第63話 この腕の中
リュシアンとジョエルは急ぎ転送陣へと馬を走らせていた。
今も鮮明に思い出されるのはノアが転送陣で消えゆく時と、同じ様に転送陣て消えゆくシオンの姿。
手を伸ばしノアを救いたかったが届かなかった。
しかしシオンには触れていたのだ。指先であったとしても、伸ばした手は届いていたのだ。
なのにとどめる事が出来なかった。また自分から愛しい人が離れていく様を、何も出来ずに見ているしか出来なかった。
何度同じ事を繰り返せば自分はこんなバカな失敗はしなくなるのか。守る為に強くなると誓ったのに、また大切な人ひとり救う事も出来ないのか。誰よりも何よりも大切な人を、今度こそ守れるようにと生まれ変わってきたのではなかったのか。
リュシアンは今までの自分を恥じながら、転移陣までの道のりをつき進んでいた。馬の扱いには慣れているジョエルでもリュシアンに着いていくのが精一杯で、見失わないように必死で後を追っていく。
ようやく転移陣までたどり着いた。二人は馬と共にルマの街まで移動する。それはジョエルとって初めての経験だった。
目の前が輝いて光に包まれ、その眩しさで目を閉じ次に目を開けたら別の場所になっているという信じ難い事実に、こうなると分かっていても驚きを隠せなかった。
そして再度、目の当たりにしたシオンの能力に感服したのだった。
ルマの街はいつもと異なり閑散としていて、人々の往来が少なかった。辺りを見渡し、様子を確認しながらも向かうは大神殿。
ジョエルからシオンの魔力が大神殿にある女神像に預けられていたという事を聞いたからだ。
到着し、すぐに勢いよく扉をバァァンッ! と開け放つ。
その音に驚いた人々は、やって来たリュシアンとジョエルに目を向けるが、リュシアンの目に入るのはただ一人の少女だけ。
シオンは女神像の前に倒れていて、そこには人が集まっていて、けれど遠巻きにその姿を眺めているだけの状態だった。
「シオン!」
「お嬢様!」
急いで駆け寄り、リュシアンは倒れているシオンを抱き寄せた。
ジョエルもシオンの側で片膝をつき、心配そうに見つめている。
リュシアンは腕の中のシオンの細さに驚きつつも、やっとこうして抱き締められた事が嬉しく感じて仕方がなかった。
だが、安心はできなかった。シオンは倒れていたのだ。既に疫病に襲われてしまったのかと考えると、リュシアンの顔は青ざめ、額からは汗が滲み出る。
「シオン! しっかりしてくれ! 頼むシオンっ!」
「リュシアン、様……?」
「あぁ、そうだ! どうして勝手に一人で背負おうとするんだ!? どうして私から離れようとするんだ!? シオン、お願いだ! 頼むからもう私を置いていかないでくれ!」
「ダメ、です……離れて、ください……わたくしは既に……感染、しています……」
「……っ!」
「離れ、て……」
「離れない……! 離すものか! もう二度と!」
力なくグッタリとした状態のシオンだが、それは疫病に侵されたからではなく、魔力切れの状態でそうなっている。だが感染した事は事実で、この場ではただ一人の感染者となっていた。
「帰ろう。私達の家に。一緒に帰ろうシオン」
「ダメ、です……他のみんなが……感染して、しまう……」
「そんな事は考えなくていい。シオン、必ず助けるから」
「ダメ、です……」
そう言ってから、シオンの意識は途絶えてしまった。
リュシアンはギュッとシオンを強く抱き締めて、今にも零れそうな涙をグッと堪える。
「公爵様、どうされるんですか? どうやってお嬢様を助けるんですか? このまま邸に帰れば、お嬢様の言う通り邸の人々が感染してしまうかも知れません。それとも、モリエール邸までお嬢様の力は及んでいるんですか?」
「ここが一番浄化されて安全な地帯となっているのは事実だが、恐らくモリエール邸まではシオンの魔力は僅かにしか届いていないだろう。以前も風邪等の体調不良を訴える者がいたからな。それでも少ない方だとは思うが」
「ではどうされるんですか? 感染されたお嬢様を連れ帰れば、そこからこの疫病はまた広がってしまいます。それはお嬢様の意図することではございません」
「分かっている。……そうだな。今はまだ帰れないな。シオンの状態が落ち着くまで、しばらくこの街にとどまる事にする」
「ですがお嬢様には自分の魔法は効かないと仰っていたではありませんか!」
「そうだ。だから薬を使う。ジョエル、頼む。邸に戻り、医療チームのリーダーであるフランクを呼んできて貰えないだろうか。もちろん、転移陣は使って貰って構わない。私はひとまずここの司祭室を借りる事にする」
「……承知致しました」
ジョエルもその場を離れたくはなかったが、きっとリュシアンはシオンの傍からどうやったって離れないだろうと思い、その場を後にする事にした。
一部始終を見ていた人々や司祭達の中から、高位の法衣を身にまとった大司教が前に出る。
「モリエール公爵様。そちらは奥様でしょうか。先程、偉大なるエルピスの女神様のお力をこの目でしかと見させて頂きました。もしや奥様は女神様の愛し子ではございませんか?」
女神の愛し子。
それは前世でもノアが教会の司祭にそう言われていたのを、リュシアンは思い出す。だが、女神の愛し子だからなんだと言うのだ。愛し子なのに、なぜシオンばかりがこんな目に合わなければならないのか。
思わずシオンを強く抱き締めてしまうリュシアン。それを見た大司教は何も言わないリュシアンに、言うでもなく独り言のように話し出す。
「以前私の管轄であった教会に女神様の愛し子がいたのです。しかし、教会が立ち行かなくなり、その子とは離れて暮らすしか出来なくなってしまったのです。あの子はどうなったのか、私はいつも心配しておりました。貴族に貰われていった二人の幼子達は今も元気に暮らしているのかと、愛し子であるあの子は今もあの頃のように笑えているのかと……」
「え……?」
独り言のような話を聞いて、リュシアンは改めて傍に立つ大司教の顔をしっかりと見上げた。
そこにはノアとリアムが幼い頃にいた教会の司祭だった人物がいたのだ。
「貴方は……」
「公爵様とは初めてお会いしますかな。最近ここに赴任してまいりましたルーベンスと申します」
その優しい笑みは覚えがあった。あの頃よりシワも増え、髪は白くなっていたが、優しくて慈悲深い司祭をリュシアンは覚えていた。
「あの子はもうこの世にはいないのですね……ですが、奥様からあの子と同じオーラを感じます。もしや奥様は……いや、そんな事はどうでもいい事ですね。先程の奇跡、奥様のお力なのでしょう。私共の部屋をお使いください。貴方様のお力になりとうございます」
「……ありがとうございます」
思わず涙が出そうになるのをグッと堪え、リュシアンは立ち上がり、シオンを抱きかかえたまま大司教ルーベンスの案内に着いていくのだった。
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