今日も後輩は俺に聞いてくる

アジのフライ

第1話

「……うわ」


 放課後の部室。

 扉を開けたその女の子は、俺を見つけるとそれはそれは嫌そうに顔を歪めた。


「……そんなに嫌そうな顔する? ひどくない?」

「いえ。今日はそういう設定でいこうかと」

「なにが?」


 彼女はにこりとはにかむと、出会った頃よりも少し伸びた黒髪を揺らしながら席に着く。

 窓から差し込む日差しを避けるように椅子をぎこぎこ動かすと、鞄からブックカバーをした文庫本を取り出した。


「それで、どういうつもりですか? こんな人気のないところに呼び出して。いやらしいです」

「呼び出してないんだが」

「……もう。困りますよ先輩。そういう設定なんですから」


 じとりとした視線が向けられる。

 

「聞いてないぞ。まずはその設定とやらを聞かせてもらおうか」

「はあ。皆まで言わないと分からないなんて、自分で考えることは出来ないんですかこの先輩は」

「そもそも皆どころか俺はまだ何も」

「先輩のいくじなし」


 まったくひどい言われようである。

 本来であれば無視して帰宅してしまっても良いのだが、優しい俺はこの後輩に付き合ってやることにする。


「……話したいことが、あったんだよ」

「へえ。私はないですけど」

「お前まじでふざけんなよ……」


 くすくすと楽しそうに笑う後輩。

 文庫本で隠された表情は見えないけれど、その小さな肩が小刻みに揺れていた。


「先輩はこういうタイプの後輩が好みかと」

「いつもそんな感じだけどな」

「え? 私がタイプってことですか? そんな、急に困ります」

「帰ろうかな」

「そう言って、帰ったことないくせに」


 文庫本の向こうから向けられる、にまにまとしたからかうような視線。俺が睨み返すと、その後輩は満足そうに視線を本に戻す。


 夏休み明けの九月。

 まだまだ暑さの収まることのない放課後。

 開け放たれた窓からはぬるい風が吹き込む。

 この部室には、いつものように俺と彼女しかいない。


 ぺらりとページを繰る音が部屋に響く。

 何をするでもない。彼女と俺は時々、ただこうして放課後ここに来て、本を読んで、帰る。ただそれだけだ。


 ……ああ、いや。正しくは。


「先輩」


 その声に顔を上げる。ぱたりと文庫本を閉じた後輩が、うむむと難しそうな顔をしてこちらを見つめていた。


「私、この間学校から帰りながら思ったんですけど」

「またかよ」

「いいじゃないですか。減るもんじゃないですし」


 俺も本を閉じる。

 後輩は嬉しそうに椅子をこちらに向けた。


「今の時期の帰り道。……そうですね、夕暮れ時って言うんでしょうか。なんだかすごく、どうしようもなく、寂しくなったりしませんか?」


 ――始まった。

 彼女は、目の前に座る後輩は。

 いつだってこんな風に俺に質問をするのだ。


「先輩は、なんでだと思いますか?」


 あざとい笑顔で首を傾げた後輩。

 さて今日は、何時に帰れるだろうか。

 

 

 

 

 

 

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