第29話 前世のトラウマ
食堂から食事を持って行く事ができなくて、メリエルはどうしようかと考えながら厨房へと赴く。
そこで食事を貰えるようにお願いしたのだが、その時もやはり誰もメリエルには見向きもしなかった。
どうすれば良いのか分からずに、メリエルはトボトボと別邸まで帰っていく。
「ただ今戻りました。シオンお嬢様、申し訳ございません」
そう言っていつもソファーにいるシオンを見ると、ジョエルがシオンを慰めているような感じがした。
「あの、どうされたんですか? シオンお嬢様、また何処か痛むのですか?」
「いいえ……なにも、ないのよ……」
「ですが震えていらっしゃいます……!」
「公爵様が来られたんです。理由は分かりませんが、なぜかお怒りになられていたんです」
「わ、わたくしがいけなかったの……勝手に庭を、いじったり、したから……」
「え?! そんな事でお怒りになられたのですか?!」
「分からないわ……でも、それしか思いつかなくて……これからは控えなくちゃ……」
「ですがそれの何がいけなかったんでしょう?」
「わたくしは普通ではないと……モリエール家はルストスレーム家とは違うのだと……だからわ、弁え、なければ……」
「シオンお嬢様……!」
我慢していたけれど、メリエルに説明しているうちにシオンの瞳からは涙が溢れ出た。
リアムは優しい子だった。いつもノアに笑顔を見せていた。リアム自身がどんなに辛くても、ノアには無理にでも笑顔を向けてくれていたのだ。
だけどここに来てから、リュシアンの姿となってからは、シオンは彼の笑顔を見たことがない。目を合わせる事は殆ど無かったが、顔を合わせればいつも睨み付けるような目を向けられていた。
それでも構わないと思っていた。思っていたのに……
「お嬢様、少し休みましょう。最近は睡眠時間も削って刺繍をされていたでしょう? 疲れも溜まっているんです。そんな時は心にも負担がかかりやすいのですよ」
「そうね、ジョエル……分かったわ……」
怖かった。リュシアンが怖いというより、怒られる事、怒鳴られる事が怖かった。シオンは今世ではフィグネリアからは暴力は受けていない。しかし、言葉の暴力は受けていた。
少しでもフィグネリアの目に映るといつも汚い者を見る目を向けられ、怒鳴られ罵倒されるのだ。その度にシオンは、いつまた殴られるのかと強張り動けなくなって、我が身を守るように縮こまって震えているしか出来なかった。今もなお前世のトラウマから抜け出せずにいたのだ。
ソファーのクッションをジョエルが調節し、そこにゆっくりとシオンの体を預けさせる。涙が止まらないシオンの目をジョエルは優しく拭う。
そんな状況を見て、メリエルは更に昼食を得る事が出来なかった事を告げるのが心苦しかった。しかし言わない訳にはいかない。
「申し訳ございません、シオンお嬢様、ジョエルさん……昼食を持って来れませんでした」
「どういう事ですか? メリエル嬢」
「ジョエルさん、実は……」
メリエルは仕方なく、持ってこれなかった事情と、それを説明する為に付随する今までのメリエルの置かれている事情も話した。
メリエルがそんな境遇に合っていたのを知る由もなかったシオンは、申し訳無さで心苦しくなっていく。
全ては自分のせいだと感じた。リュシアンが怒ったのも、メリエルが本邸でイジメを受けていたのも。そしてそのせいで二人にも食事が与えられない事も申し訳なくて仕方がなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさいね……」
「い、いえ! シオンお嬢様は何も悪くありません! ですから謝らないでください!」
「そうです。お嬢様は何も悪くありません。だからもう泣かなくても良いんですよ」
「でも……」
シオンは優しい二人の言葉が有り難くて、だからこそ余計に悲しくて苦しくなった。そして自分の弱さに情けなさを感じた。
同じようにメリエルもジョエルも、もうシオンにこんな悲しい思いをさせたくないと思った。
公爵夫人に食べる物さえ満足に用意出来ない事は、モリエール公爵家にとって恥ではないのか。こんな陰湿な事を放っておく事は良くない事だと、メリエルは本邸で何も出来なかった自分を恥じた。
そして、楽しみだと言っていた庭を整える作業さえもいけない事だと言われる事に、到底納得など出来なかったのだ。
「シオンお嬢様……私、腹が立ってきました」
「え?」
「どうして何もかも悪く言われなければいけないんですか! 何もせずに息を潜めるように生きろと言う事なんですか?! あんまりです!」
「メリエル、それはわたくしが悪女だからで……」
「シオンお嬢様は悪女ではありません! それに何も悪い事はしていないじゃないですか! 公爵夫人として扱われていない上にここまでの仕打ち、有り得ません! 私、ちょっと行ってきます!」
「メリエル嬢、何処へ?! 私も一緒に……!」
「ジョエルさんはシオンお嬢様についていてあげてください!」
「あ、はい……」
メリエルのあまりの剣幕に、流石のジョエルもそれ以上何も言えずに見送るしか出来なかったのだった。
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