第25話 初体験


 テラスにあるテーブルで、淹れたお茶を飲むこともなく、シオンとジョエルは子供のようなキラキラとした瞳でケーキを色んな角度から眺めている。


 その様子にひとり、メリエルだけが戸惑いつつ二人を見つめていた。



「芸術のようだわ……こんな食べ物が存在したのね……」


「噂には聞いてましたが、これ程とは……」


「食べるのが勿体ないわ。ジョエル、どうしましょう?」


「ですが食べなければ腐ってしまいます! それでは本末転倒です! ここは意を決して食べることにしましょう!」


「そうね……! ジョエルの言う通りだわ!」



 なにやら大事になってるように感じるメリエルは、温かく見守る事にした。


 恐る恐るケーキにフォークを入れたシオンは、

「なにこれ! 凄く柔らかいわ!」 

と、また驚き、ジョエルもまた

「そうなのですか?!」

と同じように驚いていた。


 メリエルは昔行った慈善事業の孤児院の子供達を思い出していた。初めて食べたお菓子に感激していた子供達。

 まさしく二人はあの時の子供達と同じような反応だったからだ。


 やっと一口、シオンの口に運ばれたケーキ。ドキドキとしながら見守るジョエル。違う意味でドキドキしているメリエル。

 すぐにシオンの表情は、とろけるようにほぐされていった。



「なんて美味しいの……? 甘くてやわらかくて……フルーツの酸味が程よく甘さに絡んで、一瞬で消えてなくなっちゃったわ……」



 頬を赤くしてうっとりとしたシオンを見て、ジョエルも我慢が出来なくなったようだ。すぐに同じようにケーキを口にすると、ジョエルもまた驚いた顔をしてからうっとりとした表情へと変わっていった。


 その様子を微笑ましく見ていたメリエルだったが、なぜこんな小さなケーキ一つでこんな事になっているのかを考えた。


 もしかして、二人はケーキを見るのも食べるのも初めてではないのか。しかしそれは貴族令嬢であればあり得ない事であって、しかもあの傲慢で我儘で贅沢三昧だと言われていた悪女のシオンがそうだとは考えられない事だった。


 しかし目の前の二人は、なぜか嬉しそうに手をガッシリと握り合いお互い頷き合っている。それはまるで、苦楽を共にした同士が何かを達成させた時のような場面に見えた。



「あ、の……とても失礼な事をお聞きしますが……シオンお嬢様もジョエルさんも、もしかして初めてケーキを召し上がられたのですか……?」



 メリエルのその質問に、二人の動きはピタリと止まる。



「すみません! まさかそんな訳……っ」


「実は……そうなの……」


「ほ、本当ですか?! それはなぜ?!」



 こんな状況で誤魔化す事は無理だと思ったジョエルは、許可を得るようにシオンを見る。シオンは戸惑いながらもゆっくりと頷く。



「お嬢様は噂にあるような悪女ではありません。あれは全てご両親のした事です」


「そうなんですか?!」


「お嬢様は幼い頃より育児放棄をされております。いないものとして扱われ、食事もまともに与えられておりませんでした」


「そんな……」


「ご、誤解しないでね! 生きていける程の物は貰えていたのよ?」


「それでも必要最低限じゃないですか! カビの生えたパンや水のようなスープ! あんなので生きていけると、誰が思うのですか!」


「それは酷い……!」



 そんな食事で満たされる訳はなく、お腹が空いた二人は夜中に度々厨房へと忍び込んだ。そこで残飯を漁るのだが、それでも二人はいつもお腹を空かせていた。


 

「ですが、それでは使用人達は?! 貴族令嬢じゃないですか! 仕えて然るべき人に協力するべきなのでは?!」


「そんな人はジョエル以外、誰もいなかったわ。皆が私をいないように扱っていたの。きっと母がそうさせたのでしょうけど……」


「あの、元聖女のフィグネリア様が?!」


「アイツはそんなふうに言われる人物じゃありませんよ」


「それはどういう……」



 観念したようにジョエルは今までの事を大まかに話して聞かせた。


 ジョエルが奴隷としてフィグネリアに暴力を振るわれていた事、それを救ってくれたのがシオンだった事、二人は支え合うように生活していた事、シオンの原因不明の病気で脚に怪我がある事、等を話して聞かせた。


 聞いててメリエルは目に涙を浮かべる。こんな酷い扱いを受けて育って、なのに更に自分たちがした事を娘のせいにして悪女とするなんて考えられない事だと憤った。


 だから二人だけでここまて来たのか、だからあんな質素な食事でも文句を言わなかったのか、等、理由が分かれば納得のいく事ばかりだった。



「シオンお嬢様……申し訳ありません……私、何も知らなくて……悪女の噂を信じて、シオンお嬢様を怖いとか思ってしまってて……」


「いいの、それが普通なの。それより、メリエルには感謝しているわ。だってケーキを持って来てくれたんだもの」


「ケーキくらい、またいつでも持ってきます! 他にももっと美味しい物はいっぱいあるんです! 私が用意しますので……っ!」


「どうしたの? メリエル? なぜ泣いてるの?」


「申し訳ありま、せ、ん……!」



 冷遇されていた事を考えると、メリエルの胸は苦しくなって涙がこぼれ落ちてきた。


 そんなメリエルをどう慰めようかと、シオンもジョエルもオロオロしているのが可笑しくて、思わず泣き笑いのようになってしまったメリエルは、二人の為に、シオンの為に力になろうと決めたのだった。




 

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