第二話 アタマおかしいだろ!!
自分が蜂になってしまったことを認識した瞬間、私は前世のことを思い出した。それはまるで、今まで思い出すことを拒絶していたのが、一息に解放されるようだった。
思い出したのはそう、直前の記憶。
蜂に刺されアナフィラキシーショックを起こし……
……た、男性の話で特集を組んだアンビリーバボーなバラエティ番組! いや~アレは超面白かった。
アナフィラキシーショックって怖いもんで、男性だった人が急に女性的な身体へ変化してしまったというんだ。胸が大きくなって、筋肉が付きにくくなったとか。
その人には奥さんと双子の兄弟がいて、今は母親二人として生活しているらしい。性格は男性だから、父親らしいこともするみたいだけどね。
ちょうど夕食時に家族でその番組を観てて、うちのお父さんも美少女に性転換しないかな~なんてくだらない話をしていた。
そしたらお父さんがコミカルに言ったのだ。
『あたしの心はいつでも乙女よウッフンアッハン♡』
絶句した私とお母さんは、そのまま一言もしゃべらずにお皿を片付けた。正直ちょっとおもしろかったけど、ここはスルーするのが正解だと私も分かっている。お笑いの基本だ。
(そのあと私は寝室に戻って、さてラノベでも読み漁りますかってな感じでベッドに横になったんだよねぇ)
あの瞬間のことは今でも強烈に覚えている。そう、部屋にアシナガバチが……!
入ろうとして窓に体当たりし続けていた。きっと蛍光灯でも追いかけていたんだろうなぁ。
妙にテンションの高かった私はそれがどうにも面白くて、ベッドの上で笑い転げた。
そしたら急にお腹が痛くなったのだ。たぶん、夕食に食べた生牡蠣が当たってしまったんだろう。それもかなり強力な奴だった。あの出来事は不運と言わざるを得ない。
当然私はトイレに駆け込み、そのまましばらく乙女にあるまじき行為を繰り返した。出せども吐けども止まる気配のないそれは、もはや私の精神を破壊するほどだったのだ。
そして最後は、考えうる中で最も無様な結果に終わった。
(私は誓った。もう生の牡蠣なんて絶対に食べない。そして、蛍光灯に体当たりするアシナガバチを笑うこともない。父さんには蔑みの視線を向けるけど)
そう、私はもう二度と前世の過ちを繰り返さない。魂に誓った。そして運良くも新しく得たこの人生は、前世よりもさらに素晴らしいものにして見せる!
(といっても、私がどういうメカニズムで転生したかもわからないんだよな~。ここが地球なのか異世界なのかも……はっ! もしここが異世界だとするのならば、やっておかなければならないことがある!)
そう、異世界といえばド定番のアレだ! 今となっては少し流行が過ぎ去ってしまったかもしれないが、それでも絶大な支持と圧倒的な認知度を持つアレだ!
(では……ステータス!!)
【種族:迷宮蜂 Lv1:ランクD 階級:女王 ノーネーム】
通常スキル:レベルアップブースト
固有スキル:クリエイトダンジョン
Queen Bee
アストラの承認
ファミリースキル:毒創造
共通言語
私が心の中で叫ぶと、脳の内側にそんな表示が現れた。
(おお! ここは異世界確定か! これは大興奮もの!)
まさか本当にステータスが確認できるとは。というか、この世界ちょっと流行遅れだな。世界観はアップデートしていこうよ、マジで。
(にしても、ステータスって言っても名前とスキルしかわからないか。もっとこう、攻撃力とか素早さとか、HP・MPみたいなもんはわからないのかねぇ。いや、そもそも魔法の存在しない世界って可能性もあるか。スキルだけで戦え! 的な)
う~む、せっかく異世界転生という大偉業を成し遂げたのだから、せめて魔法くらいは使ってみたい。ここに表示されているスキルは、ほとんど魔法とは関係なさそうだ。……一部意味わからんスキルもあるけど。
戦闘系のスキルは『毒創造』だけ? 蜂なんだから、もっと強いスキルがあると思ってた。ほとんどフィジカル寄りの戦い方しかできないなぁ。
(ってか、私女王蜂だったんだ。初めて知った。女王蜂ってもっと大きくて腹が膨らんでるやつをイメージしてたけど、案外そうでもないんだなぁ。やっぱり決め手は、この『Queen Bee』ってスキルだよね。他とは全然違う雰囲気を感じる)
他のスキルは、まあ一目見ればわかるようなものだ。『クリエイトダンジョン』も『毒創造』も、言葉のままだろう。『レベルアップブースト』ってのはレアスキルっぽいけど。
それに対して『Queen Bee』。そのまま女王蜂って意味だろうけど、肝心の内容が全然わからない。素直に捉えるなら、働きバチを従えられるってことかな?
(そんでこの『アストラの承認』ってスキル。まあ直接戦闘に関係するスキルじゃないだろうけど)
この手のスキルは、おそらく補助系のものだろうな。秘匿情報にアクセスできるとか、必要な条件を無視できるとか。
まあこういうのは、異世界系ならあるあるだよね。実際どんなものかわからないけど、そんなレアスキルでもなさろうだし。
女王って言っても、最初はこんなもんか。Lv上げとかしたら、スキルも増えたりするのかな?
とにかく今は情報が必要だ。Lv1の雑魚だけど、このまま何もしないというわけにはいかない。この辺を探索するなりなんなり、行動を始めなければ!
幸いにも私は蜂だ。それも、フォルムはだいぶスズメバチに近い。スズメバチは移動能力に優れ、激痛をもたらす毒を使う。アナフィラキシーショックを起こせなくとも、外敵を撃退する程度なんということはないはずだ。
……ん? 女王蜂って毒使えないんだっけ?
いや、考えないようにしよう。『毒創造』があるなら大丈夫っしょ!
(そうと決まれば行動開始! ひとまずの目標は、リスクなくレベルアップする方法を見つけ出すこと! ふふん、自作ゲーム界隈でグリッチマスターと呼ばれた私の実力を、舐めるんじゃないぞ!)
猛々しく翅を広げ、背中の筋肉に意識を集中させる。先ほどの飛行で、多少は飛び方を学んだ。正直、もう人間よりも高速で移動できる自信がある。
向かうのは、ここから右手にある木の少ない地帯。もし花があるとするならば、あそこが有力だろう。
背が高く広範囲に葉を広げる木の下では、花が競争に勝てる道理はない。ならば、木がある程度少ない場所を当たるべきだ。
そして私の予想通り、そこにはたくさんの花が咲いていた。
(数分くらい飛んだかな。結構な距離を移動したつもりだけど、やっぱり蜂の身体ってすごい。人間だったらもっと時間がかかってるよ。ま、私の距離感とか縮尺がバグっただけかもしれないけど)
私が速くなったと錯覚しているだけで、実際時速に換算したら大したことないかもしれない。なんせ、蜂に転生した私の身体は人間よりもはるかに小さいのだ。
(にしてもこの辺、他に蜂の類はいないのかなぁ。花の蜜を吸うならここしかないと思うんだけど……。もしかして、もっとたくさん花が咲いてるベストスポットがあるとか!?)
ここの花は見事なものだ。周囲は木々の勢力が勝っているにも関わらず、この一帯だけは美しい花々が咲き誇っている。それも、決して狭い範囲ではない。
言い換えれば、ここは蜂やその他昆虫類にとって最高のスポット。花の蜜を主食とする生物が寄り付かないはずはない。いったい、どうなっているんだ。
(考えられるのは二つ。一つは、この森はあまり昆虫類がいないということ。そしてもう一つは、強力な外敵が近くにいるということ!)
頭で考えてはみたが、実質一つだな。これだけ巨大な森に、昆虫がいないというのはおかしい。それでは、森の中の栄養はすぐに枯れてしまう。
そしてまた、いくら異世界であっても、植物の生み出す恵みを利用しない生物は存在しない。その最先端にいるのは、進化の早い虫系統だ。
(なら、やっぱり一つしかないね。ここには……!)
突如、小さな虫を追いかけるように、美しい花を踏み荒らす大きな生物が現れた。
そいつは花の存在など歯牙にもかけず、また森の脅威も無視し、我が物顔で闊歩する。足取りは軽く、自分が絶対の強者であると疑わない様子だ。
そしてまた、とても不快な存在でもある……。
「へいへいお嬢ちゃ~ン。俺とイイことして遊ばな~い? 今夜は天国に連れて行ってあげるよ~ン!」
メス蜂を追いかけまわし愛をささやく、頭のイカレた金髪の人間がそこにはいた。
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