第二十七話 ヤンキー怖い!
深い森の中を、私とシャルル、エイニーちゃんとサガーラちゃんの四人で進む。
考えてみれば、私がこんなところまで探索に行くのは初めてかもしれない。
ずっと『感覚共有』で盗み見してたから、もう自分がここに来たつもりになってた。
『感覚共有』は練度が高まると、視界だけでなくにおいや味、触感や音まで伝わってくる。
今はそんなに力を入れてる子はいないけど、私が自分の足で訪れたと勘違いするのも無理はない。
自分の足で踏みしめるこの森の大地は、とても頼もしい。
……ちなみに、飛んでいくとめっちゃ疲れるから、私とシャルルとエイニーちゃんは人間の姿に変身している。サガーラちゃんは私の肩だ。ちょっと羨ましそうにしているのがとてもかわいい。
「で、結局
「何を言っているんだレジーナ。君はもうLv200を超えているじゃないか。この中で一番強いのは、間違いなく君だ」
私の弱気な発言に対して、シャルルが反論してくる。しかし、彼はわかってないな。
「あのね、私は気づいたんだよ。この前のシャルルの戦いとかワイバーン討伐とかを見てね。……戦闘で重要なのは、スキルとか内部数値じゃない。経験なんだよ」
確かに、私のスキルはとても強力だ。迷宮創造に偏っているとはいえ、もはや世界樹の森でも最高水準のステータスを有している。
しかし、持っていることと使いこなせることはまったくの別問題だ。迷宮の中ならいざ知らず、こんな森の奥では私の力など羽虫同然。軽くあしらわれるのがオチだ。
その点、シャルルとエイニーちゃんは凄まじく強い。
シャルルは以前の戦闘で、レベル差があまりないにも関わらず、人数差を全く感じさせない立ち回りをしていた。自分のスキルを良く理解していることもそうだが、何より身体の使い方が異様にうまい。彼の戦闘慣れを感じさせる。
そしてエイニーちゃんは、完璧な指揮能力で圧倒的力を誇るワイバーンを翻弄して見せた。
最強種と名高いワイバーンからすれば、蜂などまさに格下。それでも猛々しく食らいついたエイニーちゃんは、スキルやステータスなどとは違う力を持っている。
何より、彼女は未だ私でも使いこなせていない『毒創造』の真価を引き出した。
あの土壇場で植物系の毒を生成した胆力には、私も称賛を送るしかない。
「レジーナさま、それを言うならボクが一番弱いですよ。レジーナさまはランクA、シャルルさまはランクB、エイニーさんはランクC。そしてボクは、一番下のランクDです」
申し訳なさそうに、サガーラちゃんがうつむく。無理もない。この場で人間に変身できないのは彼女だけだ。
「ごめんね、私が過保護すぎたよ。大丈夫、みんなが強いのは良くわかってるから。すぐに進化できる機会を見つけるからね!」
サガーラちゃんが進化できていないのは、私がワイバーン討伐に行かせなかったからだ。彼女の責任ではない。だが、すぐに次なるワイバーンを見つけてやる!
お留守番組だったみんなが、進化した仲間を見て超絶やる気を出しているのだ。
ワイバーンがいなくなったことで行動範囲も広がり、探索に精を出している者が多い。すぐに強者が見つかるだろう。
「大丈夫ですよレジーナ様。確かに甲碧蜂は戦闘を好む種族ですが、レジーナ様にはとっておきがあるじゃないですか」
「……できれば使いたくないけどね」
『世界樹の支配者』と『クリエイトダンジョン』を組み合わせた大技。
確かにいつでも使える準備はしてきたけど、使わないに越したことはない。少しでも制御を誤ったら、周囲一帯ごと消し飛んでしまう。
「……どうやら心配している時間はないようだぞ。見えてきた。アレが甲碧蜂の巣だ」
私の愚痴に二人を付き合わせていると、少し先行していたシャルルが指をさす。
木の根っこに、こんもりと盛り上がった土。アレが甲碧蜂の巣か。
「こ、こんにちは~。迷宮蜂のレジーナと申します~。急に押しかけてしまってすいません。今日は少しお話がありまして~」
正直ちょっと、いや、めっちゃ緊張する。こっちから他種族の巣に出向くなんて初めてだ。
もし怖い人たちだったらどうしようとか、協力を断られたらどうしようとか、嫌なことばかり考えてしまう。
「なんだァてめぇら」
私が穴に向かって話しかけると、一匹の甲虫が中から出てきた。
とんでもなく口の悪いその虫は、深い緑色の外骨格を持ち、背中側の胸部に鮮やかな碧色を持つ昆虫だ。
(にしても、ガラ悪! これから出かけるオス? ってか、これが甲碧蜂であってるの? 蜂っていうか、でっかい蟻なんだけど。ん? 針の名残っぽい何かが……)
【種族:
通常スキル:筋力強化
体重増加
防御力強化
変身
解析
隠蔽
固有スキル:アストラの承認C(済)
限界突破
ファミリースキル:巨大化
共通言語
れ、レベル高!? この下っ端みたいなやつ、クオンさんより強いんだけど!?
(ん? 階級:働き蜂? ってことはこの子……)
「め、メス!? その感じで!?」
「あァん? 悪いかてめぇ」
「こ、これは失礼しました」
あまりに衝撃的で、思わず声が出てしまった。女性にこんなことを言うのは、流石に失礼だよね。
(……にしても偏ったステータス。メス蜂なのに『毒創造』も『加速』も持ってないし、『感覚譲渡』もない。あんまり組織的な生活をしないのかな?)
私が言えたことじゃないけど、この娘のステータスはだいぶ偏ってる。
集団戦というよりは、個人戦を重視したようなスキル構成だ。おそらく内部数値も、防御力と攻撃力に偏っているだろう。そっちは見れないけど。
「にしてもてめぇら、かなり強いな。まさかアタシの『解析』が通用しないなんて。アタシが今勝てそうなのは、そっちのメイドとDランクくらいか」
……向こうも解析を使ったみたいだ。同じランクのエイニーちゃんと、格下のサガーラちゃんのステータスが割れてしまっている。
「それで、私はここの女王様とお話がしたいんだけど……」
「あん? 話がしてぇなら、アタシを倒して見せな! アタシら甲碧蜂は、強い奴の言うことしか聞かねぇ!」
そう言うとジュリーさんは人間の姿に変身する。
鮮やかな青い髪を雑に流し、高い身長に良く似合う美人。女性にこんな表現をするのは良くないと思うけど、筋骨隆々とした肉体をこれでもかと見せびらかしている。
上半身はさらしを巻いているだけで、下半身は動きやすい道着のようなもの。ひと昔前のヤンキーみたいな格好だ。その青い瞳が、エイニーちゃんをまっすぐ睨みつけている。
「わかりました、私がご所望ですね」
その視線を受け、エイニーちゃんが一歩前に出た。メイドとしての凛然とした振る舞い。
しかしその奥には、確かな怒りをたたえていた。
「ちょ、ちょっとエイニーちゃん! たんまたんま! 今の君のスキル構成だと、相手を無力化する前に殺しちゃうでしょ!」
エイニーちゃんはワイバーンをも殺せるほどの植物毒を扱える。人間の姿でも爪から毒を出せるという荒業は、私も驚愕した。
しかしそれでは、このジュリーさんを殺してしまう。これから仲間にしようというのに、殺しては禍根が残る!
「アタシは構わないぜ。そこのメイド、かなりの試練を突破したようだしなァ。強者と戦って死ぬ! これこそが、甲碧蜂の生きざまよッ!」
ジュリーさんの後ろから、彼女の言葉を肯定するように甲碧蜂が現れる。
蜂の巣にしては、数は少ない。しかし平均レベルは40を超えており、ランクCも多い。かなり強力な集団と言える。
ってどぅわ!? 戦士階級レベル70!? ランクCだけど、ちょっと前のシャルルより強いじゃん!
「レジーナ、この場を穏便に済ませる方法が一つある。ゴニョゴニョ……」
動揺する私に、シャルルが耳打ちしてきた。
「……マジで言ってる?」
「マジマジ、大マジだ」
シャルルから提案された言葉に、私は混乱を隠し切れない。ただでさえこの状況に動揺しているのに……。
でも、どっちかが死ぬ前にやるしかない!
「聞きなさい、皆の者ッ! 強者との戦いを欲する強き者たちよ!」
私は女王としての口調で、威厳たっぷりに言い放った。
その言葉に、今まさに戦いを始めようとしていた二人も立ち止まる。
「わ、私、レジーナの迷宮は、これから勇者との闘争をする! かの高名な、勇者ヒカルだ! 奴と戦いたい者は私の軍門に下れ!」
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