錬金機甲 アルケミオン

七海 司

プロローグ

第1話 狼煙

 しんっと人々が寝静まった深夜。

 上空には、鮮血を全身に浴びたような真っ赤な満月が下界を見下ろしている。


 その月を両断するように二本の銀線が横切っていく。二組の銀線はヴァチカンの全体を捉えられる位置に近づくにつれ徐々に減速していき、目的の位置に付くと止まった。


 月光に浮かび上がるその姿は人だ。それも地上から人と確認できるくらいに巨大な人型ロボットだった。


「恋歌、好きなように奏でなさい。あたなが思い描く凶葬曲を」

「――――――――」


 そのうちの一体が高速を伴って垂直に落下しだした。落下の際に手にした自身の半分を隠せるほどの巨剣二振りを大上段に構えながら。


 道路に足が着き、轟音と共にアスファルトを砕き、無機物の飛沫を上げる。

 さらに追撃を掛けるように、振り上げた巨剣を渾身の力をもって車道に叩き付ける。

 その衝撃は、舗装を剥ぎ取り、地面にまで深さ十メートルの亀裂を生み出したほどだ。


 衝撃波の被害はそれだけで留まらず、隣接する建物のガラスというガラスを見えないハンマーで叩いたかのように打ち砕いた。


 窓際で眠っていた者は、鋭利な刃と化したガラスの洗礼をその身に浴びたことだろう。


 巨人が大地に突き刺さった巨剣を抜くと、その巨剣をがむしゃらに振り回し、人が住む建築物を叩き斬って行く。


 斬られた建物は、切り口に従いずり落ちていく。地面に触れたと同時に、氷が砕けるように圧壊した。

 それが、巨人が刃を振り回すたびに起こり、整備されていたヴァチカンは加速度的に廃墟への道を進んでいった。


「壊れろ。壊れろ。壊れろぉ」


 巨剣を振り回す鋼の巨人から、狂ったような女の声が流れ出す。

 破砕のオーケストラが、静寂をぶち破り人々を夢の世界から強制的に呼び戻す。


 運よく目を覚ました男性が何事かと外に出てみるとすぐに真っ青な顔になり、家へと脱兎の如く逃げ込み、家族を連れ着の身着のまま逃げ出していった。そう、彼の家族は運が良かったのだ。彼の隣人は、ベッドではなく冷たい地面の上で、布団の変わりに我が家の瓦礫をその身に纏い永遠の眠りについていた。


 次第に、異変に気づいた生き残った住人が夜の町に姿を現し、皆愕然となっていた。腰を抜かし、身動きが取れなくなるものや、夢だと決め付け傍観に徹するもの。また、ある者は警察へと連絡を取っていた。


 一方、上空に留まっていたもう一体の巨人は、手にした弓を構えると矢を番え、上段射ち起こしから、引き分け、会に入る。

 矢先には、鍵穴のような輪郭をしたカトリック教の総本山サン・ピエトロ大聖堂がある。


 完璧に狙いが定まった巨人は、矢を射る。

 解き放たれた矢は、光の尾を引きながら一直線にサン・ピエトロ大聖堂へと向かい、目標の世界文化遺産を爆砕した。


 サン・ピエトロ大聖堂は、世界を炎によって浄化するかのように火炎を町に振り撒いた。

 炎は次々に飛び火し、あったという間にヴァチカンは紅蓮の業火に包まれてしまった。


 赤の侵略者となった火はまるで町全体に巣食った魔女を火あぶりにするかのように、罪無き人々を嘗め尽くす。


「自らを信じている者達を裏切り、救わない神なんて要らない!」


 空に位置する巨人から声と共に次々と放たれる矢は、ヴァチカン全体にスコールの様に降り注ぎ、爆炎の波紋を生み出していく。


 その光景は、地上に太陽が落っこちたかの様に赤々と燃え盛り、隣国の人々に夜明けと誤認させたほどだった。

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