優しい嘘

敷島もも

第1話 

ここパレグランドマンション17階の窓から見える夜の景色はまるで輝きを放つ、宝石のようなネオンが広がっていた。                  

部屋の内装も高級なスウィートホテル並みで、そこに並ぶ家具達もどれをとっても高級感あふれるものばかりだ。この、申し分ないへや

に置かれる広々としたベッドの中の逞しい男の腕の中で、快楽の酔いしれているのは月山楊一17歳の少年だった。楊一は、県内トップ

の名を誇る白百合男子高校の生徒だ。そして、その高校の模試の成績は、いつもだんとつ一位を彼の名が飾っていた。そして、彼を抱く

逞しい胸板の持ち主は29歳にして桜木会病院の次期院長の座についている桜木寛己だ。彼は東大の理三を首席で卒業後4のち、桜木会

病院を継ぐことを約束された境遇の中で優秀な外科医を勤めている男だった。185cmという長身に、緩やかに流れるような宇ウェー

ヴがかかた黒髪の下にある、精悍さを感じさせ、かつ秀容姿も麗さを放つ顔。その容姿もどこをとっても素晴らしいものだ。楊一が彼と

出会った場所はバー・アマンドだった。その高校生ながらも酒を少々嗜む楊一が気まぐれによる場所だった。カウンターの隣に座ってき

た寛己と意気投合し今のような関係に至るまでに、時間はかからなかった。そして今日も楊一は彼の腕の中にいた激しく突き上げてくる

彼の欲望に、彼の腕の中で喘ぎながら楊一は、彼の背中に爪を食い込ませてくる・・・

それでも構わず寛己は楊一を攻め続けた。その衝撃を受け止める度に楊一の頭の中は真っ白になってゆく・・・

ヒクつく肉壁が、寛己をきつく締めつけてくる。寛己は激しく欲望を、楊一に打ち込み、二人は同時に果てた。



                          

                          *



疲れ果てた楊一は、ベッドの中でうつ伏せになって横たわっていた。

その隣に座る寛己が、メンソールの煙草の先に火をつけ、ゆっくりと煙を吐いた。

「そうだ、俺は結婚することになった」

「え?」

寛己の口から零れた言葉を耳にし、楊一は、身を起こし寛己の横顔を眺めた。

「どうした?まさか焼いてるのか?」

「いえ」

楊一は出そうになった表情を胸に押し沈め、冷静な口調で、寛己の言葉を否定した・・・

すると寛己が言った。

「そうだろうな、君がそんなガキじゃないことは俺がよく知っている」

楊一は、言葉を失った・・・

「本当に弟と同級生とはまるで思えない」

寛己の言葉を耳にし、楊一はこう問いかけた。

「弟がいるんですか?」

「言わなかったか?君と同学年で白百合男子高校に在籍している。憂っていう名前だ。桜木憂」

桜木憂。楊一は、心の中でそう反芻した。

「寛己さんに似てる?」

「いや、母親似でね背はあるんだが細っこくて可愛いやつだ」

そう言って、寛己は煙草を灰皿に押し付けた。

そうか・・・

と、楊一は心の中でポツリと呟いた。

「結婚してからもこの関係を続けよう」

寛己がそう言った。



                       *



                          

自宅の自室のベッドに仰向けに横たわり楊一は、寛己の言葉を想い返した

『結婚することになった』

『これからもこの関係を続けよう』

なんだか空しくなって理由もなく一粒涙が零れた。

バカみてぇ・・・

楊一は、心の中でそう呟いた。そしてこう思った。寛己から大切なものを、一つ奪ってやりたいと・・・

その時、頭の中にこの名前が浮かんだ・・・

(桜木憂・・・)



                       *



翌日の昼休み ―


楊一は、昨晩名簿で調べた、憂の在籍する3年2組の前に立っていた。

そして、戸のそばの生徒を捕まえてこう尋ねた。

「君・・・」

「え・・・?」

「桜木憂ってどの子?」

すると

「ああ、一番前の席の色の白い、眼鏡かけた・・・」 

楊一は、生徒が指をさした方に、視線を向けた。

そこには、柔らかそうな黒髪で、色の白い繊細さを物語るような、細いシルバーフレームの眼鏡をかけた少年が・・・

面長美形で、寛己とは似ても似つかないイメージの少年が、静かに本を読んでいる姿があった。

その印象は、綺麗とか美しいとかいう表現とは別に・・・

そう・・・

儚いという形容詞がふさわしい印象だった。

そう・・・

ゲームはこれから始まるのだから・・・

 


                       *



5時間目は数学だった。教師に指名され、楊一は立ち上がり黒板の前に向かった。

高度な証明問題を解き明かすチョークの音が、小気味よくひびく・・・

誰もの羨望の眼差しの中に、楊一は今こうしている。

でも、こんな扱いを受けるのは学校という四角い建物の中だけだ。

外に出てしまえば所詮、既婚者になる男の浮気あいてにすぎないのだ・・・

そう・・・

桜木寛己という男の。

自虐的な感情になるのを抑え、楊一は席に着いた。

窓の外は雨が降り出していた。

降り出した雨が、楊一の中にこみあげる気持ちを、一層強めた。

そんな気持ちを押し沈め、楊一は授業に専念した。



                       *




学校が終わった後、楊一は、雨の街を傘をさして当てもなく歩きステーションビルに辿り着いた。

エレベーターに乗り、4Fで降り、本売り場へ向かった。

そして・・・

楊一は、ある一点に視線を注いだ。そこには、昼休みに見た桜木憂の姿があった。近づくチャンスだと思った。

楊一は、そちらに足を進めた・・・

文京医大の赤本を取ろうとする憂の手にわざと楊一は己の手を触れさせた・・・

「あっ・・・」

憂が振り返った・・・

至近距離で見ると、昼休みに見た姿より、一層美しく楊一の目に映った。

「月山君・・・」

憂がそう声を漏らした。

「ぼくをしってるの?」

楊一の問いに憂は、こう答えた。

「うん、学年一位の優等生で、とても目立っているから」

「へぇー。君の名前は?」

楊一はあえて、憂に名前を問いかけた。

「桜木憂」

「その赤本ゆずるよ」

「え?」

そう呟いて、憂は顔を綺麗な桜色に染めた。

「その代わりと言っちゃなんだけど、今日僕の部屋で一緒に勉強しない?」

「え・・・?」

急な誘いを受け、憂はきょとんと首を傾げた。

「話し相手が欲しいんだ」

楊一が言った。半分嘘で、半分本当だった。

たった一人の家族である母が、いつになったらパトロンのところから帰るかわからない、広い部屋に一人帰るのは、寛己から結婚ばなし

を聞かされてから一層もの悲しさが増すような気がしていた。

「僕でよかったら」

そう言って憂が笑った。




                           *



楊一は、憂と並んで雨の中繁華街を歩いた。

ふんわり微かに桜の花の香りがした・・・

「香水つけてるの?」

楊一が聞くと、

「ううん、何で?」

「いや」

微かに香る不思議な香りが、楊一の寛己に対する復讐に似た歪な形をした心を、覆い隠してしまいそうで、楊一は少しあっせって、少し

早足で、憂の隣に並んで歩いた・・・

そう・・・

ゲームのオープニングは華やかに・・・



月山邸 ― 



楊一の部屋で、楊一と憂は勉強の一区切りがついて、休憩することにした。                                                                           

憂が口を開いた。

「意外だな、月山君が私立の文京医大の赤本買おうとするなんて、僕はてっきり東大の理三一本かと思って」

その時、憂の桜の花びらのような唇にそっと、楊一の指先が触れた・・・

憂がゆっくり首を傾げた。

楊一の、心の声が自分に向かって、囁いた。

(ほら、食いつけ)

でもそのまま、動けずにいた・・・

再び心の声が叫んだ

(何をしている、こいつの兄貴は自分のプライドを鮮やかにへし折ってくれたじゃないか!)

その時・・・

憂に桜の花が綻ぶように微笑まれてしまって・・・

「ごめん」

そう言っていつの間にか、その唇から指を離していた・・・



                  

                          *




PM 8時45分


ー高級レストランーローズー


楊一は寛己に指定された、高級レストランローズまで、足を運んだ。オレンジのライトが零れる白い店内に入ると、そこは、チェンバロ

の曲が流れ、奥の席に桜木寛己が座っていた。

そして、楊一は向かい側に座った。

「遅かったな」

「すみません」

メニューのオーダーは、寛己があらかじめオーダーを頼んでおいてあった。

料理が来るまでの沈黙の間、寛己はテーブルの上へ、鍵を置いた。

「え?」

「今の俺の部屋のカギだ」

「・・・」

「結婚しても、あの部屋はあのまんまだ。あそこで会おう今までどうり」

楊一は思った。今日から自分はこの男の妾になるのかと、男の収入しかあてにしていない、世の愛人の女たちと同じように、あの部屋で

待てと・・・

楊一は、哀しげに笑った




                          *




AM12時

アロマランプだけで、明るさを保っている、桜木寛己の部屋の中のベッドの上で、白い楊一の体が揺らめいた。

寛己の上に,跨るという7恰好で、楊一は寛己の欲望を締め付けていた。

「今日は凄いな、どうしたんだ?」

(何故だか教えてあげましょうか?)

楊一が、心の中でそう囁いた。

寛己は嶽狂った欲望で楊一を激しく突き上げた。

楊一は瞳を閉じた、興じる闇の向こうに狂い咲く桜を見た。

アロマランプの炎が、静かに揺らめいていた・・・




                          *




翌日ー

                                       

登校中、通学路を歩いていると、憂に楊一は声をかけた。

「おはよう月山君」

振り返るとどこか懐かしさを感じさせる桜の香りが、ふんわりと漂ってきた。

ゲームのターゲットを目の前にし自分の中にある寛己に対する恨みか嫉妬かさえ分からぬ思いが、溶かされてしまいそうな思いに楊一は

微かに動揺した。

「月山君って呼ばなくても、楊一って呼んでくれ。その方がいい」

すると憂は頬を桜色に染め

「じゃあ楊一」

そう呼んだ。

夕べ、自分を抱いた猛々しい男と、ここにいる美しく可憐な少年が兄弟とは、とても思えなかった。その違いはまるで、何者かが、自分

の心を試しているかのように楊一は思った。

そして・・

(試す?なにを?)

自分に心の中でそう問いかけた。

そして憂と並んで楊一は学校へ向かった。




                         *




1時間目は、数学だった。

入試の追い込み授業で、楊一のノートの上をシャーペンの先が幾度も走った。

そして、

(あっ)

シャーペンお芯が、ペッキっと折れた・・・

シャーペンの芯の先を見つめていると、楊一の頭の中に、憂の桜の香りが蘇った・・・




                         *



 放課後ー

楊一の教室の前で、桜木憂が待っていた・・・

そしてー

「楊一」

そう呼んで憂がほほ笑んだ。

楊一が入口まで来るとクラスメイトの一人が楊一に、軽口をたたいた。

「楊一に食われるなよ憂君」

「何言ってるんだ」

そう言って楊一は笑った。そして、言い当てられたような動揺を胸に抱え憂のかおをみつめた。

そこには、みじんも疑いのない憂の、自分は遠の昔になくした純粋すぎる笑顔があった。

楊一は後ろめたさと、自虐的な気持ちが胸の中で入り混じり、曖昧に笑った。

そして、

(哀しいわけじゃない)

と、言い訳のように心の中で呟いた。




                        *




外は雨が降っていた・・・

冷たい雨でぬれる車道を車が忙しげに行き交っていた。

憂と楊一はアーケードの下を歩いた。

そして二人はモンブランという洋菓子店に立ち寄った。

店内には、ショパンの雨だれが流れていた。

楊一は窓の外の景色とこの曲との調和を感じ、その風情と趣に浸っていた。

白いテーブルに肘をついて・・・

憂がウエーターに、スペシャルモンブランを二つ頼んだ。

すると、ウエーターがこう言った。

「今日は開店記念日なので。生クリームココアもお付けします」

「じゃあお願いします」

「かしこまりました」

そう言ってウエーターはその場を立ち去った

楊一がこう言った。

「きょう開店記念日だって?」

「うん、知らなかったんだけどラッキーだたな。でも最近ラッキーなことも多いけど」

そう言う憂に楊一は首をかしげてこう言った。

「え?」

「憧れの月山君と友達になれたこと」

(憧れ)

そして

(知らなかった)

と、楊一は思った。そして、唐突に憧れと言われ、楊一の心は微かに動揺していた。そして、何だか甘酸っぱい気持ちが心の中に広がっ

てゆくことに、楊一は戸惑いを覚えていた。

ケーキが来て・・・

憂の、白くて繊細な指に持ったフォークを口に運ぶ様子などから、楊一は憂の育ちの良さを感じさせられた。

その様子を見た途端、楊一の心の中に、目的を達成させようという歪な野心が頭をもたげてきた。

「どうしたの?」

憂に問われ、

「いや」

そう返事を返し、意味深な微笑みを浮かべ、楊一は憂の顔を見つめていた。




                            *




PМ、7時42分

楊一は、部屋の電気もつけずにベッドに身を投げ出していた・・・

その時・・・

メールの着信音がした。

楊一は、寝ころんだまま枕元の携帯をとってスクリーンを見た・・・

『今日9時あのマンションで待っている

                   寛己』




                            *




楊一は指定された時刻より、少し早めに、寛己と密会するべく指定されたマンションの玄関の陰に隠れて待っていた。

ーカチャッー

玄関の扉が開き、寛己が中に入ってきた。

扉が閉まる音を確認してから、楊一は、寛己の背後から、腕で首を絞めつけた・・・


・・・!


数秒してから。

「僕ですよ」  

そう言って寛己の体を、自らの腕から解放して、明かりを灯した。

寛己が言った。

「驚くじゃないか」

すると、楊一がこう言った。

「よくある話じゃないですか、愛人に殺されるなんて」

寛己が、こっちを振り返った・・・

息を呑むのが伝わってきそうだ。

「冗談です」

そう言って楊一が微笑んだ。

寛己は、楊一のもとへ近寄り、楊一の髪に触れこう囁いた。

「本望だよ、君の殺されるなら」

「じゃあ、覚悟しといてください」

楊一がそう言うと、寛己は楊一の唇に激しい口づけをした。

そして二人は、ベッドへ倒れた。寛己は楊一のブラウスのボタンを外し、白い胸板を露わにした。そして、寛己の唇は首筋から胸元へと

降りて行った。楊一は、瞳を閉じ心の中でこう囁いた、

(大丈夫、殺したししませんよ。殺してしまっては面白くない。いつかあなた蝶の大切なものをメチャクチャにしてあげますかた)

寛己が楊一の張りつめた欲望へ下りてゆき、そこを愛撫すると楊一は、今日のために寛己が飾って置いた枕元の白い百合の花をにぎり潰

した。寛己はその手を握る占めると、再び楊一の唇に口づけをした・・・そして、もう片方の手は楊一の欲望を放さないでいた。そして

寛己はそこを強く激しく愛撫し続けた。そこは、勢いよく白濁な蜜を放った。寛己はそれを、楊一の双丘の間に潜む花蕾に塗り込んで、

そこを、猛った己の欲望で突き上げた…寛己を受け入れた花蕾は、強く寛己を締め付けてくる。寛己がそれに抗うように腰を動かすこと

によって、うまれる摩擦から楊一の官能が訪れた・・・寛己も同様だった・・・そして寛己は、楊一の中で白濁な蜜を放った・・・





                             

                               *


                                                    



翌日の放課後ー



楊一の自宅マンション付近の公園で、楊一と憂はブランコに乗っていた。

夕べ褥を共にした寛己の弟である憂とこうして冷静でいられることを、誰が褒めることでもなく、自らを褒めるでもなく。ただこの状態

に、楊一は満足していた。そして、憂がこう言った。

「こんど、休みの日、楊一とそこか遠くに行ってみたい」

(ほら、ひっかかってきた・・・)

 と、楊一は思た。自らが張った網にかかる蝶のように。

「どこ行きたい?」

「海見に行きたい」

そう言って、憂はブランコを漕いだ。

「じゃあ今度の日曜日、一緒に海見に行こ」

すると、憂はブランコを止めて小指を差し出してこう言った。

「約束」

「え?ああ」

楊一の、憂の小指に絡めた小指がかすかに震えた。

その時、桜の甘い香りが漂ってきた。

そう、この匂いが自分の野心を阻みぐらつかせえるのだと、楊一は思た。でもその反面、その香りを覚えた瞬間に心に宿るのは、苛立ち

ではなく、不思議な安堵感だった・・・




                   

                           *




日曜・・・


ー海ー


白い砂浜の上を逃げ回る、憂のブルーの麻のブラウスの背中を楊一夢中で追いかけた。

「ハハッ」

おどける憂をつかまえた。

そう、それはまるで手の届かない天使をこの手に捕まえたような錯覚を、楊一に覚えさせた。

憂が楊一の顔をみつめ、二人の間に沈黙と潮騒がながれた・・・

ー ザザザッザッブーン・・・ザザザー

楊一が言った。

「君は、人を愛したことがある?」

憂は首をかしげて楊一の顔を見つめた。

楊一が、こう続けた

「例えば、その人に裏切られたこととか」

そう言った瞬間自分でも意味すら分からない涙が一粒零れた・・・

そして・・・

憂の唇がゆっくり近づいてきて己の唇と重なった。

憂が堕ちた・・・

そして溶けた・・・

そう・・・

まるで、手のひらに落ちたボタ雪のように・・・





                           *




日が暮れ、二人は帰って行った・・・

この日楊一は、憂を自宅まで送った。

「楽しかった」

そう言う憂に

「ああ」

そう言って楊一が笑みを浮かべた。

「じゃあ」

そう言って差し出した憂の手を、楊一はそっと握りしめた・・・

しばらく握ったあと、楊一はその手を放した。

楊一の手のひらに、名残惜しさだけ残して、憂は屋敷の中へ入っていった。





                           *




自室に辿り着いた楊一は、自分の唇にそっと指を触れ、憂の唇の優しい感覚を思い出し、分けも分からないままフローリングの床に膝を

つき、気が付くと号泣していた・・・




                           *




その晩、楊一は不思議な夢を見た・・・

ふんわり桜の香りがして、

夢の中で瞳を開くと。

目の前に何本もの桜の木があって、ハラハラ桜が舞う景色の向こうを見ると、憂の姿があった・・・

「憂!」

そう叫んだ・・・

こちらの声は聞こえないようだ。

楊一は、走って走って・・・

憂のそばまで来て手を伸ばそうとすると、憂の姿は消えてしまった。

「憂!?どこに行ったの?」

憂の笑い声がきこえた。

「どこにも行かないでくれ憂!」

そう叫んで、楊一は泣いた。

そして、

ハっと目が覚めた。

その時ー

ールルル ルルルー

携帯が鳴って、

慌てて出ると、

「楊一?」

憂の声がした。

その時、楊一は思わずこう叫んだ。

「どこにも行くな、憂」

すると憂は、しばらく黙ってからこう言った・・・

「大丈夫だよ、どこにも行かないよ」 

「・・・」

「ずっとそばにいてあげる」

楊一の瞳から涙が零れ、楊一はずっと携帯を握りしめていた・・・




                          *




翌朝ー

楊一が玄関を出ると・・・

「・・・憂・・・」

憂が、待っていた。

そして・・・

「どうしたの?」

楊一がそう尋ねると、

「心配だったから、向かいに来た」

憂がそう言った。

心配?

(ああ・・・)

と楊一は心の中で呟いた。

昨晩の夢のことを憂は、言っているのだと気付いた。

あの自分の憂に対する電話の対応で、憂は、自分が悪い夢を見たのだと察してくれたのだと楊一は思った。

それで、向かいに来てくれたのだと。

楊一は、憂と並んで通学路を歩いた。

そして、まだゲームをクリアするにはほど遠い場所にいることを悟った。

それより、ゲームオーバーを迎えなければならなくなることを楊一は恐れた。そう、そうなる前に、自分からゲームを終わらせたいと・

・・

そして、憂と新たな気持ちで付き合えたならと・・・

そして、

(それでいいのか?)

と、問いかけるもう一人の自分が心の中で囁いた。

「どうしたの楊一?」

不意にそう声を掛けられ

「何でもないよ」

そう言って楊一は、憂に微笑みを見せた。

しばらく歩いて憂がこう言った。

「楊いち?数学、笠井先生だよね?」

「そうだけど?」

「1時間目、ノート貸してくれる?宿題忘れたんだ」

「ああ、2時間目には返してくれよ」

そう言って楊一は微笑んだ。

「ありがとう」

そう言って憂も笑った。





                            *






2時間目、数学が始まって、楊一が憂から返してもらったノートを開くと、

・・・?

ノートにこう記されてあった。

『今度、星桜公園でボートに乗りたい 


                  憂 』



楊一は顔が綻びそうになって教科書で隠した。





                            *




PМ 7時2分

楊一は憂に電話した。


ールルルールルルルーカチャッー


「憂?」

「楊一?」

憂の声を聴いた途端、楊一は心弾む感覚を覚えた。

そして、

「今度の日曜、星桜公園のボートに乗ろ」

そう言った。

「お弁当作ってくね」

「ああ楽しみに待っている」

そう言って携帯を切った。




                            *





そしてー

当日がやって来たー

楊一は、約束の10時30分より、少し早めに星桜公園のベンチで待っていた。

そしてー

遠くに憂の姿を見つけた。

楊一は携帯の電源を切ってカバンの底へしまった。

楊一が手を振ると、憂が駆け足でこちらへ向かって走ってきた。

「おはよ、楊一」

「おはよ、憂」

「お弁当たべよう」

そう言って憂は、弁当箱の入ったバスケットを楊一の座るベンチに置いてその横に座った。

弁当箱を広げると、綺麗な形のおにぎりが姿を現した。

「上手に握ったな」

楊一がそう言うと、

「おかずもいっぱい作ってきたよ」

そう言って他のタッパーの箱も憂の手によって開けられた。

そこには、卵焼きや、唐揚げそして、エビフライやサラダとうまそうな料理がならんでいた。

「全部自分でつくったのか?」

楊一の声に憂が微笑んでうなずいた。

「たいしたもんだな」

楊一にそう褒められると、憂は少し照れたようにこう言った。

「それはそうと、さあ、食べよう」

「ああ」

「とっておきのミルクティーがあるんだ」

「え?」

楊一がそう言うと、憂は水筒のミルクティーを紙コップに注いで、こう言って楊一に手渡した。

「はい、チェリーブロッサム」

(チェリーブロッサム)

楊一は心の中でそう反芻した。

憂の手作りの弁当はどれをとっても最高に美味しかった。

二人は楽しく弁当をたいらげた。





                           *





二人が、公園の池に浮かぶボートにのると、楊一がボートを漕ぎだした。

水鳥のなく声が聞こえる・・・

池の真ん中程まで行くと憂がこう言った。

「夢だったんだ」

「え?」

「好きな人といつか一緒にボートに乗るの、ハハッ乙女チックで変かなぁ?」

「いや」

楊一は微笑んだそして、憂の頬に手を置き、そっと憂の唇に己の唇を重ねた。

その瞬間、二人を祝福するかのように、池を泳いでいた白い水鳥がいっせいに飛び立つ音がきこえた。





                           *




その夜、楊一は自宅に帰宅した。

久しぶりに楽しい一日だったと楊一は思いゆっくりベッドに横になった。

そして、携帯の電源を入れた瞬間、携帯のベルが鳴った。

携帯のスクリーンをみると、寛己からだった・・・

「もしもし?」

『楊一か?』

「はい」

『何をしていた』

「え?」

『電源が切ってあった』

「・・・」

『今からマンションへ来れるか?』

楊一は、壁にかけてある時計を見た。

8時47分を針が差していた。

「いいですよ」

楊一がそう言うと、

『今すぐ来い、待っている』

そう言って電話は切られた。




                            *





PМ 9時12分

寛己のマンションー


楊1は深呼吸してから、玄関のドアノブを引いた。

靴を脱いで中へ入ると、寛己が苛立たしそうな様子で、落ち着きをなくして待っていた。

そして、楊一の姿を見ると、ホッとした様子で楊一の方へ近づいてきてこう言った。

「携帯の電源を切っておくことなど、今までなかったじゃないか」

「嫉妬ですか」

楊一がそう言うと

「まさか」

そう言っ寛己は灰皿にメンソールの煙草を押し付けた。

そして、楊一はふと思った。 

いつか寛己と交わした会話が逆転していると・・・

寛己は楊一をベッドに押し倒し楊一の両腕をネクタイで縛って楊一の唇を奪った。

楊一は思った。

この人は動揺していると・・・

たかだか17歳の自分相手に明らかにとりみだしている。

そして、こう思った。これで充分復讐はしたのではないかと。

そして、閉じた瞳の中でこう思った。

今度、会う時には別れを告げようと。

そして、このゲームはファイナルを迎えるのだと・・・

楊1は寛己の腕の中で、そう決心を固めていた。




   

                            *





翌日ー


3時間目の英語の授業中、楊一は窓の外をながめた。

憂のいる3年2組が、体育の授業でサッカーをしていた。1試合が終わった様子で、憂がタオルで顔を拭う姿を眺めていると、それに気づ

いた憂が、楊一にVサインをして見せた。

楊一も、微かに笑い小さく手を振った・・・





                            *





放課後ー


憂と楊1は、繁華街を歩いていた・・・

二人はデパートパルタへ足を運んだ。

エレベーターで、3Fまで上ってエレベーターを降りると、シルバーアクセサリー売り場で、二人は足を止めた。

楊一と憂は顔を見合わせて笑うと、綺麗にディスプレイしてあるシルバーアクセサリーを、ひとつづつ見てまわった。

そして、楊一が、アルファベットの入ったシルバーネックレスを見つけ、Yのイニシャルの入った、ネックレスを手に取った。憂もそれ

と同じネックレスを手に取った・・・

二人はそれを買うと、売り場の外のベンチに座って、同じ文字の入ったネックレスをお互いの首に付け合った・・・





                            *




この日楊一は、憂を家まで送った。

そして、憂がこう口を開いた。

「来週の日曜日デートしよ?」

「来週の日曜はちょっと」

「え?」

「大切な用事があるんだ」

そう・・・

憂と新たな気持ちで付き合う為の大切な用が・・・

「僕よりも大切?」

そう言って憂は頬を膨らませた。

「いやでも大切な用なんだ」

「じゃあ僕が一番大切って約束して」

そう言って憂が自分の綺麗な顔を近づけてきた。

楊一は、その顔を手のひらでそっとはさんで、桜の花びらのような憂の唇をそっと味わっていった・・・





                          

                            *





そしてー


楊一にとって決心の日曜がやって来た。

この日、楊一は黒のスプリングセーターに、黒の綿パン、そして黒のスプリングコートと言った黒ずくめの姿で、寛己の待つマンション

へ向かった。

そう・・・

これは、儀式だった、

男としてのケジメいや、自分自身の為のケジメを行う儀式なのだ。

今日の空は晴れていた。この決断を後押ししてくれるかのように。

雨でなくて良かった。と、楊一は思った。





                            *





そして寛己のマンションへ辿り着いた。


ー カチャッ ―


カギは開いていた。

部屋の中へ入ると、部屋の奥から寛己が出てきて楊一を、いつもの如く無言で抱きしめた。

そして・・・

楊一は優しくその腕を解いた・・・ 

「どうした?」

そう聞き返す寛己に、楊一は穏やかな口調でこう言った。

「もうあなたには抱かれません。大切な人が出来ました」

寛己は少し黙ってから、何かの冗談だろうと思いこう口にした。

「くだらない冗談なら今度にしてくれ」

そして、もう一度抱きしめようとする寛己の腕を振り払って楊一がこう言った。

「冗談じゃないんです。もうあなたには抱かれません、寛己さん」

寛己は背を向けてこう言った

「何かのあてつけか?何が不満だ、こんなに愛してやってるのに」

(愛してやってるのに?)

楊一はこう言った。

「ちがう」

「何?」

「愛じゃない。今だってそうだ。東大の理三卒だから、桜木会病院の次期院長だから、自分より立場の弱い僕に屈服させられるのが怖い

だけだ」

「黙れ!」

そう言って振り返ると、寛己は楊一の唇を強引に奪った。

そして

ー ガタン ―

       

その音に二人が振り返ると、そこには涙で頬を濡らす憂の姿があった。

「憂・・・」

そう言って楊一が手を伸ばそうとすると。

「嘘つき」

そう叫んで憂が、部屋を飛び出していった。

そして暫し部屋の仲は沈黙が漂った・・・

「大切な人って憂のことだったのか・・・」

その声に振り返ると、寛己が哀れんだように楊一を見下ろしていた・・・

「そんな目で見ないで下さい」

「・・・」

「見ないでくれ!」

そう叫んで、楊一もその部屋をあとにした。




                              *






楊一は自室へ辿り着き、ベッドに身を投げ出し大声で泣いた。

こんなはずじゃなかったと楊一は思った。

これが、ゲームのファイナルなのなら、鮮やかに自分は敗北したのだと楊一は思った。

ゲームの中で生まれた大切な物までも勝ち取ることが出来なかった自分を楊一は哀れに思った、

その後も、声を殺し肩を震わせて泣き続けた。人間ってこんなに涙が出るものなんだと楊一は初めて思った。

そして、2時間ぐらいしてから楊一の家のインターホンが鳴った。楊一が玄関の扉を開けると、そこには憂が立っていた。

憂の姿を見た途端、楊一の瞳から涙が零れ落ちた・・・

「話したいことがあって」

憂がそう言うと楊一が泣き笑いの顔でこう言った。

「誰もいないから中で話そう」

楊一と憂は、楊一の部屋へ入った。


ー カチャッ ―


ドアの閉まる音がすると憂が話し出した。

「兄さんが言ってた。楊一とはもう終わったことだから気にするなって、それに楊一は大切な人が出来たって言ってたって。何でも手に

入ると思っていたが、楊一の心までは奪えなかったって」

楊一は憂の顔を見つめ、憂の頬に手を伸ばした。

「楊一の大切な人って、僕のことでしょ?」

楊一は憂からその言葉を聞いた途端、憂を強く抱きしめた。

「好きだ憂、こんな気持ちは初めてだ。憂のこと、これからももっと好きになってもいいのか?」

「いっぱい傷付いたね楊一、でも大丈夫だよこれからは、僕がずっと楊一を守るから」

こんな愛おしい言葉が他にあるのだろうかと楊一は思った。

「憂・・・」

そう言って楊一は憂の唇を味わっていた。そして二人はをのまま楊一のベッドへ倒れた。


楊一は湯の桜の花びらのような唇を深く味わいながら憂のやわらかな黒髪を慈しむように愛撫した・・・

憂も楊一の髪を白い繊細な指でクシャクシャとかきまわした・・・

楊一は、憂のブラウスのボタンを一つずつ外していって憂の光るように白い素肌を露わにした・・・楊一は己の唇を憂の白い唇から、胸

へと滑らせていった。そして、桜色の乳頭にそっと口づけ、ついばむように吸い上げた・・・

「あっ・・・」

憂が愛おしい声を漏らすと楊一は丹念にそこを舌と唇で愛撫し、片方の乳頭を指先で優しく愛撫した憂は楊一の開襟シャツのボタンを、

一つづつ外し楊一の衣類を優しく脱がした。ベッドの上で、二人は雪のように白い体を優しく激しく重ね合わせていった。楊一は憂の欲

望に確かめるように触れた。そこは、予想どうり張りつめていた。楊一が、憂の欲望を上下に愛撫すると憂は苦し気に顔を桜色に、染め

た。楊一はたまらなくなって、シーツの中へもぐり込み、憂の欲望を口に含んだ、溢れる透明の蜜を楊一は夢中で舐めとった。楊一は、

憂の欲望の先端のふくらみを優しく吸った。すると、そこは白濁の蜜を噴出した。楊一は、それを全部飲み尽くし、双丘の間の花蕾に触

れた。そこは、快楽の蜜で溢れていた。楊一は、いきり立った己の欲望でそこを突き上げた。そこは、楊一の欲望を受け入れ、憂は甘く

顔を歪めた。憂のそこは、まるで楊一を欲しがるように楊一に吸い付いてくる、楊一は激しく何度もそこを突き上げ、二人は同時に果て

た。




                                 

                              *




二人は一緒にバスルームで互いの体を清めた後、楊一の手によって取り替えられた清潔なシーツの中で、身を寄せ合っていた。

そして、憂がこう言った。

「また、星桜公園でボート乗りたい」

楊一は、憂の唇にそっと口づけた。






                                                     END

                             


                                                                             

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優しい嘘 敷島もも @runmori

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