第22話 ひと時の団欒
決闘の件は隊舎中に広まった。俺がレオスをボコボコにしたこと、衆目が注目するモニター内で土下座させたことも伝播した。
血まみれの手で何度も殴り付けたことが、よほど観客の印象に残ったらしい。うわさが独り歩きして決闘の内容も改変された。
度重なる殴打で、レオスの顔面は冷えた溶岩のように成り果てた。
アヒャヒャヒャと笑いながら拳を振り下ろしていた。
手から滴り落ちる自分の血を、まるで飴玉を味わうように舐め回していた。
いずれもバイオレンスの極みだ。俺には全く身に覚えがない。玖城さんに聞かされた時は、目をぱちくりさせるツムギをよそに苦笑いを浮かべたものだ。
ともあれ一定の効果はあった。俺達を嘲笑した同僚も、決闘の日以降は口出しをしてこない。むしろすれ違うと会釈をされるようになった。心のしこりも解消され、俺達は晴れて恋人になった。
迎えた土曜日。訓練が早めに切り上がる日だ。
ツムギは一日中部屋にいる。俺はちょうどいい機会と思って外出を提案した。玖城さんとツムギは口角を上げて頷いた。
近くに大きな遊び場はない。訓練後となれば遠出もできない。もろもろ踏まえた上で行き先を決め、身支度を整えて施設を後にした。二人と言葉を交わしながら地面に靴跡を刻んだ。
遊び場に選んだのは小さい遊園地だ。天然の緑と人工物。相いれない二つの属性が奇妙なほど融和している。背景となる空にはオレンジが混じり、
「どれに乗る? といっても、あんまり種類はないんだけど」
ぱっと目につくのは、大きなコーヒーカップと観覧車の二つ。見られる人影は家族連れのペアが二組。従来ならあり得ない過疎っぷりだ。とっくに取り壊されていてもおかしくない。
敷地が小さいところを見るに、元から大人数を迎え入れる予定はないのだろう。どうやって維持費をまかなっているのか興味が尽きない。
「ツムギあれに乗りたい!」
小さな指が上方を指し示した。
「観覧車か。玖城さんは高所大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ三人で乗ろうか」
「うんっ!」
ツムギがスキップして地面を踏み鳴らす。施設では危なっかしくて手を離せないが、過疎を極めたこの場ならぶつかる心配はない。
俺は玖城さんと肩を並べて小さな背中に続く。係員を担うアンドロイドの指示を受けて、三人でゴンドラの床に靴裏を付ける。
一枚のドアでゴンドラ内部と外が隔てられる。ちょっとした揺れに遅れてすーっと視点が上がる。遊園地の内装を越えて、窓の向こう側に壮観が広がる。
「わぁっ、お家が見下ろせるよ!」
ツムギがゴンドラの窓に貼り付く。小さな手の平を押し当てて、普段見られない光景に目を輝かせる。
同じ色の屋根がぶわっと広がる景観は、傘を伸ばしたキノコの群生地を思わせる。上から建物を眺める機会はめったにない。俺にとっても新鮮味あふれる景観だ。
「ツムギちゃん、何か面白いものは見える?」
「見える! お日さまきれい!」
「そうだね。心が洗われるみたい」
俺は見知った建物を見つけて、ツムギの隣で人差し指を伸ばす。
「ツムギ、あの大きな建物が見えるだろう? あの中に俺達の部屋があるんだ」
「こうして見ると小さいね。ツムギの手の方が大きい」
「そうだなぁ」
背後でふふっと笑い声が上がる。振り向くと、玖城さんが可笑しそうに身を震わせていた。
「可笑しかったか?」
「ううん、解代くんも楽しそうだなぁって思っただけ」
「そ、そうか?」
「うん。子供みたいだったよ」
玖城さんが微笑む。目は
俺が最後に遊びと言える行為をしたのは、兄のユウヤが生きていた頃までさかのぼる。自覚がなかっただけで、俺も
「あの壁の向こうには、どんな景色が広がっているんだろうね」
玖城さんの呟きを聞いて、俺は視線をゴンドラの外に戻す。
視線の先にあるオレンジ色の空。俺と玖城さんは、それが偽物の夕焼けだと知っている。視界が捉えているのは、区画を覆うドームに投影された映像だ。
俺達はプランテーションと呼ばれる区画で生きている。主に少年兵を育成する軍用区画だ。訓練時には大小問わず弾が飛び交う。危険なため一般人が住まう区画とは隔絶されている。
プランテーションから外に出る際にも、兵器の運搬と同様に厳しい検査が課せられる。俺も任地に向かう時を除いて区画外に出たことはない。その時ですら窓のない軍用車両に乗せられた。俺の記憶では、外に出た前例は作戦時をおいて存在しない。
その理由には心当たりがある。おそらくは世間への評判を気にしての処置だ。
古来より、大人は子供を守る存在とされてきた。先に生きて知識や技術を得た者が、後に生まれ出る未熟な者を守り育てる。理屈の上では合理的だが、実現するには大人の数が足りない。プランテーションは苦肉の策として設置されたという。
車両に窓があると、外からも車内の様子が見える。一般市民に、戦場へ向かう少年兵の姿を見せることになる。
小さな子供に守られる自分達。俺や玖城さんがツムギと同年代の子供に守られるようなものだ。認識させられる側はたまったものじゃない。施設の設立が決まった当時は、相当な量のクレームが飛び交ったことだろう。
「いつか見る機会もあるさ。その時は、また三人で見に行こう……ミカナ」
「うん……え? あ」
そっと重ねた手の下で、すべすべの指が微かに硬直する。俺は口元を引き締めて沈黙に耐える。
視界の隅で笑顔が弾けた。
「うん。その時はまとまったお金も用意しなきゃね。ジンくん」
受け入れられた。
俺は口元を緩めて偽りの夕焼けを仰ぐ。
今までプランテーションの外に思いを馳せたことはなかった。自分はここで一生を終えるのだと、
今は違う。ミカナやツムギと肩を並べて外を歩きたい。手を繋いで街を歩く未来を夢描いて、期待に胸を膨らませた。
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