第53話 得意なこと……?
結局、先生と僕が寝たのは1時を過ぎてからだった。
独り身で普段は話し相手がいないからなのか、とても楽しそうにお酒を飲む先生に向かって『早く寝ろ』と言い出すことは、僕にはとてもできなかったのだ。
この部屋も堀場先生が他よりも広い部屋にしてくれたという話を聞いてしまったのもあり、余計に言いにくかったのもある。
まぁ僕としてもつまらなかった訳でもないし良いんだけどね。
この人にもある程度なら何を言っても許してくれそうだと分かったし、明日はもう少しやりたい放題やらせてもらおう。
そんな修学旅行一日目は終わり、二日目の今日は午前中はシーサー作り体験を行い、午後からは国際通りで解散して自由行動となる。
国際通り付近にある工房までバスで移動し、シーサー作り体験が始まった。
スタッフから作り方の説明を受けた後、各自で自由に作ってみろというスタイルのようだ。
僕達はいつもの三人で一つの机を使って作業に取り掛かる。
「何となくだけど、西河君ってこういうモノ作りが苦手そうよね。どんな物が出来上がるのか楽しみにしてるわ」
「言われた通りにやるだけだから、そんなに変なことにはならないでしょ。多少不格好にはなるかもしれないけどさ」
自慢じゃないけど僕は0から何かを作るのが苦手だ。
ましてや粘土なんて初めて触るし、上手くやれって方が無理だよ。
「芦塚さんは……なんか何でもできそうだし、これも上手にやるんだろうなあ」
「何でもはできないわよ。でも、これに関してはあなたよりは綺麗に作れる自信があるわね」
「僕より上手なのはこれに限った話でもないと思うの……ねえ、芦塚さんって苦手な事とかないの? 完璧美少女なの?」
「私にだって苦手なことくらいあるわ。だからその完璧美少女とか言うのはやめてちょうだい。バカみたいじゃないの」
芦塚さんは手を動かしながら呆れたように返事をしてくれた。
僕も、既にシーサーからかけ離れている何かを作る手を止めずに会話を続ける。
……これ、今僕は何をつくっているの?
「じゃあ何が苦手なの?」
「それはナイショ。言ったら面白くないでしょう?」
「普通に教えて欲しいけどなあ。暗い所とか雷が苦手だとか、そういうベタなのならかわいいのに」
「残念だけれど、そういうのは別に苦手ではないわね」
芦塚さんみたいなかわいい女の子が雷も暗い所も苦手じゃないのは、何かが間違っている気がする。
虫が苦手って言われても、得意な人の方が少ないだろうし。
「逆に聞くけれど、私って何が苦手そうなイメージなの? あなたに聞いても無駄かもしれないけど……」
「んー、なんだろう……」
考える為に、改めて芦塚さんに顔を向けて彼女と見つめ合う。
……肌白いなぁ。
「芦塚さんは日焼けすると肌が赤くなりそうだよね。お肌弱かったりする?」
「……本当に聞いても無駄だったわね」
望まれた返答が出来なかったせいか、芦塚さんはため息をついてシーサー作りを再開してしまった。
ゲームだったら好感度が大きく下がったことだろう。
……現実だから下がってないよね? 大丈夫だよね?
高御堂君には……聞かなくていいか。
一人で動くのが苦手って言ってるし、見栄っ張りだし思い込みが激しいし、案外人間味のある男だ。
ここで更に手先も不器用という要素まで出てこないかと彼の手元に目をやると、完成半ばの時点でシーサーらしさが顔を出していた。
「うわ、もうシーサーっぽくなってるし。みんな器用だねえ」
「見たまま作るだけだしこんなもんだろう。お前もさっき自分で言っていたではないか」
「そのはずだったんだけどね……じゃあ僕は何を見て、何を作ってるんだろう……」
僕の手元にある前衛的なオブジェクトを例える言葉は沢山あるだろう。
歯の抜けた口の大きなじじい、もしくはホラーゲームに出てくる雑魚敵だろうか、それともゾンビ化したジバニャン?
取り敢えずシーサーでないことは間違いない。
「……お前にはシーサーがそんな風に見えているのか?」
「いや……そんなことはないけど……」
おかしいのは分かっていても、どうしたらいいのか分かんないのっ!
「この美的センスの持ち主に容姿を褒められていたと思うと、何だか複雑な気分ね……」
「これは僕の目が悪いんじゃなくて手が悪いんだよ……芦塚さんはちゃんと自信を持って大丈夫だから!」
「それに関しては同意だな」
ほら、高御堂君もこう言ってるし。
芦塚さんはかわいいよ!
「もう手の施しようもないし、このまま焼いちゃおうかなあ」
「……そうね、もう下手に触らないほうがいいと思うわ」
二つのシーサーと一つの何かが完成したので、焼くのをスタッフにお願いしてテーブルで待つことに。
色々な人のシーサーを見てきたスタッフですらも、僕の何かを見て顔を引つらせてたし、あれはよっぽど妙な物なんだろうなぁ……。
でも近代アートって理解不能な物が多いし、これも近代アートだって言い張ったら通らない?
「さっき私に苦手な物を聞いてきたけど、逆に西河君って何が得意なの?」
「得意なものかあ……勉強は得意なつもりだけど二人には勝てないし、運動は苦手だし……あれ、僕って何ができるの?」
成績は悪くない筈なのに、この二人の前では霞んでしまう。
また、学校の階段を上るだけで少し息が切れるくらい体力は無いし、先程のオブジェクトを見てわかる通りクリエイティブなセンスは皆無だ。
……何かないのか?
「あなた、本当に何もないの?」
「……あっ! あのね、卵の黄身に付いてる白い塊を箸で取るのは得意だよ。あとは箱ティッシュの1枚目だけを取るのも自信あるね」
数少ない特技を捻り出してみても、芦塚さんと高御堂君は納得できない顔をしている。
いや、本当に得意なんだって。
箸の使い方には結構自信あるよ。
「西河はきっと、何かにチャレンジする機会が少なかったんだろう……蟹やイクラも食べたことが無かったくらいだもんな……」
「そ、そんな憐れむような目で見ないでよ……」
普段ならこういう時、冷たい言葉で突き放してくる高御堂君にも気を使われてしまった。
確かにちょっと変わった幼少期を過ごしてた自覚はあるけどさ、それとこれとはあんまり関係ないと思うの。
「西河君、これから得意な事が見つかるといいわね。私と一緒に探していきましょうか」
「いいんだよ芦塚さん……僕なんて女装くらいしかまともにできない男なんだから……このかわいい顔で、股の緩さ以外なんの取り柄のない頭空っぽな女みたいに男に取り入って生きていくしかないんだよ……」
「……あなた、自分の容姿への自信は揺るがないのね」
「股の緩さしか取り柄のない女って何だ。お前、その発言は危ないぞ」
僕の発言に二人はドン引きしていた。
僕は自分の顔にそれなりの自信がある。
それこそ街中を歩く脳みそが入っているのか怪しい、馬鹿丸出しの女よりはかわいいと思っているくらいには。
そもそもあの女達は何なの?
自分が世界の中心であるかのような振る舞いで、周囲に迷惑をかけることを何とも思っていない。
家の近くのコンビニに行くと、大声で電話をしながらダラダラとレジでお金を払う女がいつも僕の前にいるんだよね。
店員さんがチラチラこっちを見てくるから気まずいったらありゃしない。
あの顔であれだけ自信満々に振る舞っていいなら、僕なんかもう店員を殴っても許されるどころか感謝されるレベルでしょ。
「それに比べて芦塚さんは綺麗だし、気遣いもできるし僕みたいなダメダメの相手もしてくれるて凄い……結婚して……」
「はいはい、大学を卒業したらね」
「わーい」
あぁ……雑にあしらってくれる芦塚さん好きぃ……。
「お前達は沖縄でもブレないな……ほら、あそこのスタッフにも奇妙な目で見られてるぞ」
高御堂君が指差す方を見ると、確かにスタッフさんがポカンと口を開けて僕達を見ている。
取り敢えず両手でピースしておこう。
……あっ、逃げた。
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