第24話 知っていく


 昼食後、シオンはまた庭の手入れをはじめた。


 簡素な服に着替えたシオンを、ジョエルがエスコートするように手を取っている。ジョエルを男だと思っていた頃なら、二人は仲睦まじい恋人同士に見えたのだろうが、そうでないならジョエルはシオンに過保護すぎるのではないか、とメリエルは感じた。


 庭での作業も、敷物を敷いた所にゆっくりシオンを座らせ、手の届く範囲で作業をさせている。ジョエルは手際よくあちこちに生えた雑草を抜き、シャベルで土をならしていく。

 二人の作業の違いがアリアリと見えて、あまり役に立っていないシオンはどこにでもいる貴族令嬢と同じに見えた。


 二人の様子を見ながらメリエルも、何もしない訳にもいかずシオンの近くで雑草を抜いていく。


 

「ねぇ、メリエル、少し手を貸して貰えないかしら」


「え? あ、はい」



 何をどう手を貸せば良いのかと考えていると、シオンが手を差し伸べてきた。これは立たせろと言っているのかと思い、メリエルは伸ばされた手を掴む。

 けれども思ったよりも力を入れているのか、立とうとするシオンを支えきれずに思わずメリエルもふらついてしまう。

 

 それを支えたのは、いつの間にか側に来ていたジョエルだった。



「大丈夫ですか?! お嬢様!」


「大丈夫よ。メリエル、ごめんなさいね」


「いえ……」


「私を呼んでくだされば良かったのに……!」


「近くにメリエルがいたから頼っちゃったのよ」


「今日は午前中に本邸まで行かれましたからお疲れなのでしょう。あまり無理はいけません。今日はこれで終了しましょう」


「そんなに疲れてないわ」


「まだ右足首が痛むのでしょう? 歩けなくなったらどうされるんですか!」


「大袈裟よ……でもそうね。ジョエルの言う通りにするわ」



 ホッとしたような顔をして、ジョエルはまたシオンを支えて部屋へと戻っていく。その時メリエルはシオンがちゃんと歩けていない事に初めて気づいた。


 部屋に戻って着替えを済ましたシオンは、またソファーで寛ぐ事にした。

 ジョエルは

「お茶にしましょう。用意してきます」

と言って厨房へと向かった。それにメリエルも着いていく。



「ジョエルさん、あの、シオン様は足がお悪いのですか?」


「……えぇ」


「だからジョエルさんがいつもフォローされているんですね」


「左脚だけでなく右足首に捻挫も受けられましたから。きっと普通に歩くのも辛い筈です。そんな事は微塵も感じさせようとされませんが」


「え? 左脚は元々お悪かったのですか?」


「……ずっと一緒にいればいつか気づくと思うので言いますが、幼い頃に左脚に大怪我を負われましてね。なのでお嬢様は上手く歩く事ができないんですよ」


「そうだったんですね。なのに右足首も捻挫をされたなんて……」


「メリエル嬢も、お嬢様のフォローをお願いします。出来るだけなんでも一人でこなそうとしているんですよ。もう少し我儘を言ってくれればいいのにといつも思います。捻挫さえなければ、さっきも一人で立とうとしていた筈ですから」


「なんか……聞いてたのと違う……」


「え?」


「あ、いえ! なんでもありません!」



 つい言ってしまい、メリエルは口を噤んだ。本当にシオンは悪女なのかと疑問に思った事は、確実にそうじゃないとメリエルの脳内で思考は移行していく。


 お茶の用意をしてテーブルにシオンを座らせると、シオンは目の前に置かれたプチケーキに目を見張った。



「これは……」


「あ、さっき昼食でデザートが出ていたんですが、それをお持ちしたんです。シオンお嬢様は、甘い物はお嫌いではないです、か?」


「嫌いじゃないわ……」


「プチケーキなので一つ一つは小さいんですが、味はちゃんと美味しいんですよ? こんな物で良ければ茶請けにと思いまして」


「これがケーキ……」


「え?」


「ジョエル、これがケーキですって!」


「も、申し訳ありません! こんな見窄らしいケーキを持って来てしまっ……」


「凄いわ! とても綺麗ね! 小さくて可愛らしくて、本当に食べ物なのかしら?!」


「本当にそうですね! こんな小さいのに、とても細かい作業が見てとれます……!」


「あ、の……シオンお嬢様? えっと、ジョエル、さん?」


「メリエル、本当に頂いてもいいのかしら?!」


「は、はい、もちろんです!」



 想像していたいくつかの事とは斜め上の展開が待ち受けていた事に、メリエルは戸惑うしか出来なかった。


 小さなケーキごときに、シオンもジョエルも目を輝かせていて、色んな角度からケーキを眺めている。その様子は悪女など全く連想させないし、貴族令嬢とも思えない程だった。


 そしていつも冷静なジョエルも、なぜかケーキ一つに動揺しているように見えた。一体何が起こっているのか、メリエルにはさっぱり分からなかったのだった。




 

 

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