第十六話 かっこよくありたい!

 昨晩はお楽しみでした。


 うん、正直すっごく楽しかったし気持ちよかった。しかし、あえてこの場でそれを表現する必要はないだろう。


 ただひとつ言うのならば、交尾は蜂の姿で行ったとだけ。流石に人間の姿だと、生殖器が機能するか怪しいから。


 まあシャルルが言うには、どちらの姿でも問題ないということだったけど。私が恥ずかしかったからね。


 人間の姿になってぐっと伸びをすると、身体中なぜか調子がいい。


 それと参考までに。この世界の蜂は、地球の蜂とはだいぶ生態が違うらしい。

 毒性とか巣の形状とかは似てるけど、こと産卵に関しては全然別の生物だった。


 まずもって、繁殖期とか発情期とかいうものが存在しない。これはむしろ、野生動物には少ない傾向だと思う。野生動物は基本的に、出産する時期が決まっているのだ。


 さらに、この世界の蜂は一度の交尾で必ず受精させられるというわけではない。

 地球の蜂は、種類によっては交尾の直後に死んでしまうものもいる。だからこそ、一発で孕ませられるような構造があるのだ。


 しかし、この世界ではそうもいかない。だからこそ、『強制受精』というスキルが存在するんだろう。


 また、地球の蜂は屋外で交尾するのが一般的だが、私たちは密閉された室内で行った。

 ……これはどちらかというと、迷宮蜂としての性質かな。


 オスは巨大な迷宮を作れる強い女王を求め、新米の迷宮を訪れる。迷宮蜂にとっては、巣の中に入ることこそ求愛の証なのだろう。


「おや、これはレジーナ様。おはようございます。それと、おめでとうございます」


 私が昨日のことを振り返っていると、最奥の間でクオンさんがあいさつしてきた。


 今日はいつもと装いが違い、黒い厚手のコートを羽織っている。『変身』で作り出したものだろう。フードもついている。かっこいい。


 まだ早朝だというのに、彼の装いが整っているのはなぜかな。


「ありがとう、クオンさん……」


「ど、どうされましたか?」


「いや」


 う~ん、私が蜂になったからかなぁ。それとも、処女を失ったから? 子どもを孕んだから?


 わからないけど、とにかく心境の変化があったっぽい。


 なんかこう、クオンさんがすっごく魅力的に見える。それはもう、恋という意味でね。


 前世では当然、こんなことはなかった。もちろん片思いくらいはしたことがある。でもその時も、こんなに早く他の男に目移りするなんてあり得なかった。


 というか、今もシャルルが好きな気持ちは失われていない。むしろ、一晩過ぎて今まで以上に彼を想う気持ちが強くなったくらいだ。


 当然だろう、彼の子どもを孕んだのだから。ゆえに、他の男性に視線が行くのがどうしても違和感。


(ま、そんなに気にすることもないか。身体が蜂になっちゃったんだから、感情くらい変わってもおかしくないよね)


「何もなければ良いのです。……ワタクシはこれから人間の街に向かい、勇者の情報を聞き出してこようと思います。申し訳ありませんが、ワタクシは『感覚譲渡』を持っていませんので、常に『感覚共有』のパスを繋げておいてください。視界だけで構いません。それと、緊急時の連絡用にナナーラを連れていきます」


 おお、もうそんな時間か。クオンさんにはこの迷宮の存続がかかった、とても大切な任務があるのだ。彼に任せておけば大丈夫と思うけど、わずかばかりの不安もある。


 『感覚共有』を繋げておくというのは、つまり常にクオンさんの見ているものが見える、ということ。けど大丈夫。私には『処理能力拡張』というスキルがあるから!


 ちなみにナナーラちゃんというのは、サガーラちゃんの妹分にあたる。


「よし。ナナーラちゃんの他にあと二人、長肢蜂の娘を連れていくことを許します! 潜伏なら燕蜂の方が良いだろうけど、もしかしたら戦闘になるかもしれないからね」


「あ、ありがとうございますレジーナ様! これでワタクシも安心です」


 そう言うと、早速彼は第二階層に向かった。まだ小規模だけど、長肢蜂の巣が完成しつつあるのだ。


 ……いつかは長肢蜂のオスも見つけて、その。シャルルと同じこともしないといけない。

 でもまあ、今はシャルルだけで……。


「よ! レジーナ。早起きだな」


「あひゃい!?」


 不意に声をかけられ、私はとんでもない声を出してしまった。

 その声はとても聞き馴染みがあって、昨日私がずっと耳を傾けていた声。


 私の寝室から這い出てきたシャルルは、わざわざ人間に変身している。コイツ、わかっていやがるな。いや、私も変身してるからアレだけど。


「く、クオンさんの見送りがあったからね。朝早くから出発したみたいだよ。……お寝坊さんのシャルルとは違って!」


「どうしたレジーナ、顔が真っ赤だぞ」


「~~!!」


 か、顔真っ赤!? 嘘、私シャルルに見せられない顔してる!?

 ……っていうか、シャルルの顔見た瞬間すっごいニヤケてない!?


「レジーナ、話がある」


 私が大興奮していると、シャルルは私の横に座った。

 私の目ではなく、世界樹の木目でも見ているような視線。真剣な話、ということだろう。


「……俺、レジーナのことが好きだ。こんな人間みたいな気持ちを抱くのは初めてでわからない。けどそう、俺は人間みたいな意味で、レジーナのことが好きなんだと思う」


 ドストレートなセリフ。まっすぐで清いシャルルらしい言葉だ。

 そして、それが一番私の心に刺さるのだと、彼は知らないだろう。


「うん、私も好き。人間みたいな気持ちは忘れつつあるけど、やっぱりシャルルが一番好きだよ」


 かがんでシャルルに寄り添うと、彼も私に体重をかけてくる。


 おかしいな。愛の言葉は昨日たくさん交わしたはずなのに、こんな何気ないワンシーンは、私に別の感情を抱かせた。


 それが何かは、すぐには結論を出せない。けど、きっと良いものだ。きっと素晴らしいものだ。


「それでな、レジーナ。俺ガラにもなく、君にかっこいいところ見せようとしてる。いや、かっこ悪いところは見せたくないと思ってる! こんな気持ちは、本当に生まれて初めてだ」


 ……どういうことだろう。シャルルは今のままでも十分にかっこいい。

 強くて、たくましくて、頼れる。それがシャルルのかっこよさだ。


「レジーナに力を借りるって言ったけど、古巣の件は俺一人に任せてくれないか?」


「! だ、ダメ! それでもしシャルルが危ない目にあったら、私いやだ! 一人でなんて行かせられない!」


 真剣な目をしているシャルルだけど、それだけは聞き入れられない。だって、私はシャルルを愛しているから。彼に危険が及ぶことを、容認できるはずがない!


「頼るのがかっこ悪いとは思わない。むしろ、人に頼れる力は強さだと俺は思う。……けど、これは俺が持ち込んでしまったことなんだ。古巣と関係を断ち切れなかった、俺の責任なんだ!」


「それでもダメ! シャルルはもう私の家族なんだから。もちろん、シャルルが自分の手で解決したいって気持ちはわかるよ? でも、一人でなんて言わないで。エイニーちゃんもエイリーンちゃんも、サガーラちゃんだって協力してくれるって言ってた。当然私も協力する。だから!」


「昔の女を君に関わらせたくない!! ……これで勘弁してくれないか」


 いつになく大きな声を出したシャルルは、とても申し訳なさそうだった。きっと、私の気持ちに気付いているんだろう。


(シャルルが頼ってくれた時、すごく嬉しかった。レベルアップしてもシャルルの方が頼れるし、ずっと強いから。だから私は、シャルルに必要とされてるんだって思えた。でも、これじゃあ……)


「敵は大きな勢力なんでしょ?」


「俺一人をずっと追いかけまわすような小物さ」


「エイニーちゃんの調査で、ランクCも何人かいるって聞いた」


「安心しろ、俺の方が強い」


「女王は強力な支配の力を持ってるって……!」


「大丈夫、レジーナへの愛の方がずっと固い」


「私はシャルルを愛してる。ケガしてほしくない」


「ああ、俺もレジーナを愛してる。でもケガは戦士の証で、誇りだ」


 ぐっと私を抱きしめたシャルルの身体には、無数の傷跡があることを私は知っている。

 この力強さも、たくましさも、私は良く知っている。ウチのNo.1。


「……仕方ない。一人で行くことは認める」


「! ありがとうレジーナ。俺の我がままを聞いてくれて!」


 さらに強く私を抱きしめるシャルルの手には、喜びと安堵の感情が入り混じっていた。


「ただし、ひとつ条件。……シャルルに私のレベルを28あげる。古巣を壊滅させて、大主神アストラに功績を認めさせること! これが条件! さっさとランクBになって、もっと私の役に立つ!」


「ああもちろん! 俺、君にかっこいいとこを見せるよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る