第45話 世界一上手な食レポ
高御堂君へのセクハラは程々にしておいて、その後は特別な会話もなくダラダラと過ごした。
あんまりやすぎると本当に嫌われそうだしね。
昨今はセクハラやパワハラ問題に非常に厳しい。
もしも高御堂君が僕のセクハラによって鬱になって、僕が訴えられでもしたら間違いなく負けるだろう。
ましてや同性から体をベタベタと触られていたと知ったら、高御堂君は自らの命を断ってしまうかもしれない。
僕も嫌だった経験があるし、そうしたら二人で仲良く女装しようね……。
高御堂君が女装したら、それはもう女の子同士だからセーフだよ。
スキンシップと言い張れる。
……この話はやめましょうか。
話の終着点が分かんないし意味も分かんないし。
そんな野良犬でも顔を背ける意味不明な思考を巡らせていると、女性組による調理が終わったようだ。
芦塚さんも優香さんと打ち解けたのか、楽しそうに会話しながら机に料理を並べてくれている。
僕みたいなのともちゃんと会話してくれるし、やっぱり芦塚さんってコミュ力高いんだよなぁ……。
あの人って苦手な事とかないのかな?
今度聞いてみよう。
「二人ともお待たせ。食べられるわよ」
「芦塚さんも優香さんもありがとう。おお、なんかすごいね」
僕と高御堂君はのそのそとテーブルに着席し、並べられた料理とお鍋を覗き込む。
机の真ん中には蟹やつみれの入ったお鍋があり、周りにはイクラの山やホタテのソテー等も置かれている。
すごい……前回の闇鍋とは大違いだ……!
「食材が良いから簡単に調理したものばかりだけどね。いやあ、大地君には本当に感謝だよ! それじゃあ食べようじゃないか」
「うん。それじゃあいただきます」
4人でいただきますをして、既に装ってあるお鍋からいただくことにした。
汁をすすってみると、基本的にバカ舌な僕では美味しい事しか分からなかったけど、とにかく美味しい。
蟹の出汁が良く出てますねぇ……なんて言ってみたかったけど、正直全然わかんない。
だって蟹なんて初めて食べるんだもん……。
蟹の身を取り出すのに苦労しつつも、一口食べてみる。
「これすごい美味しいね! 蟹ってこんな味なんだあ」
繊維質な身の歯ごたえが独特で気持ちいい。
うわぁ……蟹って美味しいんだね……。
テレビでしか見た事のなかった幻の食材である蟹に感動していると、優香さんが悲しそうな顔でこちらを見ている事に気がついた。
「えっ、優香さんどうしたの?」
「いやあ……祐希ちゃんは本当に蟹を食べた事がないんだなって思っただけだよ。君は普段、何を食べているんだい?」
「結構普通の物ばっかり食べてるよ。でも、蟹って普通に生きてたら食べる事なくない? 北海道では良く食べるの?」
普通の物ばかり食べているという僕に対して、僕の食生活を知っている二人は何か言いたげな目を向けてくるが無視しよう。
「そんなに頻繁に食べるって事はないね。家族で蟹料理のお店には行った事は何度かあるよ」
「なるほど……蟹屋さんなんてこの辺にあるのかな?」
「お前蟹屋さんって……せめて蟹料理屋さんとか、もっと言い方があるだろ」
高御堂君は僕の蟹屋さん発言に何故かドン引きしていた。
花が売ってるからお花屋さんだし、そばとか和食を扱ってるならそば屋さんだし、蟹料理があるなら蟹屋さんでしょ。
お蟹屋さんよりはよくない?
「まあ多分行かないから呼び方は何でもいいじゃん。それにしても美味しいね……ねえ、こっちも食べてみていい?」
「ああ、どんどん食え」
これから毒ガス訓練が開始しそうな台詞に似ているが、ここは僕の家だし大丈夫でしょ。
ホタテのソテーを一つ食べてみる。
……どうしよう、あんまり好きじゃないかもしれない。
全然不味くないし、これが好きだって人がいるのはよく分かる。
でもやっぱり貝は苦手みたいです……。
ぬあぁぁぁ!! って味がする。
僕の微妙な反応を見抜ぬかれたのか、芦塚さんに困った顔をさせてしまった。
「美味しくなかったかしら? 私としては上手くできたつもりだったのだけれど……」
「そ、そんなことないよ! ただ、僕が貝が苦手なだけで……」
「芦塚、ちゃんと美味いから安心しろ。西河の舌が子供っぽすぎるだけだ」
高御堂君はホタテを食べながらフォローしてくれた。
とても助かるんだけどさ、なんか一言多くありません?
何となく気に触るけどここは乗っかろう。
「そうそう! 芦塚さんの作った物を美味しく食べられない僕が全部悪いの。それに、貝が苦手な僕でも食べられるから、本当に美味しいのは間違いないよ!」
「そこまで言われると、過剰に気を使われているみたいで逆におかしいわよ。まあ、そんなつもりはないんでしょうけど」
芦塚さんの困った表情は治ったものの、僕はまだ気まずい気持ちが多少残っている。
折角作ってくれたのに苦手ですって言うのは失礼すぎた。
ちゃんと文句言わずに食べましょうね。
「……祐希ちゃんは真理ちゃんに対して気を使いすぎじゃないかい? 反応が大げさというか過保護というか。もしかして、祐希ちゃんは大地君だけでは飽き足らず、真理ちゃんにも気があるのかい?」
僕らのやり取りを見ていた優香さんから厳しいツッコミが入る。
食事を続けながら、真顔で淡々と喋る姿からは冗談っぽさが感じられず、本当にそう思われているのかもしれない。
「そ、そんなことないよ? ほら、僕は友達が芦塚さんくらいしかいないんだよ。だから普段からこんな感じなの。ね? 高御堂君?」
「ん? ああ、こいつらは大体いつもこんな感じだ」
高御堂君としてもこれは日常風景なので、特に思う所もないはずだ。
しかし優香さんは、どこか納得できない様子のままである。
「んー……そうなのかい。でも大地君との態度が違いすぎるじゃないか」
「高御堂君には何をやってもいいって思ってるからだと思う」
「おい、なんだそれは」
「愛情表現の一種だよ」
高御堂君には何をしてもいいとまでは思っていないけど、大抵の事は許してもらえると甘えている部分がある。
じゃないとあんなセクハラしないしね。
逆に芦塚さんにはある程度何をされてもいいと思っている部分がある。
じゃないとあんなセクハラに耐えられないしね……。
「まあ、大地君が気にしないなら僕も言う事はないんだけどね。あまり彼を悲しませないであげてくれよ?」
「大丈夫だよー」
本当に付き合ってる訳でもないんだし。
「ていうかさ、優香さんって高御堂君の事好きなんじゃないの? さっきも僕達をニヤニヤして見てたけどさ、そういうのを見るのって嫌じゃないの?」
「今はもう吹っ切れて、大地君の事はいい友人だと思ってるよ。だから楽しそうにしていれば僕も嬉しいってもんさ」
「そうなんだ。大人だねえ」
優香さんはすごいなぁ……。
僕は別に芦塚さんが好きとかじゃないけど、もしも目の前で芦塚さんが別の男とイチャついているのを見たら精神に異常をきたして3日は寝込むだろう。
それにしても、こんな良い子に嘘をついてるのが申し訳なくて仕方ない。
全部高御堂君が悪いんだからね!
「じゃあ西河、次はイクラを食べてみたらどうだ。これも食べたことないだろ?」
「ないけどこれはダメな気がする……。食わず嫌いと言いますか。でも、折角だしチャレンジしてみるよ」
イクラってもう見た目がアウトじゃない?
食べたいと思った事もないけど、北海道のものは何でも美味しいはずだからいけるでしょ。
テレビでも『私〇〇は苦手なんですけど、これは美味しいです!』みたいな食レポをよく聞くし、多分美味しいはずだ。
僕はスプーンでイクラを一山すくい、恐る恐る口へと運んだ。
「どうだ西河? 食べられそうか」
「…………オイシイデスヨ」
「お前は本当に分かりやすいな……」
無理無理無理。
食感も嫌だし、中から汁が出てくるのが耐えられない。
うわ……これはダメなやつだぁ……。
北海道のイクラが食べられないなら、他所のイクラはもっとダメなんだろう。
もう二度と食べません。
「なんかごめんね? こんなに色々用意してくれたのに、全然食べられなくて……僕みたいなやつはコーンフレークとカロリーメイトだけ食べてればいいんだよ……」
「あれを食事と呼べるのかは怪しいが、まあ気にするな。食べられるものだけ食べればいいんだ。苦手な物は俺が食べてやるから」
「高御堂……!」
やだかっこいい……。
わざわざ北海道から持ってきたものを苦手だなんだと言って全然食べられない奴に、こんなに優しくできるなんて……。
高御堂君は本当に良い旦那様になりそうだね。
将来は社長さんだし、こんな有料物件は他にないよ?
それなのに、こんなバカ舌な女装野郎と付き合ってるフリをしてるなんて、人生の無駄遣いしてない?
もっと自分の価値に自信を持ってほしい。
「ほら、イクラはこっちに貰うから寄越せ」
「わかった……はい、あーん」
「違う、そうじゃない」
お皿ごと渡そうかと思ったが、余計なことを思いついたので実行してしまった。
ほら、さっき優香さんから疑惑の目を向けられたじゃん。
ここは仲良しアピールをするのが正しいんだよ。
スプーンにイクラを盛って高御堂君の口元へと突きつけるが、彼は中々口を開こうとしない。
「違うの? いいじゃん折角なんだから。ほら、早く口を開けて」
「人前では恥ずかしいから勘弁してくれ。お前はどうしてこういう時だけ積極的に動くんだ」
「もう、早くしてくれないと腕が疲れるじゃん。いいから早く」
「全くお前は……」
高御堂君は観念したのか、ようやく僕のスプーンからイクラを食べてくれた。
自分でやっておいてなんだけど、この男は本当に流されやすいな。
懐が広いとも言えるけど。
将来は悪い女と悪い女装男に気をつけるべきなのは間違いないね。
「ありがとう高御堂君。はい、これもお願いします」
僕は満足したのでお皿を高御堂君の元へと置く。
最初からそうしろと目で訴えかけてきている気がするけど、多分僕の考えすぎだろう。
「西河君……じゃなかった、祐希ちゃんは今日はやけに積極的ね。見せつけているの?」
一連のやり取りを見ていた芦塚さんが口をはさんできた。
ていうか、もう名前ちゃんと言えてないじゃん。
無理しなくてもいいのに。
「見せつけてるつもりはないけど、なんかテンション上がっちゃって」
「ふーん……」
「な、なによその目は……」
「いいえ別に。楽しそうにしてるなと思っただけよ」
「うーん……楽しいのかな?」
「お前が楽しくないなら、さっきから何をしているんだ?」
高御堂君、それは聞かないでおいてくれ。
僕にも分からん。
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