第6話 ズタズタな心



「お嬢様、だいぶ顔色も良くなりましたね。ノーラは安心しました」

「そうね、体調が良くなったのは看病してくれたノーラのお陰よ。ありがとうノーラ」

「お礼なんて言わないで下さい。大事なお嬢様が元気になるのならノーラは寝ないで看病してもへっちゃらです!」


 そう笑顔で胸を張るノーラに、自身の弱さで寝込んでしまった事に対する申し訳なさと、こんなにも慕ってくれる人が側にいてくれる事の嬉しさで、私は心が押し潰されそうになった。


 あの父と話をした日の翌日、私は本当に体調を崩してしまいしばらく動く事が出来なくなってしまった。

 あの日たった数時間で様々な事が起こり、体だけでなく心もかなり疲労したようで結局回復するまでに何日もかかってしまった。


 寝込んでいる間あの二人が微笑み合い寄り添っている夢を、何度も繰り返し見ていた私は目が覚めると度々泣いている事があった。

 目を覚ましても今が夢なのか現実なのか区別が付かず、近くに控えていたノーラに大丈夫だと手を握られ優しく声をかけてもらい、ようやく落ち着きを取り戻す事が出来ていた。


 そしてやっと上体を起こせるまでに回復した私は、今日から少しづつリハビリの為に身体を動かしていく練習をする事になっている。

 本当に日に日に体調も良くなってきているのが自分でも分かった。

 こうして他愛のない話が出来るまでに回復したのもノーラの献身的な看病のお陰だった。


「お嬢様、少しづつ元の食事に戻る事が出来る様に精一杯このノーラがお手伝いさせていただきますね」

「ふふっ、ノーラが居れば安心ね」

「はい、是非お任せ下さい!では、お嬢様。まずはお医者様から許可が降りたミルク粥から始めていきましょうね」

「ええ、分かったわ」


 正直今の私はノーラの明るさに救われていた。こうして明るく振る舞ってくれるノーラといるとアイザック様と父の一件を少しでも忘れる事が出来たからだった。

 ゆっくり時間をかけミルク粥を食べ終わった私がベッドに上体を起こしたまま寛いでいると、片付けから戻ってきたノーラが何やら躊躇うように手を前で動かしているのが視界に移った。その仕草から何となく言いたい事が分かってしまった私は、ノーラが話しやすい様にこちらから声をかける事にした。


「ノーラ言ってもいいのよ」

「で、ですがお嬢様はまだ体調が万全ではありませんし」

「ノーラのお陰でだいぶ良くなったから大丈夫よ」

「実はその、昨日お嬢様宛に手紙が届いたのです」

「……アイザック様から?」

「アイザック様と……エミリー様からです」

「……」

「お嬢様、やっぱり」

「いいえ、大丈夫よ。その手紙を持ってきてくれる?」


 無理矢理笑顔を作った私にノーラは何か言いたそうな表情をしていたが、正直今は何も聞かれたくなかった私は無理矢理笑顔を貼り付けたまま手紙を受け取り、深呼吸をしてから開封し読み進めた。




 愛しいアリア


 義父上からアリアが体調を崩して寝込んでいる事を聞いたよ。

 茶会の日、やはり体調が悪かったんだね。私がアリアの体調不良にもっと早く気付いてあげられたら良かった。

 本当にすまなかった。

 アリアに会えた事が嬉し体調がよくなったら是非お見舞いに行かせてほしい。返事は急がないから書ける時に手紙をくれると嬉しい。


 一日でも早くアリアが元気になりますように。願いを込めて。


 アイザック



 アイザック様から届いた手紙は私を心配している誠実な婚約者そのものだった。

 あんな光景を見てしまった後だからだろうか?

 何事もなかったかの様に振る舞う婚約者を、一般的な婚約者はどんな想いで受け止めるんだろうか?

 怒ったり悲しんだりするのだろうか……。

 私には愛してもいない婚約者にどこまでも誠実に接してくれる彼に対し、悲しみや怒りよりも今は申し訳なさが先に立った。

 そして次にエミリーから届いた手紙を読み進めた私は、書かれているその内容に言葉を失ってしまった。




 大好きなアリア


 体調を崩したと聞いたけど、大丈夫?私とっても心配しているのよ。

 本当は明後日アリアの屋敷にお邪魔する予定だったんだけど、体調が悪いなら日を改めるわね。

 そうそう!そう言えば、私最近とっても“幸せな事”があったのよ♪♪

 アリアの体調が良くなったら聞いてほしい話が山程あるんだから!

 だから1日でも早く体調が良くなる事を祈っているわ。

 お大事に。連絡待ってるわね!


 エミリー



 (幸せな事……)



 今の私にはその言葉が意味する事は、あの日の茶会で見た二人が抱きしめ合う光景を指しているとしか思えなかった。

 それに示し合わせたかのように同じ日に届いた私宛の手紙。

 私はあの日二人が強く抱きしめ合っていた光景が再び目に浮かんだ。



 (こんな風に二人で私を牽制しなくてもいいのに……)



 体調を崩して目が覚めてから、不思議と涙が出てこなくなってしまった。

 これだけ心が何度もナイフで刺されたかの様に傷付きダラダラと大量の血を流しているのに、不思議と私自身は凪いでいた。



 (私さえいなければ、アイザック様はエミリーと幸せになれるのよね)



 エミリーは男爵令嬢だけれど、アイザック様は侯爵家の人間だ。本当に愛する人がいるならば、多少の無理は押し通す事が出来る。

 私という障害物さえいなければ、二人は結ばれる可能性だってある。

 私自身が婚約解消を望んでいても、私の貴族令嬢という立場が、そして父が許してはくれない。

 私一人ではどうする事も出来ないこの状況に、心に影が差したような陰鬱とした気分になった私は、手紙を畳み急いでベッドに横になった。



「お嬢様、」

「ごめんなさいノーラ。やっぱり少し休む事にするわ」




 もう今は何も見たくも考えたくもない。

 私は現実から目を背けるように、それ以来自然と自室に篭る時間が増えていった。

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