第58話 周知
リュシアンはジョエルが言っている事がよく分からなかった。分からなかったが、以前もジョエルが同じ様な事を言っていた事を覚えていた。
何が言いたいのか考えなければいけないのだろう。しかしまずはこの場をどうにかしなければならない。
遅れて駆けつけたセヴランに、至急騎士達を呼んで来るように告げる。
「ジョエルっ! ジョエルっ!!」
叫びながらシオンが辿々しくヨタヨタとジョエルの元へとやって来る。
その姿を見て、リュシアンは初めてシオンの足が悪い事に気が付いた。
メリエルもジョエルのそばに行こうとしたが、ハッと気づき
「医師様を呼んで参ります!」
と、何とか立ち上がり本邸へと駆けて行った。
泣きながらジョエルの側にたどり着いたシオンは、何度も名を呼びながらジョエルの腹部を恐る恐る見る。
すぐに手を当てようとしたシオンのその手をジョエルは掴む。
「ダメです、お嬢、様……っ!」
「でも、ジョエルっ! このままじゃ……」
「この、くらい、なら……大丈夫、です、だか、ら……お願い、で……す……」
必死にシオンの手を握り、顔を僅かに横に振るジョエルに、シオンは折れるしかなく……
「分かったわ! だからしっかりしてね! お願いよジョエル!」
「は、い……」
ホッとしたように微笑んで、それからジョエルは目を閉じた。
ジョエルに力を使うなと言われ、でもこのままにはしたくなくて、だけどやっぱり言った事は守りたくて、シオンは泣きながらジョエルの腹に刺さっている部分をハラハラしながらどうしようかと見守っていた。
程なくしてバタバタと騎士達と、メリエルに連れられた医師が走ってきた。
騎士達が現状を見て驚き戸惑う。クレメンティナは泣き喚き、その両手首はリュシアンに掴まれている。ジョエルは刺されて倒れている。何がどうしてこうなったのかと、騎士達は困惑状態となった。
公爵夫人の護衛とは言え、ジョエルは平民であり奴隷なのだ。故に、王女であるクレメンティナに罪は問われない。
だから拘束は出来ないが、このまま放って帰す訳にもいかない。無事に送り返さなければならないのだ。そしてその役目はリュシアンでなければならない。高位の存在を一介の騎士には任せられないからだ。
駆け付けた医師はすぐにジョエルの状態を確認する。何があったのかは分からないが、とにかく患部を診ようと服に手をかけるが、それをシオンは遮った。
「奥様、患部を確認させて頂くだけです。まだ短剣は抜きません。ひとまず服を脱がすだけですから」
「こんな所でやめてください! 男の人がいっぱいいるじゃないですか!」
「え? まぁ、そうですが……」
「ジョエルは女の子なんですよ?! 無闇に肌を見せるなんて、そんな事は許せません!」
「え……?」
「女……?」
「聞き間違いか?」
「嘘だろ……?」
皆が動揺しているような声がザワザワと、あちらこちらから聞こえてくる。滅多に苛つかないシオンが、この時ばかりは声を張り上げて言い放った。
「ジョエルはれっきとした女の子です!!」
「「「「「えぇーーーーーーっっっっ!!!」」」」」
その場にいる、シオンとメリエル以外の全ての者達が驚きの声をあげた。誰もがジョエルを男だと思っていたからだ。
それは勿論、リュシアンも。
驚きでジョエルを凝視するリュシアンだが、女と言われてみればそう見えてくるもので、何を今まで勘ぐっていたのかと自分のバカさ加減が情けなくも愚かにも感じた。
だが女と知って、どこかで安心している自分がいる。良かったと、二人はそうではなかったのかとホッとしかけたが、今の現状ではそんな事は言ってられず、まずはジョエルに治療を施さなければと騎士達と医師に指示を出す。
近場であったことから、ジョエルは別邸にある自身の部屋へと運ばれ、そこで医師の治療を受ける事となった。シオンもそこにいて、ジョエルの様子を見守っている。
リュシアンも本当はシオンの傍にいて、不安がる彼女を支えてやりたいと思ったのだが、原因は自分にあると自覚していた為、クレメンティナと一緒に王城へ向う馬車へ乗り込むしか出来なかったのだ。
リュシアンが言っていたように、モリエール領はこの国一番の医術や薬学の技術があって、すぐにジョエルは適切な治療を施されていった。
傷はそこまで深くなく致命傷とはならなかったが、側で見守るシオンはずっと涙が止まらなかった。
治療が終わり、医師達が部屋から出ていく。残されたのはシオンとメリエルの二人。
「奥様、大丈夫ですよ。あのジョエルさんなんですよ? 絶対に大丈夫なんですから。医師様も、お薬飲んで安静にして栄養を摂れば問題無いだろうって言われてましたし」
「分かってるの……分かってるんだけど……」
「あ、お昼まだでしたね。奥様、少しでも召し上がられると良いですから。体力つけないと、ジョエルさんの看病はできませんよ? 私、ここに昼食をお持ちしますね」
そう言ってメリエルは部屋から出ていった。
シオンはジョエルの手を両手で包み込むように握り、血色の無くなった美しい顔を眺めていた。
ジョエルがリュシアンを庇ったのは、きっとシオンの傷がこれ以上増えないようにと考えての事だったのだろう。
いつもジョエルはそうだった。シオンの為に身を挺して守ろうとしてくれる。
「ジョエルだって女の子なのに……こんな傷だらけになっちゃって……」
ジョエルの体にもフィグネリアやボリスから甚振られた傷痕が今も体に残っている。シオンはリュシアンから引き受けた傷痕だけだが、ジョエルの傷痕には良い思い出なんてあるわけがない。
その傷痕を見る度に、過去に傷付けられた記憶が蘇るんじゃないだろうか。そう思うとシオンの心はいたたまれなくなってくる。
自分の側にいたら、ジョエルはこれからもこんなふうに自分の為に傷付くのではないだろうか。そんな考えがシオンの胸を苦しくさせる。
魔法は使いたくない。だけど少しだけ。ノアだった頃、フィグネリアに甚振られたリアムに、分からないように魔法をかけた時のようにほんの少しだけ……
握った手から淡い緑の光がジョエルの体に浸透していく。そうすると少し顔色が良くなった。
「これだけしか出来なくてごめんね、ジョエル。ごめんなさい……」
涙を流しながら、シオンはいつまでもジョエルに謝り続けるのだった。
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