第三十八話 一騎打ちをば、望もうぞッ!
ジュリーちゃんをあっさりと撃破した勇者ヒカルは、その後も足を止めることなく突き進む。
第三階層は『巨大化』した
迫る2m級の蜂。通路を完全に塞ぐ彼らは全員ランクCという、我が迷宮においては生粋の実力者たちだ。
好戦的で強者を恐れることがなく、また独学でありながら戦い方を熟知している。
個人戦に偏ったステータスなのに、全体的に見れば連携も忘れていない。
しかしそんな彼らも、絶対的な実力を持つ勇者相手では土俵が違ったのだ。
世界樹の枝で拘束された勇者へ渾身の一撃を叩き込むも、勇者は顔面でそれを受け止める。
どころか、彼はそのまま頭突きを放ち一体の甲碧蜂を気絶させてしまった。
さらに驚くべきことに、『不壊属性』を持つはずの世界樹の枝を、勇者は簡単に引きちぎって見せた。
(予想はしてたけど、やっぱりだ。『植物魔法』の力かユグドラシルを支配した未知のスキルかはわらかないけど、勇者にはアクシャヤヴァタよりも順位の高いスキルがある)
スキルには優先順位がある。同じような効果のスキルでも順位が低ければ発動しなかったり、対立するような効果のスキルはより強力な方が優先されたりと、スキルの優先度というのはとても大切な概念なのだ。
……しかしほとんどの場合、レベルやランクが上回っていなければ優先されることはない。
同ランク同レベルでは、スキルが打ち消し合い発動しないこともあるのだ。つまり……。
(勇者、情報には流れてこなかったけど、既にLv3000を超えてる可能性があるってこと? Lv2856の『不壊属性』よりも順位の高いスキルなんて、相当高レベルじゃないと使えないはずだしね)
どうやら情報を見直す必要があるようだ。人間の街ではLv1000オーバーというのが通説だけど、事実は大きく異なるらしい。
彼は倍以上のステータスを抱えている可能性が高い。
……と、そんなことを考えている間にも、勇者はとんでもないスピードで迷宮を攻略していく。
走っているわけではないが、行く手を阻む障害が何一つとして機能していないのだ。
本来ならば数時間。ともすれば一日以上の時間をかけて攻略するはずのこの迷宮を、勇者は一時間と経たずに突破しようとしている。
あれよあれよという間にトラップも甲碧蜂も破壊しつくし、最終砦。
私の迷宮内ではNo.2の実力者、デューンの待っている場所まで辿り着いた。
『よくぞここまで辿り着いたな、勇者ヒカルよ! 第三階層守護者、デューンがお相手申すッ!』
待ちかまえていたデューンはその場で『巨大化』を発動すると、第四階層へ続く部屋を埋め尽くすほどにその体積を増やす。
高さ4m。狭い迷宮では戦いずらいが、足止めが目的ならばこれ以上の適任はいない。
彼の『巨大化』はあまりにも大きさに重きを置きすぎていて、この部屋でなければまともに戦えないのだ。
『貴殿はステータスに頼った戦い方が嫌いだと思うが、こちらもなりふり構ってはおられんのでな! 敗れていった戦士たちの分、せめて一矢報いて見せようぞッ!』
デューンはその場から一歩も動くことなく、その剛腕を振り上げ強引に叩きつける。
彼の持つスキル『破壊』と『限界突破』を宿したその拳は、本来ランクB程度では到底繰り出せないほどの威力を実現していた。
さらに、つい最近手に入れた『防御貫通』のスキルを併用すれば、相手の防御力やスキルに関係なく身体の深部にダメージを通すことができる。
さしもの勇者もこの一撃に危機感を覚えたのか、狭い迷宮の中で大げさに回避行動を取った。
彼の防御力はそのステータスとスキルに寄るもので、前提条件が解除されれば人間が甲碧蜂の攻撃を防ぎきれる道理はないのだ。
デューンの持つスキルは攻撃力に偏っているが、ゆえにあの勇者に対しても勝負になる。
(やっぱり強い。デューンって頭おかしいところあるけど、こと戦闘に関しては本当に頼りになるんだよね)
甲碧蜂はみんなそうだ。普段アホみたいなことばっかり言ってるのに、戦いになるとどこまでも本気。彼らほどわかりやすく振り切れた種族を、私は知らない。
『どうされた、勇者殿! 回避しているだけでは勝てませぬぞ!』
デューンの攻撃を避ける勇者に対して、剛腕は容赦なく振るわれた。
一撃目からまったく隙を晒すことなく、即座に二撃目を放つ。
彼の拳は予備動作を必要とせず、また溜めも存在しない。
決して速くはないが隙のないその連撃に、勇者は回避を強いられていた。
その様はちょうど、先ほど見たジュリーちゃんとの戦いによく似ている。
『異常なほど広い可動域、人体ではありえない角度からの躍動。そして地面と己を固定する四本の肢。先ほどはステータスに頼るような宣言をしていたが、お前武術を知っているな?』
勇者の鋭い指摘。その眼光は、たった一度見ただけでデューンの強さを見破った。
『そうとも。我は強くなるためなら何でもする甲碧蜂! 誇りある戦士階級の雄ッ! この世にある力のすべてを探求する者! 武術はステータスを補うものではなく、高いステータスをより高次元に引き出すためのものであるぞ!』
やっていることは同じでも、勇者ヒカルと甲碧蜂デューンでは根本的な考え方が違う。
勇者はステータスの低い人間たちが創り出した、低いステータスを補うための武術を使っている。
それは小さな力で硬い物体を貫いたり、相手の力を利用して防御と攻撃を一体にしたりといった技だ。
対するデューンの技は、己の持つ力を最高効率で引き出すための技。
戦闘中存在するエネルギーの減衰を極限まで削り取ったもの。
対極に位置するはずのその技は、奇しくも同じ理念に基づいたものであった。
『おもしろいな、戦士デューン。……だが、こんなことを続けていても意味はないぞ。かなり珍しい毒を使っているようだが、どうやら俺の身体を破壊することはできないらしい』
「『んなっ!?』」
示し合わせたかのように、私とデューンはまったく同じ反応をしてしまった。
まさか勇者が、デューンの戦闘技能だけでなくその真意にまで目を向けていたとは思わなかったのだ。彼ほどの実力者なら、デューンの力と技に惹かれないはずはないと思ったが。
(もうバレちゃってたのか。それに、やっぱりあの毒は通用しなかった)
対人間用にエイニーちゃんが開発した毒。それは人間の蛋白質から創り出されたものであり、自然な免疫程度では撃退することのできない必殺の毒。
デューンも私も、ここまで足止めしてくれた甲碧蜂のみんなも、ただその毒が勇者を殺すことのみを願って戦っていたのだ。
だが、勇者にはそれが効かないらしい。ここまでの道中まったくその様子を見せなかったから、まさかとは思っていた。
しかし、いったいどうやってあの毒を解除したのだろうか。世界樹の雫では、アレを止めることなどできないはず。すべての毒に効く万能の薬など、この世に存在しない。
これではさしものデューンも……。
『ふん! ならばもう時間稼ぎをする必要もないというわけであるな! では、ここからは連撃の速度を上げさせていただく!』
!? ま、マジで? これ以上があるなんて知らないんですけど!
私の驚愕もよそに、デューンは二本肢と腹部で身体を支え、中間の二本の肢も攻撃に利用する。
蜂の肢は中間が長く、攻撃に利用するには十分なリーチを持っているのだ。
二連撃が四連撃に変わり、攻撃の隙がさらに減少した。
狭い部屋に極限まで肢が撓めき、ほんのわずかな遠心力と技の限りを内包して勇者に振りぬかれる。
それは上から、横から、正面から。人間の大きさ、人間の構造では絶対に不可能な広範囲の連撃は、勇者の小さい身体にいくつも炸裂した。
『本当に、まったく異なる理想から同じ答えにたどり着くのだから面白いな。だからこそ、最後に同じ答えの極致を見せてやろう』
……しかして、勇者には届かなかった。『防御貫通』の乗った拳は、どういうわけか彼の身体を貫くことができなかったのだ。
正面から突き刺さった拳は勇者の右手に受け止められ、両横から挟み込んだ剛腕は見事に停止している。頭上から振り下ろされた鉄槌も、意思を奪われたかのように勇者の脳天直前で勢いを失った。
(いやな予感がする……。これ、ジュリーちゃんの時と同じ……!)
『これが武の極致……ッ!』
右手から、わき腹から、頭部から。勇者と接触する拳を伝わって流動的なエネルギーの奔流がデューンの体内を駆け抜ける。
それは彼の絶対的な外骨格を素通りし、内臓をぐちゃぐちゃにかき回した。
ほぼゼロ距離から、拳だけでなく身体のどこからでも。勇者から放たれたその一撃は、やはりジュリーちゃんと同様デューンさえも昏倒させて見せる。
「これが勇者……? ステータスだけじゃなく、武術もセンスもすべてが異次元の存在」
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