第38話 優等生と問題児


 少年兵を育成する施設に入った。わたしが志願しなくても、いずれ収容されることになっていたらしい。


 孤児院には身寄りのない子供が収容される。


 子供を育てるにもお金が掛かる。食事に電気、ガスに水。ただ暮らすだけじゃ手に入らない。施設を維持するにもお金が必要だ。


 費用を払うべき親はいない。孤児院の運営は補助金で成り立っている。


 補助金を出す代わりに、施設は孤児を少年兵育成機関に入れる。育てられた少年兵には国の役に立ってもらう。世の中はそういうふうにできているようだ。


 いずれ少年兵になるなら、早い内に訓練を初める方が賢明だ。わたしは少年兵に志願して体力テストに臨んだ。


 後日合格の知らせが届いた。わたしはしかるべき育成機関で軍事的な教育を受けることになった。


 朝早くに起床してお外を走る。


 決められた班で朝食を摂る。身支度を整えて、部屋の清掃を済ませて訓練にいそしむ。


 走るだけじゃない。銃のグリップも握った。手から伝わるずしりとした重さは、死神から譲り受けた鎌の重量だ。引き金を引くだけで簡単に生物の命を摘み取れる。射撃訓練が始まった当初は、その責任の重みに震えが止まらなかった。


 発砲をこなすうちに慣れた。直立した的に当てるのは割と簡単だった。午後の訓練を終えて湯を浴び、ルームメイトの点呼を取って就寝した。


 決められた時間に、決められたことをする。当初は吐きそうになった習慣も、繰り返すうちに辛いとは思わなくなった。


 苦しさへの耐性ができた、とでも言うんだろうか。訓練は苦しいけど音を上げるほどじゃない。弱音を吐く同僚を元気づけるくらいには余裕ができた。


 お友達もできた。ルームメイトはもちろん、他の班の子とも談笑をする。施設生活は順風満帆じゅんぷうまんぱんだ。今日も射撃場にて銃のトリガーに指を掛ける。


 訓練場にチャイムが鳴り響いた。射撃訓練を終えて、お友達と廊下の床に靴裏を付ける。


「ミカナ、今日も射撃訓練の成績一位だったね」

「何でそんなに上手なの? 何かコツとかあるの?」

「そうだなぁ。ぶれないように、引き金をそっと引くのがコツかな」


 窓ガラスの向こう側に人工的な色が映る。


 薄いピンクの髪が風にそよいでいた。ヘアカラーリング剤か何かで染めたのだろう。頭の後ろで結ってひとふさにまとめている。規格化された制服を着崩し、ラフな格好で一人ぽつんと立っている。


「佐上さん、また独りで何かしてる」

「知ってるの?」

「知ってるも何も、協調性のなさで有名だよ? 最近じゃ作戦中に独断専行したって聞くし」

「ふうん」


 未熟な私たちに危険な作戦は任されない。せいぜい野草の採取や野生動物の狩猟だ。


 人助けはおろか、無人兵器と戦ったこともない。独断専行したところで、掛ける迷惑の度合いは知れたものだ。


 もちろんおとがめなしとはいかない。ランニングを命じられたり、食事を抜きにされる。勝手な行動をするメリットは皆無だ。


 私は足を前に出す。

 俄然がぜん興味が出てきちゃった。


「ミカナ?」

「どこに行くの?」


 振り向いて友人に手をかざす。


「ちょっとあいさつしてくる。先行ってて」

「正気? 危ないって!」

「止めた方が良いよ!」

「忠告ありがとう。気を付けるね」


 忠告に笑顔で応じて歩を進める。昇降口で外履きに足を通して外気に身を晒す。


 歩み寄ってみると思ったより背が高い。頭一つとはいかないけど、私より背丈がある。空を仰いでいるからなおさらそう見える。雲が好きなのかな。


 私は口角を上げる。


「佐上さん、何を見てるの?」

「空」


 うん、知ってる。問い掛け方がまずかっただろうか。


 佐上さんがおもむろに振り向く。大きな目が見開かれた。


「おわっ⁉ びっくりした!」


 突然大声を出されて、私の体もびくっと跳ねた。


「それはこっちのセリフなんですけど⁉」


 抗議の声を抑えられなかった。


 本当にびっくりした。左胸の奥がバクバク言っている。ただでさえ初対面で緊張しているのに、いきなり大声を上げないでほしい。


 大きな目がぱちぱちする。


「あれ、誰かと思ったら玖城さんじゃん」

「私を知ってるの?」

「そりゃね。いつも射撃訓練でトップ張ってるらしいし、嫌でも耳に入るよ。どしたの?」

「佐上さんが何を見てるのか気になったの」

「何それ? 不思議な人だね」


 それあなたが言うの? 

 

 問い掛けが口を突きかけて自重した。危ない危ない。喧嘩腰な言葉が飛び出すところだった。


 初印象が大事。初印象が大事。

……よし。


「それで、何を見ていたの?」

「雲」

「好きなの?」

「美味しそうじゃん」

「ん~~?」


 よく分からない。食べ物に見えるってことだろうか。そんな食べ物あったっけ?


「んで、アタシに何か用?」

「特にないよ。さっきも言った通り、佐上さんが何を見ているのか気になっただけ」

「ほんと? そんなことでアタシに話しかけるって、もしかして友達と喧嘩した?」

「してない」


 佐上さんが陽気に口角を上げた。


「またまたーそういう強がりはいいって。まあいいや、せっかくだしちょっと付き合ってよ」

「時間に余裕はあるからいいけど、何をするの?」

「爆竹鳴らすの」


 佐上さんが地面に視線を落とす。よくよく見ると、地面には赤い筒状の物体が転がっている。実物を目の当たりにしたことはないけど、爆竹と言うからには爆竹なんだろう。


「怒られるよ?」

「許可は取ってるって。ささ、並べて並べて」


 赤い筒を手渡される。許可を取ったってことだし、まあいいか。


 私は腰を落とし、筒を佐上さんの指示通りに並べる。土の上に赤いじゅうたんができ上がった。


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