映画愛好家の読書メモ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

ハサミ男 (講談社文庫)  殊能 将之

 三連休の最終日を費やすのに適した良書。


 オレは三連休の最後にガッツリミステリに浸りたいと思った。

 映画『護られなかった者たちへ』

 を見て、本書を読む。


『ハサミ男』 あらすじ

 知的な女性ばかりを襲う連続殺人犯、「ハサミ男」が世間を賑わせている。 

 だが、当の本人はフリーターで自殺志願者の多重人格者だった。


 そんなハサミ男は今日も、お目当ての少女を物色して犯行に及ぼうとしていた。

 しかし、ターゲットのJKが「自分とまったく同じ手口で殺害」されていた。

 動転したハサミ男は死体の発見者を装ったが、現場に凶器のハサミを落としてしまう。

 

 一方警察は、犯罪心理分析官をボスに、捜査に乗り出す。


 犯人の特徴などは割り出せそうだが、まったくシッポをつかめないでいた。



 殺人犯が、自分の潔白を証明するために真犯人を追う話。


 やられた。

 アイデアもいい。

「殺人犯が、自分の容疑を晴らすために探偵役となって関係者を当たる」

 という、スリリングな展開。


 小説でしか表現できない要素ありというので、引っかかってやろうと思った。

 見事に引っかかった。


 読んでる途中で「犯人」はわかったが、「ハサミ男の正体」までには考えが及ばなかった。

 疑心暗鬼にかられている人ほど、つられてしまう。



『ハサミ男』の魅力とは!?



★テーマ「普通ってなに?」


 今作のテーマは「普通とは?」である。

 

 主人公の一人である刑事は、ベテランからは「お前は人を見る目がねえ」とからかわれる。

 実際に見る目がない。


 主人公がベテラン刑事から、「道を歩いている一般人で変わったやつを探せ」と言われるシーンがある。

 しかし、いくら主人公が怪しんでも、そいつらは特に怪しくはなかった。

 逆に、ベテランが怪しいと睨んだ青年の後をつけると、実は下着ドロだった。

 しかし主人公は、「あの青年は解放された後も、周りからは普通の人間と思われるはずだ」と思案する。


 被害者の葬儀に向かった主人公刑事は、僧侶のビジネスライクな態度を「生臭い」と認識する。

 が、ベテランは「あれこそプロである」と称賛する。

 また、参列者を、マスコミが撮影していた。


 主人公の刑事は不快感をあらわにする。 

 が、ベテラン刑事は、カメラマンの手首にかかった数珠を発見する。

「あのカメラマンも、今回の事件に憤りを覚えているんだ」

 と、主人公を諭す。


 とかく本作は、先入観に囚われている人間を揶揄するような描き方をしている。


 ミステリ読みの主人公刑事は、ベテラン刑事どころか上司にさえバカにされている。

「あんなのにリアリティはない」と。


 たしかに、スタイリッシュなシリアルキラーなんて、まず存在しない。


 たいてい捕まえてみたら、『冷たい熱帯魚』のでんでん氏が演じていたペットショップ店長みたいなのだったりする。

 


 事件の背景を知らない評論家たちは、ワイドショーで適当なことを言う。

 実際のシリアルキリング犯行は、犯罪分析官の言う通り「動機などなかった」りする。

「プロファイルという言葉でさえ、多民族国家だからこそ成立する統計学にすぎない」

 と言い放つ。

 相手の深層心理まで理解した上で捜査しているわけではない。


 人々は

「事実で説明できない事件など、あってはならない」

 と思い、動機なき凶行など理解できない。


 だから、

「お手頃な動機を見つけ出して、納得したいだけ」

 だと。

 


★個人的裏テーマ「おっさんデカの大冒険と、昭和警察の終焉」


 連続殺人鬼が、見に覚えのないコピーキャット犯罪の真相を探る。


 本作のログラインを見ると、とてもスタイリッシュな話と思うだろう。


 実際にスタイリッシュでクールな一面もある。


 だが、本作の本当の魅力は、ベテラン刑事たちの活躍だ。

 

 彼らは主人公の視点からだと口やかましくて頼りなく見える。

 しかし、彼らこそ本作の地盤を固めている存在だと、あとになって思い知るのだ。


 詳しくは語れない。


 だが、話が進んでいくにつれて

「昭和の刑事ドラマ的な警察って、こうやって消えていくんやろなあ」

 という哀愁さえ漂ってくるのだ。

 

 それだけ、感慨深い作品である。

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