第2話 冒険者登録

生きていくためには仕事をしなくてはいけない。

 父さんと母さんがいなくなって、泣いて過ごしてばかりはいられなかった。冬用の食料はあるけれど、普段食べていた食料はもうほとんど尽きかけていた。切実な問題だった。

 私にできることといったら、両親にいろいろ教わったことがある種卵採集家、つまりたまごハンターしかない。

 これからは私一人なんだよね。

 薬草や魔獣のたまごの取り扱い方を教えてくれる父さんも母さんもいない。

 涙が頬を伝ってこぼれていくのがわかった。

 父さん、母さん。私、頑張るね。種卵採集家になるよ。頑張るから見ててね。

 「エルが大きくなって、種卵採集家になると決めたら、職業案内所と冒険者登録所に行くのよ」って母さんが言っていたのを思い出す。

山の民は国の保護対象になっていた。山の民しか種卵採集家になることができないからだ。

種卵採集家になるには冒険者登録をしなくてはいけない。冒険者登録所はたしか、隣町であるヒサアにあったはず。

 国の保護対象って、珍獣扱いなんだろうか。ちょっと嫌な感じがするよね。

「私たち普通なのにね、どうして保護するの?」

「私たちにとって、生き物の声が聞こえるのは普通だけれど、他の人たちにとっては珍しいことなのだよ。だから気をつけないといけないよ」

 父さんは少し悲しげに言っていたっけ。

なぜ私たちだけ生き物の声が聞くことができるかはわからない。昔々はみんなが同じ言葉を話していたっていうけどね。聞こえない生活って不便じゃないのかな。

 とにかく、ヒサアの町へ行こう。

 今は十一月。冬が訪れようとしていた。父さんと母さんがいなくなって3週間が経っていた。

エルは家の中を片付けることにした。格納の中にすべてしまっていく。父さんと母さんの服も、何もかも。途中心細くなって、涙が出たが、急がなくてはいけない。

 母さんの言う通り、冬になる前にヒサアに行くのだ。

出発する日の早朝、山クルミンの木を確認すると、樹液が溜まっていた。

「よかった!」

 エルは胸をなでおろし、樹液を回収する。この樹液はほんのりナッツの匂いがする甘いのだ。樹液を採取する季節はとうに過ぎていたが、洪水の被害のせいか、このあたりの水はあまり綺麗ではなかった。水筒数本分以上になったので、収納袋と格納に入れた。

 大事に飲もう。余ったら煮詰めてシロップにもなる。

 エルは村長や町の人にあいさつをして、ヒサアの町を目指すことにした。エルの足では四時間近くかかってしまうので、できたら馬車に乗りたかった。

 先日の季節外れの嵐であちらこちらの町や村の建物や橋が倒壊したらしく、街道沿いは工事の資材を運ぶ馬車が何台も並んで走っていた。

「すいません、一緒にヒサアの町まで乗せてくれませんか?」

 お金を節約するために、御者に交渉したら、荷馬車の片隅に置いてもらうことができた。ありがたかった。エルの他にも何人か大人が乗っていた。みんな暗い顔をしていた。

 北風が時折強く吹いて寒い。今年の冬はいつもよりも厳しそうだ。早く住むところと仕事を確保しないと、凍え死んでしまうだろう。灰色の雲が風に流されているのをじっと見ていた。

 数時間後、ヒサアの町に着いた。

 馬車に乗れてよかった。荷台だったからおしりはちょっと痛いし、寒かったけど、早くヒサアの町に着いた。

 ヒサアの町は工事の人たちと町の人たちで賑わっていた。屋台からは肉の焼けた匂いやあまいカステラのようなにおいが漂ってくる。

 お腹がくうとなったけれど、持ってきた水筒の水でがまんだ。今日中に職業案内所で空き物件を探し、冒険者登録をして引っ越しまでしてしまいたかった。

「あの、職業案内所はどこですか?」

 八百屋のおばちゃんにたずねると、「ああ、あそこの白い建物の二階だよ」と教えてくれた。

「小さいのにえらいね。ちょっとこっちへおいで。泥が頬についているよ」

 おばちゃんがエプロンの裏をつかってエルの頬を拭いてくれた。それからりんごを一つくれた。おばちゃんありがとう。

 空腹に耐えかねて、行儀が悪いけど歩きながらリンゴをかじる。

 じわっと甘みが口にあふれる。おいしい。

 職業案内所は人でごった返していた。みんな衣服が泥で汚れ、暗い顔をしている。おそらく嵐で畑や家を失った人たちなんだろう。私も自分の服を見たら、いつの間にか泥がいっぱいくっついていたのでびっくりした。馬車の泥がはねたのかもしれない。

 番号札を取って自分の順番を待っていたら、近くの長椅子で小さい子どもが泣いていた。

「いないいないばあっ!」

 少し茶色いシミのついたピンクのリボンをつけた子どもに声をかけてみた。女の子は驚いて泣くのをやめた。

「いないないばあっ!」

 もういちど両手で顔を隠し、一気に手を開くと、女の子はケタケタと笑った。女の子のお父さんとお母さんがエルに向かって小さく頭を下げた。女の子のお父さんもお母さんも疲れ切った様子で顔色が悪かった。

 あの嵐で不幸になったのは私だけじゃないんだ。みんなもがんばっているんだ。

 私もこれから一人で生きていかないといけない。

「ねえ、お姉ちゃん。何しにここに来たの?」

 女の子は不思議そうにエルを見る。

「お姉ちゃんはね、たまごハンターになりたいの」

「たまご泥棒のこと?」

「まあ、そういう人も言うけど」

 エルは苦笑する。

「本当は泥棒じゃなくてね、たまごハンターっていうの。難しい言葉で言うとね種卵採集家っていうんだよ」

 珍しい素材や卵を魔獣や山の生き物たちからもらうかわりに、魔獣や山の生き物たちからお願い事を引き受けるんだよ。素材を求め山の中を探し回ったりするから、結構ハードなんだ。魔獣や山の生き物たちと話ができるから、成り立つ職業だよね。人間側からの依頼で一番多いのは魔獣のたまごの採集だ。だからたまごハンター、たまにたまご泥棒って呼ばれていると説明する。

「へえ。そうなの。お姉ちゃんは魔獣と会うの? すごい! たまごハンターってかっこいいね」

 女の子はにこっと笑う。

 そんなあなたも可愛いわ。思わず頭をなでてあげる。

 女の子と手遊びをして順番を待っていたら、とうとう私の番号が呼ばれた。小さく女の子にバイバイと手を振ると、小さな手で大きくバイバイしてくれた。

「ようこそ、職業案内所へ」

 受付の女性は抑揚もつけず、愛想笑いもせず挨拶した。

 きっとこの人も疲れているんだろうな。エルの前にも後にもたくさんの人が並んでいる。

「あの、私、たまごハンターになりたいんですけれど」

「たまごハンターですか。種卵採集家ですよね?」

 受付の女性は眉をピクリと吊り上げた。

「はい。実は亡くなった両親が種卵採集家でして、そのあとを継ぎたいんです」

「なるほど。ということは、山の民の方ですね。隣の建物に冒険者登録所があります。そちらで身分証明書をつくってください。一応確認なのですが、おいくつになりますか?」

「十四歳です」

「よかった、十四歳なら登録ができますね。独り立ちですか。まだ若いので、十分気を付けてお仕事をなさってくださいね。ところで、住む場所はありますか?」

 両親が亡くなったと聞いて、受付の女性は心配そうにエルを見る。

「いえ、決まっていません」

「種卵採集家用の家をお探ししましょうか」

 よかった。家を紹介してくれるらしい。これで宿屋を探さなくて済む。

「できたら今日から住みたいのですが」

「そうなるとですね、ちょっとお待ちください。空いているところは……。マイミア山脈のチヒキイ山東にあるハロキテ村近くに今日から入れるところがありますね」

 受付の女性は書類を見ながら、地図を指さした。

 住んでいた村とは別の村だ。山の反対側の村にある家のことだろう。そっか、違う家になっちゃうのか。やっぱりナワニ村には新しいたまごハンターが来ていたのだ。もう戻れないのだろうか。

 心が暗くなった。

「そうですか。今まで住んでいたところはナワニ村近くだったんですけど、ナワニ村の家はだめなんですか?」

「あそこはすでにたまごハンターが下見に行っているんです。報告はきていないので、確実なことは言えないのですが、契約はまだのようです。もし、あそこが空いたとして、行政上の手続きや掃除などが完了してから貸し出すことになっているんです。手続きに三週間ほどかかってしまいますが、どうします?」

 えええ。どうしよう。今まで住んでいたところなら父さんと母さんの思い出もあるし、暮らし方もわかるけど。でも三週間分の宿代を考えると、ナワニ村の家にこだわることは難しい。今はできるだけ現金は使いたくなかった。あと三週間もすれば、真冬である。

「今日から住めるところでお願いします」

 仕方がないとあきらめることにした。

「お父様、お母様のほうは、現在お調べしましたが、死亡届は出されていません」

「そうですか」

 エルの気持ちは少し楽になる。父さんと母さんが生きているかもしれないと希望ができた。

「道も悪いですし、届け出が遅れている可能性もありますので、時々確認にしてもらうといいかもしれません」

「ありがとうございます。」

 眉根を寄せて、頷く。これだけの天災だ。生きている可能性は少ない。そんなことはわかっている。でも、それでも生きている可能性はあるのだ。

 受付の女性に「がんばってね」と応援された。

「はい」

 エルは小さく頷く。

それから冒険者登録所に行った。冒険者登録所の受付の男性も、エルに親切に教えてくれたので、無事冒険者登録証を作ることができた。

 冒険者登録所で薬草採取、薬草の種や魔獣のたまごなどの採取依頼が受けられるらしい。買取もやってくれると言っていた。新しい家のハロキテ村近くの家に住むと話したら、白い紙の鳥、メッセージバードの束をくれた。このメッセージバードで冒険者登録所とやり取りができるらしい。

「できたらこちらに来てもらえるとありがたいのですが、雪などでむずかしいときもありますから」

 受付の男性がメッセージバードの使い方も教えてくれた。

 新しい家のハロキテ村でも買取もやってくれれば助かるんだけどな。あとでハロキテ村で聞いてみよう。

 手続きを済ませ、店で当面の食料を買う。

ハロキテ村の新しい家に向かって出発だ。今は父さんと母さんを失った悲しみに浸るより、動いていた方がいい。新しい環境になってよかったのかもしれない。

「おねえちゃん!」

 街を歩いていたら女の子に声をかけられた。職業案内所で泣いていた女の子だ。

「たまごハンターになれた?」

「うん、なってきたよ」

「すごーい。かっこいい。いっぱい卵とってきてね」

 ふふふとエルと女の子は笑いあう。

 きっといいこともある。

 さあ、急いで新しい家まで歩かねば。日暮れまでに着けばいいけれど、もう少しかかるかもしれない。収納袋の中を覗いて明かり取りの魔石があるのを確認し、エルは前を向いた。

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