第39話 イインチョ


「ところで、何で爆竹なの?」

「何かに使えそうじゃん」

「銃声に間違われるんじゃない?」

「だからいいんだよ。銃声が聞こえたら玖城さんはどうする?」

「かがむよ。そう教わったし」


 銃声は発砲があった証。自分が狙われた可能性がある。


 殺意を持った相手が狙う箇所は頭だ。手や脚を撃つよりも確実に人を無力化できる。


 逆を言えば、とっさにかがむことでヘッドショットを回避できる可能性が生まれる。


 頭を下げる行為は、爆弾のケースでも活用可能だ。飛び散る破片は刺さって危ない。体の表面積を小さくすることで怪我のリスクを抑えられる。不意に破裂音を聞いた時は伏せるのが安定行動だ。


 佐上さんが体の前で手を打ち鳴らす。


「さすが優等生」

「褒められてるように聞こえないんだけど」

「褒めてるよこの上なく。いい? 爆竹の破裂音は銃声に似てるんだ。相手はどう思う?」


 どうもしない。

 

 そう言いかけてハッとした。相手に爆竹が見えているならともかく、隠した状態で破裂させたなら誰かが発砲、もしくは近くで爆発が起きたと勘違いしてもおかしくない。


「まさか、相手を騙すために爆竹を使うつもり?」

「ご名答」


 佐上さんが指を鳴らす。悪戯が成功したように笑うさまは子供っぽさで満ちている。ちょっと怖い雰囲気は霧散して欠片もない。


「不意に破裂音が聞こえれば機械だって動きを止める。その間にもろいとこをぶち抜けば簡単に壊せると思わない?」

「そう、ね」


 私は口元に人差し指を当てる。


 機械相手を想定して開発された弾は、しっかりと当てれば鉄の装甲もゆがませる。本当に動きを止めることができるなら、確かに便利ではある。


 当然課題はある。


「味方も銃声と勘違いしそうだね」


 事前に打ち合わせても事故のリスクがある。本物の発砲とかぶったらヘッドショットをかわせない。課題は山積みだ。


 佐上さんが手首を上げ下げする。


「あーいいのいいの。班行動の時は使わないし」

「じゃあ使う機会なんてないよね? 作戦時は班行動が基本だし」

「独りの時に使えばいいじゃん」

「独りって……」


 班行動中に独りの状況を作るには、自主的に動く必要がある。


 独りでの行動は身軽だけど、ミスしてもフォローする味方がいない。崖から落ちても誰も気付かないし、負傷して動けなくなってもアウトだ。それらの危険を踏まえて単独行動する意味はあるのだろうか。


「あれ」


 似たような言葉を友人が言っていたような。

 内容を思い出して口を開く。


「もしかして、独断専行したのもそれが理由なの?」

「ん、その件知ってるんだ?」

「人づてに聞いたの。その分だと本当みたいだね」

「まあねー」


 ピンクの房の後ろで手を重ねられる。バツが悪そうに首を逸らされた。


「でもさぁ、言ったところで爆竹なんか採用されないでしょ? 作戦中に不確定要素なんて入れたら場が混乱するし」

「そういうことは考えられるんだね」


 ちょっと意外だ。もっと傍若無人ぼうじゃくぶじんなイメージがあったのに。


「だったら――ひゃっ⁉」


 パパパパパパパパン! と連続した破裂音が響き渡った。変な声がもれて、お風呂でのぼせたように頬が熱くなった。


「おっ、いい感じ!」

「着火するなら教えて欲しいんですけど⁉」


 抗議してもどこ吹く風。佐上さんが嬉しそうに笑う。


「悪い悪い。でもよかったでしょ?」

「よくない」

「そっかぁ。ま、いつか分かるさ」


 いらっとした。


 何で上から目線でものを言っているんだろう。爆竹の良さなんて一生分からなくたっていいや。


「佐上さん!」


 凛とした声が威圧した。


 振り向いた先には、ツリ目がちの少女が腕を組んでいた。黒い髪を肩の辺りできっちりと揃えている。制服も着崩れがない。装いからは几帳面な性格がうかがえる。


 同級生のまとめ役を担う南木みなきさんだ。後ろには取り巻き。年の近そうな女子が三人控えている。


「あれ、イインチョじゃん。爆竹に惹かれてきたの?」

「そんなわけないでしょう。何をしてるの、こんなところで」

「爆竹鳴らしただけだよ」

「駄目でしょう、そんなことをしたら」

「許可は取ったみたいですよ?」


 一向に説明しようとしない佐上さんに代わって事情を告げた。

 南木さんが柳眉をひそめる。


「許可? そんなの出るわけないでしょう。規則に書いてあるじゃない」

「え?」


 でもさっき、佐上さんは許可をもらってあるって言った。

 そうだよね? 佐上さんに問い掛けを込めた視線を送る。


 露骨に目を逸らされた。


「佐上さん、まさか」

「悪い、夢で見た気がしただけだったぁ」

「こほん!」


 咳払いに意識と視線が引き寄せられた。

 背筋を伸ばして振り返ると、南木さんがプンプンしていた。


「玖城さん」

「はいっ!」


 本能的に叱られると察して身構えた。


「どうして佐上さんに協力したの?」

「えっと、その……」


 佐上さんに騙された。


 そう告げて突き放すには佐上さんと会話を重ね過ぎた。罪悪感に負けて言葉が続かない。


 あーあ、わたし悪者かぁ。お友達に避けられないといいなぁ。


「アタシが嘘ついてやらせたんだよ。玖城に罪はない」


 南木さんが横目を振る。目付きが鋭さを帯びた。


「そうやって規則を破って、あなたは一体何がしたいの?」

「んー思いついたことを試したいだけかなぁ」


 佐上さんが首を傾ける。南木さんの柳眉がピクリと震えた。


「とにかく、この件は報告させてもらいますから」


 南木さんが体をひるがえす。四つの背中が遠ざかり、その場に私と佐上さんだけが残された。

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