第29話 被弾
ジンくんが図書室から戻ってきた。
部屋に戻るなり、この前の遊園地に行こうと言い出した。何か裏があると思ってツムギちゃんを説得し、また三人でお出掛けをした。
ゴンドラに乗り込むなり、ジンくんは表情を引き締めて例の話を切り出した。
私達は機械のために戦っていたこと。
人類軍の工作員が潜入していたこと。
脱柵を手伝ってもらう代わりに囮を引き受けたこと。
伝えられた内容のどれもが衝撃で、内容を把握するまでには時間を要した。
衝撃と言えば、ツムギちゃんが脱柵することに反対しなかったことも驚いた。
考えてみれば、それほど意外ではなかったのかもしれない。思い返すと、ツムギちゃんはいつも授業の内容ばかり話していた気がする。同年代と触れ合う場に通っているのに、お友達と遊んだ話を聞いた記憶がない。
ギフテッドは良くも悪くも一般人とは違う。話のレベルが周りと合わなかったり、周りとの雑談に興味を持てずに孤立するケースが多く見られるという。
きっとツムギちゃんもクラスで浮いていたんだ。学校に執着がないのは脱柵に好都合だけど、これを喜んだら親として大切な何かを失う気がする。気付けなかった自分の不甲斐なさを噛みしめた。
人類領に逃げ延びることができたら、ツムギちゃんには笑って学校に行ってほしい。必要な情報を集めて、それが現実となるようにサポートしてあげたい。
そのチャンスを得られるかどうかは分からない。
私達は囮だ。遠からず多くの銃口が向けられる。
追っ手として駆り出されるのは同僚かもしれない。グリモアードさんとの件でぎくしゃくしているけど、交流のあったお友達との縁は切れていない。ジンくんやツムギちゃんに銃口を向けられた時、私は引き金を引けるだろうか。
施設に戻ってからセカンド・マントの特権で非殺傷のゴム弾を取り寄せた。無力化したと思った相手から撃たれるリスクをはらむけど、発砲をためらって怪我をするよりはましだと思いたい。
おそらくジンくんは大丈夫だ。私が転属する前から最強を誇る少年兵。彼が撃ち損ねたところは見たことがないし、決闘でトラブルがあった時も冷静に対処して見せた。同僚に負ける姿なんて想像もできない。
懸念すべきは私とツムギちゃんだ。もしジンくんでもどうしようもなくて、どちらかしか助からない状況になったら、私はどうするべきだろう。
考えておこう。
決行は明日。頼んでも相手は待ってくれないんだから。
◇
「二人とも、準備はいいか?」
ミカナとツムギが首を縦に振る。
日が変わって午前三時前。ツムギは長袖長ズボン、俺とミカナは戦闘服を着込んだ。各自リュックを背負い、いつでも廊下の床を踏める構えだ。
俺は意識を部屋の外に戻す。
ドアを一枚隔てた先には、いつも通りの静寂がある。朝早いだけあって人気もない。今ならまだ日常に戻れるんじゃないか? そんな考えが何度も頭をもたげる。
俺は下くちびるを噛み、自身の甘えた考えを戒める。
先日機密文書に目を通した。閲覧履歴は消せない。今日は確実に追っ手が掛かる。赤眼鏡の少女もそう言っていたじゃないか。
もう後戻りはできない。俺はバクバクした心音を聞きながら合図を待つ。
遠くで大きな破裂音が聞こえた。地の底から響くような振動が伝播し、建物が怯えたように微かに揺れる。
時刻はちょうど三時。合図の爆破だ。
「行くぞ」
玄関のドアを開けて疾走する。先導して前方の安全確認を行い、ミカナがツムギの手を繋いで後から続く。
廊下に人の気配はない。
ただでさえ朝早い。朝帰りの人員や、たまたま起きている者以外には反応できない時間帯だ。
けたたましい警報を無視して外に出る。
「止まれ! そこの三人!」
連絡が行き届いていたらしい。同僚が銃器を向けようとする。
俺はハンドガンのトリガーを引き絞る。
「ぐあっ⁉」
黒いハンドガンがコンクリートの地面を鳴らす。同僚が肩を押さえてうずくまった。
戦闘服に風穴は空いていない。骨にヒビは入ったかもしれないが、元同僚の命に別状はない。ミカナが特権で取り寄せたゴム弾だ。
「あの人、しんじゃうの?」
あどけない顔が心配そうに見上げる。
俺は微笑で応じる。
「弾はゴムだ。死にはしないよ」
ただしめちゃくちゃ痛いけど。俺は発し掛けて口をつぐむ。世の中には知らない方がいいこともある。小さな子供ならなおさらだ。
朝帰りの部隊があったのか、新たな同僚が視界に飛び込む。人数は多くないが、このまま増えるといずれ対処が追いつかなくなる勢いだ。
「ミカナ、後ろの連中は無視だ。このまま突っ切るぞ!」
「了解!」
「ツムギ、耳をふさいで走り続けろ! フラグアウト!」
俺は後方にスタングレネードを放って両耳を塞ぐ。
世界の明度が急激に上がった。光の圧力に背を叩かれる。
耳から手を離すと、うめき声に混じって破裂音が連続した。
「ぐあっ⁉」
元同僚の肩で紅い花が咲いた。破裂音が連続し、コンクリートの地面を抉って他の人影を騒がせる。
「正気⁉ 視界が奪われた時は発砲するなって習わなかったの⁉」
「構うな! どうせ聞こえてない!」
展開していた元同僚がたまらずといった様子で避難する。
脱出は一刻を争う。俺達に障害物でやり過ごす時間はない。飛来するのは、ろくに狙いをつけられていない弾。車内に転がり込めるかどうかは運任せだ。
正門をくぐる。
視界の隅に、迷彩処理された車が停まっていた。
「あった! ミカナ、こっちだ!」
俺は車両に駆け寄り、運転席を隔てるドアの取っ手を握る。指紋認証を突破し、開いたドアの隙間に滑り込む。何らかのセッティングがなされていたらしい。眼前に半透明な長方形が浮かび上がる。
ボタンを押して後部座席のドアをスライドさせる。ホログラムパネルに手をかざすと青緑の光が瞬いた。新たに現出したパネルに『準備できたらアクセル踏め』の文字が並ぶ。
「んぐっ⁉」
くぐもった声を聞いてバッと振り向く。
ミカナがドアの前で転倒していた。
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