第十話 一生ついていきます!

「い、いきなりLv12だと!?」


 私と目が合った瞬間、シャルルはそう叫んだ。おそらく、私のステータスを見たのだろう。


 けど、彼が驚くのも無理はない。というか、私だってめっちゃ驚いてる。


「『レベルアップブースト』があるとはいえ、たかがイノシシ一匹倒しただけでこんなにレベルが上がるなんてね。まずはLv10だ~なんて言ってたら、もう突破しちゃったよ」


「確かに、あのイノシシは推定レベル20以上が確定している強力な魔物だった。けど、それでもおかしい。罠系統で倒した場合、通常よりも経験値が入りづらいはずだ」


 え? そうなんだ。知らなかったや。


 直接の戦闘力を持たない女王蜂は、罠を設置するか眷属から経験値を貰うかでしかレベルを上げることができない。けど、罠は貰える経験値の量が少ないのか。


 まあ、これはラッキーかな。『レベルアップブースト』のおかげなのかはわからないけど、こんな簡単にレベルが上がるなら良いよね。


 それに、超強力な攻撃手段も手に入れた! 『サテライトキャノン』。私の眷属の目が届く範囲なら、どこへでも一撃をぶち込むことができる。もしかしたら、勇者にだって通用するかもしれない。


「いや、そんな楽観視できないぞ。『レベルアップブースト』があっても、この上がり方はおかしい。いくらレジーナが規格外でも、常識に反するんだ。もっとよく考えてみよう」


 ま、マジか。レベルが11も上がるのって、そんなにおかしいんだ。RPGとかオンラインゲームだと、強敵を倒せばそのくらい上がるのは普通だと思うけど。


(う~ん。でも、シャルルがここまで言うんだもんなぁ)


 彼はこの世界を熟知している。彼の言葉を蔑ろにすることはできない。というか、私がこの世界を知らなさすぎるのだ。


「考えられるのは二つ。ひとつは、あのイノシシの推定レベルを見誤っていたことだね。もっと強い魔物だったのかもしれない。……そしてもうひとつは、あの『サテライトキャノン』で、イノシシ以外の魔物を巻き込み同時に倒していた……とか」


「なるほど、可能性として有力なのは後者だな。特に害はないと思うが、レジーナは初めてのレベルアップだ。これが普通だと思わないこと……どうした?」


 なんだろう、この感覚。私じゃない、エイニーちゃんとエイリーンちゃんだ。

 胸騒ぎ? いや、これは……!


『大変です、女王レジーナ様。どうやら先ほどの攻撃で、燕蜂の巣を破壊してしまったようです!』


 強制的に私の視界に割り込んで、エイニーちゃんの視界が映し出された。本来なら、女王である私の視界を奪う力など、彼女たちにはない。それほどの緊急事態ということだろう。


 エイニーちゃんの視界を通して、無数の黒い蜂が飛んでくるのが見える。胸のあたりには赤い模様。ちょうど、燕に良く似ている。


「どうしたレジーナ、向こうに何があった!」


「……み、みんなが、燕蜂に襲われてる」


「なんだと!?」


 燕蜂のことは、周辺に詳しいエイニーちゃんから聞いていた。


 私たち迷宮蜂やエイニーちゃんたち長肢蜂よりも一回り小さく、身体は黒い樹上性の蜂。


 その最大の武器は、身体が小さい故の飛行能力。そして、集団の規模の大きさ。


 迷宮を完成し終えた迷宮蜂には劣るものの、樹上性の蜂としては最大規模の巣を作り、超巨大な集団を形成する。


 毒性はさほど強くないが、彼らのスピードは『加速』のスキルを持ったエイニーちゃんたちでも振り切れない。追いつかれ、数の暴力で袋叩きにされる。


「まずいな。巣の規模にもよるが、長肢蜂11匹程度では相手しきれん! せめて他の長肢蜂も同伴させていれば……!」


 完全にまずった。このままじゃみんな殺されちゃう。

 私の責任だ。調子に乗ってスキルを使ったから、みんなが危険に晒されている。


『レジーナ様、お気になさらないでください。周辺確認を怠った私たちの責任です。それに、女王は私たち一人一人を気に掛ける必要はありません。女王さえ生きていれば、巣はまたやり直せますから』


 突如、私の頭に声が聞こえてきた。エイリーンちゃんだ。

 おそらく、私が責任を感じていると察して、こんなことを言ってきたのだろう。


(けど、ダメだよエイリーンちゃん。私、そんなこと言われたらみんなを助けないわけにはいかなくなる。それに……)


「私は迷宮蜂の女王だけど、それ以前に家族なんだ! 他の女王蜂がどうかなんて知らない! 私は全員助けて、全員でこの迷宮を完成させたい!」


 他の巣じゃ、きっと死ぬ間際の働き蜂なんて見捨てるんだろう。助けようにも、もう間に合わない。女王が直接手を下すなんて、もってのほかだ。


 だけど、そんなの私に関係ない。守りたいものは守るし、間に合わないじゃなくて、間に合わせる方法を考えるのが私だ!


(考えろ、どうすれば助けられるか。『サテライトキャノン』じゃ、威力が高すぎてみんなを巻き込む可能性がある。『感覚共有』を持っていないから、他の仲間を呼び出すこともできない)


 もうすでにエイニーちゃんたちは囲まれている。移動能力の高い燕蜂相手では、振り切ってから『サテライトキャノン』を叩き込むのはまず不可能だ。


――まずはLv10を目指してくれ。そうすると、『Queen Bee』に『経験値再分配』というスキルが追加される。これがもたらす効果は……言わなくてもわかるな?――


 突然頭の中に、シャルルの言葉が蘇る。


(そうか、これなら……!)


 私はシャルルに目線を合わせる。人間に変身している彼は、何事かと驚いていた。


【種族:迷宮蜂 Lv50:ランクC 階級:戦士 シャルル】

通常スキル:強制受精

      変身

      解析

      隠蔽

固有スキル:限界突破

      要塞強化

ファミリースキル:共通言語


 強い、本当に。私なんかよりもずっと強い。彼なら、彼のステータスなら、みんなを助けられる!


「ごめんシャルル、ちょっと力を借りるよ!」


「え? ちょ、いきなりなんだ!?」


「10匹均等に配るよりは……。エイニーちゃんに届けぇ!!」



~SIDE エイニー~


【種族:長肢蜂ナガアシバチ Lv90:ランクD 階級:働き蜂 エイニー】

通常スキル:超加速

      隠密

固有スキル:限界突破

ファミリースキル:毒創造

         毒強化

         感覚譲渡

         共通言語

         女王の加護


 絶望的な状況に立たされ、今すぐ死んでもおかしくなかった。


 燕蜂の群れがすぐ目の前まで飛来し、瞬きののちには私に取りつき毒針を刺す。無数の顎で体中を食い破られ、翅を失い肢を失い、この身は朽ち果てる。


 ……その、はずだった。


 次の瞬間、私に訪れたのは死ではなく力だった。


 燕蜂の針は私に刺さらず、顎も外骨格を砕くことができない。万力を込めて翅を引っ張ろうとも、むしろ私が羽ばたくだけで吹き飛ばされる始末。圧倒的な力を、私は得た。


「これは、このステータスは!? ……そう、女王様のお慈悲。ありがとうございます、女王レジーナ様。これで私は、皆を守ることができます!」


 防戦一方から反転し、私は燕蜂へ向かって突撃した。もう、何も怖いことはない。


 仲間を取り囲み襲う燕蜂。そんな彼らを、私は顎の一撃で沈める。毒針を使うまでもなく、この顎と腕力だけで、敵を粉砕することができた。


「『超加速』! 『限界突破』!」


 新たに得た二つのスキルで私はさらに加速し、こちらをはるかに上回る戦力を持つ燕蜂に対し、真正面から一人で飛び込む。


 そして、『女王の加護』。あの人が見てくれている限り、私が負けることはない。だって、私はあの人の眷属だから!


「『毒創造』に『限界突破』を組み合わせ、さらに『毒強化』! これでお仕舞いです!」


 本来体内でしか生成できない毒。それを『限界突破』で突き破り、体外で大量の毒を生成する。そして『毒強化』。今までの痛覚刺激とは異なる、殺傷性のある毒へと至らしめた。


 もはや燕蜂は私しか見ていない。他の仲間など意に介さず、最大の脅威である私だけを潰すため、全勢力でもって攻撃を仕掛けてきた。しかし……。


「遅い! ランクDとはいえ、Lv90を舐めないでもらいます!」


 生成した毒を次々にぶつけ、飛んでくる燕蜂を迎撃する。Lv90になった私は、種族的に速さで上回るはずの燕蜂すら寄せ付けないスピードを獲得していた。


 そこからは、もう戦いとすら呼べない。空中を飛び回り安全圏から毒を放つ。一方的で作業的な行動だ。結果がどうなるかは、もはや火を見るよりも明らかである。


「ありがとうございます、女王レジーナ様。深い感謝と尊敬を、どうかお受け取りください」


 私は決めた。あの人に一生ついていくと。そして、何があってもお守りするのだと。

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