第85話 執行


 ペグシルダム国 王都セルノーグ


 この国一番広い街であり人々の往来も多く、美しい店や宿屋が建ち並ぶ。劇場や美術館、大図書館と大神殿があり、観光客も多く賑わっている。


 ここはこの国で何処よりも繁栄していて、どこよりも煌びやかな街である。

 

 その街の中心部分には広場があり、本来であればそこに露店が並び、休憩に来る人々が集う憩いの場として活用されているのだが、今日はそこに簡易的な舞台が設置されていた。


 時折こうやって舞台が設置されるのだが、それは大概が罪人を公開処刑する為に用意される。


 そして本日も公開処刑が行われるとあって、朝から見物人が多く集まっていた。


 シオンは被害者として観覧席を用意されていたのだが、それは拒否し、遠くでリュシアン、ジョエル、メリエルと共に人々に紛れて様子を見守っていた。


 

「シオン、大丈夫か? 顔色が良くない。引き上げようか?」


「大丈夫……あの人の最後を見届けないといけない気がするの。だからここにいる」


「見て気持ちの良いものじゃないだろうに、凄い人だな。前に行こうとする人達が多い」


「私はもう少し後ろでも……」


「そうだな。そうしよう」



 四人は人混みから遠ざかるようにして舞台から更に遠くへ行き、道路脇に置かれてあったベンチに腰を下ろした。



「ジョエル、君もフィグネリアの被害者だ。アイブラー嬢も。だが、見たくなければ無理をする必要はない。この場を離れても、職務放棄にはしない」


「いえ。私もあの女の最後を見届けたいです。ここに、お嬢様の近くにいさせてください」


「わ、私もここにいます! 目は背けちゃうかもしれないんですけど、奥様の側にいます!」


「ありがとう、二人共。なんだか心強いわ。リュシアンもいてくれるし、私は一人じゃないんだものね?」


「当然だ。一人になんかしてやるものか。シオンが嫌だと言っても傍に居続けてやる」


「公爵様、それってもはやストーカーですよ」


「うるさいぞ、ジョエル」


「ふふ……相変わらずですよね。あ……始まるみたいですよ」



 今まで聞こえていた喧騒が、波を打ったように静かになった。


 舞台に役人と思われる人物が何人か上がってきて整列して立つ。

 その次に後ろ手に縛られた女性と男性が壇上へと上げられる。


 フィグネリアとルストスレーム伯爵だ。


 フィグネリアの艷やかで美しかった銀の髪はボサボサでくすんでいて、顔は頬もコケて顔色も悪く、贅を尽くして美しさを保っていた時の姿とは見る影もなかった。


 ルストスレーム伯爵も同様であり、虚ろな目をして下を向いていた。



「これより、この罪人共の公開処刑を行う!」



 声たかだかに執行役員が言い放つと、静寂に包まれていた群衆が一気に

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」」」」」」

と声を上げた。


 次に罪状が並べられ、ルストスレーム伯爵は前に出され跪かされる。

 

 ガタガタと震えながら、膝を付き頭を下にすると、斧を持った執行人が一気に振り上げた斧を首目掛けて振り下ろす。

 それはあっと言う間の出来事であり、ゴトリと首が体から離れて落ちた瞬間、群衆のボルテージは更に上がっていった。


 遠目に見ていても気持ちの良いものではなく、思わずシオンは下を向いた。父親だったルストスレーム伯爵の記憶はほぼない。愛された記憶も虐げられた記憶も何もなく、父親に対しての感情もシオンからは沸き起こってはこなかった。


 だけど求めたかった。愛されたかった。そんな感情だけがシオンから受け取れて、それが胸を締め付けた。


 次に舞台中央に連れて来られたのはフィグネリアだ。



「この者、フィグネリア・ルストスレームは幼い少女の類稀なる能力を奪い、その能力を我が物とし聖女の称号を得た! 治癒、転移陣の設置を行ったが、それらはこの者の力ではなかった! 国王を騙し、我々を騙したその罪は大きい! また当時蔓延した疫病を抑える為に、その少女を無理やり街へ送り込み、死に追いやった! 聖女が疫病からこの国を救ったと言うのは大嘘であり、これまで得た聖女としての恩恵は全てその少女のものだったのだ!    

 加えて娘に対しての育児放棄! 自分が行っていた散財、男娼を部屋に呼び入れる、使用人達に暴力を振るう、等は全てこの者のした事であるにも関わらず娘に擦り付けた! 次に国王より鉱山崩落の援助金をーー」



 罪状が読み上げられると、聞いていた人々は怒りを露わに口々にフィグネリアを罵った。



「聖女じゃなかったんだな?!」


「幼い子供の能力を奪っておいて、何が聖女だ!」


「最低な女だな!」


「死ね! お前こそ死が相応しい!」



 フィグネリアを蔑む言葉があちらこちらから聞こえてくる。それを聞いているシオンは手で胸をおさえて心を鎮めようとしていた。


 リュシアンはシオンの両肩に手を置き、この様子を見守っている。



「うるさいわねぇ! わたくしのお陰でアンタたちも楽して遠くに行けてんのよ! それは全部わたくしのお陰なのよ! ここまで言われる筋合いなんてないのよ!」



 髪を振り乱して、フィグネリアは楯突くように民衆に向かって言い放つが、それを聞いた人々は更に憤り罵った。



「やっぱりアイツは、アイツこそが悪女だ!」


「うるさい!」


「死んで償え! この悪女!」


「わたくしは悪くない! わたくしは悪くない! わたくしは悪くないーーっ!!」



 今にも暴れ出そうとするフィグネリアを執行人が制する。力づくでフィグネリアを跪かせ、頭を押さえつける。そうされても尚、フィグネリアは怒りで自分は悪くないと叫び続けた。


 押さえつけられる頭をググッと持ち上げ、民衆へと目を向ける。遠くで固唾をのんで見ていたシオンと、思わず目が合ったような気がした。フィグネリアの恨むような目に、思わずシオンは肩を竦める。



「シオン……許さない……お前を許さないから……っ!」



 フィグネリアがこちらを見て口を動かし、そう言っているように思えた。


 ブルッと震えたのを、リュシアンが後ろから抱き締める。


 次の瞬間、執行人が斧を振り下ろす。


 フィグネリアの首は体から引き離され、ゴロゴロと転がった。


 それと共に、また群衆が勝利したように喝采をあげた。


 シオンは涙が溢れて止まらなかった。終わったのだ。ようやく終わったのだ。だけどそれだけじゃない感情が胸を締め付ける。



「シオンの気持ちは私にもよく分かるよ。だけどもう終わったんだ。もう大丈夫なんだ」


「うん……」


「きっとこれから良くなっていく。何にも縛られずに自由になれたんだ。シオン。私がついている。一緒に乗り越えて行こう」


「うん……ありがとう、リュシアン」



 抱き合った二人を見守るジョエルとメリエルも泣いていた。


 こうしてようやくフィグネリアという呪縛から開放されたのだ。


 新たな一歩を踏み出していけるのだ。


 それから四人はしばらくの間何も言わず、それそれの思いを胸に舞台の方を見つめ続けたのだった。


 

 

 


 

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