた事があった。

 ただ、冒険者ギルドに入るのは、この日がはじめてだ。

 ずっと憧れてつづけた建物の中へ、ついに足を踏み入れる。


「いらっしゃいませぇ」


 受付のきれいな女性が、優しそうな笑顔で出迎えてくれた。


 室内の一角には、椅子やテーブルが置かれ、幾人かが談笑中だ。

 ほ、本物の冒険者たち!

 それまで、本の中でしか知らなかった存在を生で見られて、感激した。

 か、カッコイイ……。


「あの、は、はじめて、ナンですけど」


 ボクは、緊張を押さえつつ、受付嬢にそう告げた。


「入会希望ですね」


 受付嬢は、あくまでも優しい笑顔で応対してくれた。


「でしたら、まず、こちらにご記入してください」


 卓上に、一枚の書類と、羽根ペンを差し出された。

 ボクはペンを手に取り、記入しはじめた。

 氏名は、もちろん偽名を用いた。本名なんて、書けるワケがない。


 生年月日、職業、居住地、いずれも、ウソを書き込んだ。

 受付嬢は、書類を一瞥すると脇に置くと、卓上の水晶板を指し示す。


「では、この上に、片手を当ててもらえますか?」

「な、ナンですか、これ?」

「魔力の有無、系統などを判定します」

「……や、やらなきゃ、ダメですか?」

「規則ですので」


 受付の女性は、笑顔を崩さず言う。

 仕方なしに、ボクは右手を水晶板の上に乗せた。

 程なく、水晶板が、みるみる真っ赤に染まっていった。


「ひ……」


 受付嬢の顔から、笑顔が消えた。口許を手で押さえ、後ずりした。

 思い切り目を見張って、ふるえる手で、ボクを指さした。


「ま、まぞ……」


 背後で、一斉に、席を立つ物音がした。

ふり向くと、七、八人の屈強そうな男たちが、ボクを取り囲んでいた。

 全員から、夥しいまでの殺気が放たれているのがわかる。


「おい。こんなところで、ナニしてやがる?」

「変身魔術なんぞつかいやがって」


 男たちが、それぞれ、剣やオノなどを構える。


「ま、飛んで火にいるナンとやらだがなあ」


 冒険者たちが、笑い声をあげた。

 ま、まずい。ボクは、命の危険を感じずにいられなかった。


 この場にいる、ボク以外全員の。


 目の前でオノを構える冒険者を突き飛ばし、ぼくは駆け出した。


「まて、コラアぁ!」

「にがすなぁ!」


 背後からの罵声を無視して、ボクは冒険者ギルドを後にした。


 帰宅したボクが向かった先は書庫だ。

 幼いころから、つらい事があった時は、いつもそこに逃げ込んだ。


「ハイダぁ、どうしたのお?」


 ドア越しに、リリイが心配そうに声を掛けてくる。


「し、しばらく、ひとりにして」

「……う、うん。わかった」


 ごめん。

 リリイのやさしさに感謝しつつも、今はひとりになりたかった。

 ボクは、書棚の谷間の底で、うずくまり、声を殺して泣いた。

 書棚から、一冊の本を手に取る。冒険者について記された著書である。


【冒険者は、十五歳以上であれば誰でもなれます】


 ウソつき、噓つき、うそつき!

 ボクは、その本をびりびり破いた。

 書庫から出ようとすると、ドアがナニかに引っ掛かる。


「リリイ?」


 ドアに寄りかかるようにして、彼女は眠っていた。

 ずっと、そこにいたのか……。

 目を覚ましたリリイは、ボクを見上げてから、ゆっくり立ち上がる。

 突然、ボクの事を、ぎゅっと抱きしめた。

 心地よい香りがボクを包む。淫魔サキュバス特有のそれに、思わずクラっとしてしまう。


「元気、出して。ハイダ」

「う、うん。ありがとう」


 しばらくリリイは、ボクに抱き着いたままでいた。ずっと、こうしているワケにもいかないので、彼女の腕をゆっくりと引き離す。


「もう、だいじょうぶだから」


 力強くそう言うと、リリイは笑みを浮かべてくれた。

 突然、彼女は、大事な事を思い出したような顔をする。


「あ、そういえば、陛下が、ハイダを呼んでるの」

「ぱ、パパが?」

「うん。ハナシがあるみたい」


 やば。

 ボクは、大急ぎで書庫を飛び出す。

 長い廊下を駆け足で進み、パパの待つ執務室を目指した。

 大陸の北の果てにそびえ立つ、荘厳ながら陰気な雰囲気をまとう居城。

 通称、魔王城。

 そこがボクの自宅である。

 ボクのパパは、その主だ。

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ボクが冒険者になれない理由 鈴木土日 @suzutondesu

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