ジェイ・ブルー

ましさかはぶ子

1  炸醤麺





一人の女が俺を見ていた。


いや、正確に言えば俺の食っている炸醤麺ジャージャーメンを凝視している。

ここは2068年の地球、宇宙港の近くの小さな中華屋台だ。


俺はベルツ・ゴッドウィン、「探し屋」だ。

年は28才、自分では結構イケてると思っている。

だから女に見つめられた事だって何度もあるが、今日はちょっと違う。


確かにこの炸醤麺はとろりとした肉味噌がかかって美味そうだが、

それを彼女は穴が開きそうなほど見ているのだ。


女は年の頃は17、8か。少女と言うには大人びて女と言うには幼すぎる。

少しやつれた感じはあったが着ているものも普通で、

顔立ちもかわいらしくきれいな金髪だ。


そんな女がなぜよだれも垂らさんばかりに炸醤麺を見ているのだろう。

普段ならかわいらしい子に見つめられて悪い気はしない。


だが今は俺でなく食い物を見ている。

飢えた迷い猫にじっと見られているようだ。


気まずくなった俺は後ろを向こうか声を掛けるか迷った。

だがその時、女はくたくたと炸醤麺を見ながら座り込んでしまった。


彼女は気絶していた。




「一体、何を連れ込んだのよ。ベルツ!」


相棒のキューサクがソファーに寝ているあの女を見て言った。


ここは俺とキューサクの宇宙船兼仕事場「ジェイ・ブルー」だ。

性格の悪い鳥の名を持つこの船ははっきり言って古くて汚いが、

何年も一緒に宇宙を航海している仲間のようなものだ。


「俺の目の前で倒れたんだよ。」

「それなら警察にでも渡せば良かったのに。」


キューサクは寝ている女の胸元の

ちょっと値打ち物に見える小さなペンダントを指でつまんだ。

超小型立体ホログラム装置の付いたもののようだ。


「こんなこじゃれたもの付けて、

彼氏の写真でも入ってるのかしらねぇ。」


ちなみにキューサクは小太りの小男だ。

そしておかまでもない。故郷の木星のイオには奥さんだっている。

なぜ女言葉なのかは知らない。


「ん、まあ成り行きと言うか……。」


確かにキューサクの言う通りだ。

そうすれば余計な面倒にも巻き込まれないかもしれない。


「多分腹が減ってるだけだろうから、食い物の匂いがすれば目を覚ますよ。

キューサク、なんか作ってくれよ。料理はお前のほうが上手い。」


キューサクはあきれたように向こうに行ってしまった。

料理を作ってくれるのだろう。いい奴だ。


やがて何品か作って奴はやって来た。

テーブルの上に置かれた途端、

ソファーで寝ている女の腹が盛大にぎゅうと鳴った。


「ほら当たりだ。」


俺とキューサクはまるでコントを見ているような気分になった。

やがてぱちりと女は目を覚まし起きた。


「……あ。」


何が起こったのかさっぱり分からない様子だった。

何しろ目の前にはご馳走と、見た事もない二人のむさい男がいるのだ。


「あの……。」

「あんた、俺の食っている炸醤麺を見てひっくり返っただろう?

おかげで俺は食った気がしなかったぞ。」

「ご、ごめんなさい。でも3日も食べてなくて……。」


彼女はしょぼんと下を向いてしまった。

俺はその様子がおかしくて仕方なかった。

キューサクも後ろを向いている。


「あの……、食べていいですか?」


俺とキューサクはたまらず吹き出した。


「ああ、いいよ。よっぽど腹が減ってたんだな。

俺はベルツ 。そしてそっちのおじさんは料理を作ってくれたキューサクだ。」

「私はアイリス、アイリス・ワーズ。火星から来ました。」


火星、それは俺の故郷だった。






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