第36話 守るべき対象


 メリエルがシオンから預かった御守りの包装を綺麗に仕上げてから、それをリュシアンに渡すべくイソイソと本邸へと向かった。


 以前リュシアンに抗議した事があってから、メリエルは何かあれば執務室に直接来ても問題ないとセヴラン伝てで言われていたのだ。

 

 だから誰にも許可を貰わずに、メリエルは執務室まで赴いた。とは言え、はじめての公爵家当主の執務室に一人で訪問する事はかなり緊張を強いられる事であったのだが。


 突然訪ねたメリエルをリュシアンは快く迎え入れると、優しく微笑んでみせた。

 思わず胸はドキドキと大きく脈を打つが、それが緊張のせいだと思い込むメリエル。



「突然の訪問、申し訳ございません」


「いや、問題ない。何かあったのか?」


「いえ、何かあったとかではないのですが、あの……こちら……」


「もしかして明日の狩猟大会の事に関してか?」


「え? あ、はい、そうです。それでですね、」


「なんだ、行きたくないとでもゴネているのか?」


「はい?」


「シオン嬢がはじめて公の場に出る事になるからな。気にするのも仕方がないが……」


「明日って……シオンお嬢様も参加される、のでしょう、か……?」


「そのように伝えている筈だが」


「えぇ?! そ、そんな事はお聞きしておりません!」


「そうなのか? シオン嬢もそれを知らないと?」


「知らない筈です! 私も今はじめてお聞きしましたので……!」


「行く気がなかっただけではないのか? しかし、今回は国王陛下もシオン嬢に会えるのを楽しみにしておられる。私の妻となったから、是非一緒にと言われているのだ。余程の事がない限り参加を取り消す事はできない」


「そんな……」



 明日の事を今言われても、貴婦人が公の場に出るのには用意がかかると言うのに、今からそれが出来るとは到底思えなかった。

 しかし国王陛下がシオンに会うのを楽しみにしているとなれば、簡単に行けないとは言えない状況だ。



「ところで、メリエル嬢はここには何用で……」



 そう問いかけたが、メリエルはリュシアンの言葉よりも明日の事が気がかりでならなかった。すぐにシオンに言わなければと、

「すみません! 失礼致します!」

とだけ言い、踵を返して執務室を後にした。


 その時メリエルから何かがポトリと落ちた。それをリュシアンは拾い上げる。


 手にした物はプレゼントのようで、これをメリエルが自分に持って来た物だと勘違いした。シオンから何かを貰う事など、考えられなかったからだ。


 包装された物を丁寧に解き、小さな箱を開けてみると、そこにはリュシアンの瞳の色と同じ深紅の生地にゴールドドラゴンが刺繍された御守りが入っていた。


 それはリアムだった自分が憧れ続けていたドラゴンであり、その事を知っているのは前世ではノアだけだった。

 そしてその刺繍からは、ハンカチーフに刺繍されていたものと同じ魔力が感じられる。それも他の物よりも多い魔力と思われた。


 

「やはり……メリエルがノアだったのか……」



 嬉しかった。喜びが胸に溢れて、涙が出そうになる。人を思いやれる優しい所は変わらない。あどけなく笑う顔もあの頃のようだ。

 想い巡らせると、ただただ愛しい感情ていっぱいになっていく。


 この刺繍を自分にしてくれたとしたら、ノアも前世をちゃんと覚えているんじゃないだろうか。そして自分がリアムだったと分かっているんじゃないだろうか。そんなふうに考えられるが、自分は既に妻帯者となってしまった。だから例えノアが目の前に現れたとしても、堂々と求愛するのは憚られる。


 それはメリエルも同じではないのか? だからこうやって人知れず御守りを渡そうとしたのではないのか?


 そう考えるとメリエルの行動に納得がいき、リュシアンの胸は更に苦しくなっていく。


 そして気づく。強い想いがあるからこそこれだけの魔力が物に宿るのだが、そんな事が出来るのはごく限られた者にしかできない事。今も尚、ノアの力は他にはない希少なものである事。


 

「守らなければ……今度こそ必ず……っ!」



 前世でノアは、フィグネリアに魔力の殆どを搾取され、その力を利用され、必要なくなった時にはゴミのように捨てられたのだ。


 今世ではフィグネリアに搾取される事は無いとしても、いつ誰がその能力を利用しようとするか分からない。

 こうやって公爵家当主となったのだ。以前のように何もできない自分とは違い、どんな事からも守れる立場となったのだ。


 どこまで分かっているのか知らないが、ノアを、メリエルを守ろうとリュシアンはこの時誓ったのだった。


 一方、明日の事を聞いたメリエルは慌てて別邸へと戻っていく。


 すぐに狩猟大会にシオンも行かなければならない事を伝えなければと、時間を惜しむように駆けていく。

 そうしてシオンの部屋へとたどり着くなり

「シオンお嬢様! 大変です!」

と、間髪入れずに大声を発した。


 

「どうしたのメリエル? もしかして受け取って貰えなかっ……」


「明日の狩猟大会、シオンお嬢様も行かれる事になっています!」


「え……?」


「なんですって?!」


「どうしましょう?! ジョエルさん!」



 突然の報告に、ジョエルもアタフタとしだす。


 何を言われているのか最初は理解出来ず、それがどこか他人事の様に感じてしまう、シオンなのであった。




 

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