第28話 悪女の娘は悪女
セヴランは執務室にいるリュシアンに呼び出された。
「別邸の様子はどうなっている?」
「最近、新しく入った侍女が食事の用意を別邸に持って行く事になったので、私は別邸には行かない事が殆どでございます」
「放置している……という事だな?」
「あ、いえ、そういう訳では……!」
「ではその侍女はどうなんだ?」
「侍女、ですか?」
「メリエル・アイブラーの事だ。シオン嬢の侍女となったが、何かされたりしていないか?」
「そう言った報告は受けておりませんが」
「放置していたから分からないと言う事か?」
「それは……」
「もういい!」
リュシアンが苛立つように席を立つと、怒りを表すようにツカツカと足を鳴らして執務室の扉を大きな音でバタンッ! と閉め颯爽と出て行った。
セヴランはリュシアンが、別邸を、シオン達を何もせずに放置していた事を怒ったのだと思い、顔面を真っ青にしてその場から動けなくなってしまった。
「泣いていた……一人で耐えるように……ノア、が……」
廊下を足早に歩くリュシアンの脳裏には、フィグネリアに虐げられて泣いていたノアの顔が浮かんでいる。
メリエルがノアだと言う確証はない。けれど、泣いている侍女一人助けられない領主というのもいかがなものか、とも考える。
あのフィグネリアの娘のなのだ。それに見合うように悪女と呼ばれているのだ。しかし、シオン達のいる場所で侍女として働いていても、今までは何も問題があるとは聞かなかった。そして似ていると言うだけでノアだと言う確証もないのに干渉するのもどうかと思っていた。だからメリエルの事が気になっていたが、これまでは無理に介入する事はなかったのだ。
けれど泣いている姿を見てしまった。もしかしてこれまでも人知れずに泣いていたのではないか。そう考えると居ても立っても居られなかった。
リュシアンが足早に向かったのは別邸。
セヴランからどこの部屋を使っているのかを聞いていた為、すぐにシオンの部屋へとたどり着いたリュシアンは、苛立ちのせいかノックもせずに強引に扉を開け放つ。
「シオン嬢!」
「えっ?! え、な、なんですか?! え!? 公爵様?!」
ソファーで刺繍をしていたシオンは、突然の事に驚いた。来たのがリュシアンだと気づくと、手に持った布を即座に後ろに隠す。完成まで見られたくなかったからだ。
だがリュシアンはそんな事は気にもとめず、シオンを睨みつけ問いただす。
「貴女は一体何をしたんですか?!」
「な、何の事ですか?!」
「ここで大人しくしていると思っていたら、やはり貴女はそういう人だったのだな!」
「あの、公爵様、何がいけなかったんでしょう?」
「自分がした事も分からないとは……っ!」
リュシアンはメリエルがどんな目にあったのかは知らない。が、きっと酷い事をされたのだ。それだけは確信していた。なぜならシオンがフィグネリアの娘だからだ。
突然やってきて詰め寄るリュシアンに、シオンは戸惑うしかなかった。何がどうなってここまで来る事になったのか、何に怒っているのか見当もつかない。
だけどきっと何かいけない事をしてしまったんだろう。そう考えたシオンは頭を巡らせた。
そして行き着いた答えは、庭を勝手にいじった事だった。
「あ、あの、申し訳ありません! いけない事だとは思わなくて……!」
「貴女はそうする事が普通なのか! それはそうか、悪女と呼ばれる程だからな! だが世間では違うのだ!」
「そう、でしたか……あまり世間を知らなくて……気をつけます……」
「もっと人の気持ちを考えて頂きたい! ご自分の主張だけを通さぬように! ここでは今までのように出来ると思わないで貰えますか!」
「はい……」
「お嬢様! どうかされましたか?!」
大きなリュシアンの怒鳴り声が聞こえて、何事かと庭にいたジョエルが慌ててやって来た。
「何かございましたか、公爵様」
キッと睨み返すような目線を向け、ジョエルはシオンの前に庇うように立つ。それを見て、リュシアンは更に眉間にシワを寄せる。
「私は貴女達の生活に口出しはしない。だが弁えて頂きたいのだ。モリエール家はルストスレーム家とは訳が違う。それを念頭に置いて頂きたい」
「…………」
「はい……」
ジョエルは何も言わなかったが、シオンは下を向き小さく返事をした。
それを見たリュシアンは一瞬、自分が悪い事を言ったような感覚を覚えた。弱い者を怒鳴りつけて萎縮させてしまったかのような感覚。
少しの罪悪感が胸をツキリとさせたが、それがこの女の手なのかと思うとまた怒りが湧いてくる。
言うべきことは言ったとばかりに、リュシアンは踵を返してその場から去っていった。
シオンは大好きなリュシアンから怒鳴られて悲しくなった。そして前世でフィグネリアが怒鳴りながら鞭を振るう姿を思い出し、ブルブルと震えてしまった。
「お嬢様、もう大丈夫です。公爵様は出ていかれましたから」
「えぇ、えぇ、そうね、わ、分かっているわ」
「お嬢様……」
ジョエルは震えるシオンの背中を優しく撫で、ゆっくりとソファーに座らせる。そして何度も、
「大丈夫ですよ。もう大丈夫ですから」
と諭すように言って寄り添い、慰め続けるのだった。
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