第44話 ドM襲来

『今日は桃華ちゃんが遊び縛られに来てるよ!』


 その呟きには画像が添付されていた。制服を着た女子高生が縄で縛られているイラスト。その隣でカイリがドン引きしていて、桃華を見ながらタブレットでイラストを描いている。


 うん。情報量が多い。


 情報量が多いのだが。これ、実際にやっていたのである。


 というか現在進行形でやっているのだ。


「あっ……これ、凄い。海流君が見てるの分かる……」

「あ、悪い。SNS確認してた」

「きゅぅぅ……恥ずかしくて興奮してきた」

「縛られたドMはやっぱり活き活きしてるね」

「水を得た魚みたいな言葉を作り出すな」


 現在瑠乃の部屋。つぼみは縛られている。天井からよく分からない縛り方で吊られている形だ。足は着いているが。縄が服にくい込んで痛そうにも見える。でも本人は恍惚の表情を浮かべていた。

 やべえ。童顔で大きくて縛られてるのなんかやべえぞ。


「……どうしてこうなった」

「私が縛られた時の人体が見たいって言ったからだね」

「頼む適任がつぼみなのほんと……なんと言うか」

「あっ……凄い。自転車で歩きスマホしながら喫煙してる不良を見るような顔……良い」

「早く描き終わんないかな???」


 つぼみが絶好調である。どうしようかなこの子。もう手遅れだ。


「しかしなんでいきなりこんな事に?」

「カキちゃんから痕に残らない縛り方教えて貰ってね。縛られた時の筋肉の動き方とか色々調べたくて。海流を縛っても良かったんだけど、丁度良くつぼみちゃん来たから」

「何も返せねぇ……」


 瑠乃が上達する為ならば仕方ない。しかも俺ではなくつぼみが代わりにやってくれているのだ。つぼみもめちゃくちゃ喜んで縛られてるが。


「ほんとは脱がせたいんだけどね」

「脱がせるの!?」

「目の前で海流が興奮し始めて擬似WSSみたいになるけど良い?」

「良いよ!」

「良くねえが?」


 WSS……あれか。BSSの私バージョンか。

 というか別に目の前でおっぱじめないからな。


「しかしまあ、そうか。服の上じゃ分かりにくいよな」

「ん。肌の引っ張られてる感じとかくい込み方とかね」


 それなら仕方ない。


「やるなら……席外すからその時にしてくれ」

「えー! 海流君見ないの!? ……あ、でもそれはそれで悪くないかも」

「敵無しがすぎる」

「私、瑠乃ちゃんも好きだからね」


 仲が良さそうで何よりである。


「あ、ちょっと筋肉の感じとか描くだけだからね。あんまり時間は掛けないから」

「おっけー。なんなら写真撮っても良いんだよ」

「いやそれは良くないだろ。……何があるか分からんぞ」

「今回のお礼で海流君のイラストとか写真とか色々貰うから大丈夫だよ」

「初耳だが?」

「大丈夫。裸とかはないよ。法律は守ってる」

「俺のプライバシーが守られてないが?」


 一つため息を吐いて。ドアノブに手を掛ける。


「つぼみ……まずないと思うが。嫌な事は嫌って言うんだぞ」

「え? 嫌な事ってご褒美でしょ?」

「心配した俺が馬鹿だったよ」


 もうつぼみは放っておいて水でも飲んでこよう。


「じゃあ、終わったら呼んでくれ」

「はーい」


 そう一言告げてから、俺は部屋を出たのだった。


 ◆◆◆


 それにしても、瑠乃が誰かと仲良くしているところ。久々に見た気がするな。


 基本休日は……いや。平日も一緒に居るので、誰かと遊ぶ機会は少ない。

 学校では浅く広く友人を作っていたりもしたが、それくらいである。


「Vtuber活動。始めて良かったな」


 今まで関わった事がない人達と関わる事が出来た。なんかみんなキャラは濃いが。いや、本当に。


 類は友を呼ぶ、なのか? だとすれば間違いなく瑠乃だろうが。


 コップに水を注ぎ、一口飲む。

 ちなみに瑠乃の両親は出かけているので家には居ない。


 リビングへ行って座った。テレビを付けようか一瞬迷ったものの、SNSを見る事にしよう。好きにしていいとは言われているが、人の家だしな。


 タイムラインは色々と賑わっている。Vtopの面々が主。そして、好きなイラストレーターさんの投稿や漫画家さんの投稿などで埋め尽くされている。


「良くないな。これ、無限に時間が溶ける」


 SNSは現代の暇潰しとして優秀すぎる。なんか。なんか良くない気がする。Vtopの人達の呟きは色々参考になるが。


「サムネの勉強……するか? 瑠乃がめちゃくちゃ頑張ってくれてるが」


 いや、でも任せっぱなしも良くないな。こんなサムネも良いよなとか……いや。


 動画サイトを開き、サムネの確認をする。


「いやこれ瑠乃が作ったサムネより映える人ほとんど居ないだろ」


 瑠乃が作ったサムネイルは一枚絵である。そう、一枚絵なのである。


 もちろん先輩方の作ったサムネイルもクオリティが高い。ファンアートを使っているものもあるし。そういうものはかなり目を惹く。


 もちろんそれらのイラストもかなりクオリティが高い。……しかし。これは身内贔屓なのかもしれないが。


「瑠乃のイラスト。好きだなぁ」


 一人一人の顔がしっかり描かれていて。背景や小物まで描かれている。

 改めて見ても、レベルが高い。この高クオリティなイラストをかなりの速さで描いているのだから本当に……とんでもない。


「そりゃ伸びるよな。文字通り、『美少女高校生神絵師』なんだから」


 肩書きだけ見れば、伸びる要素しかない。


 だけど、俺は知っている。瑠乃がどれだけイラストを描いてきたのか。


 瑠乃は幼い頃からずっと絵を描き続けていた。最初に描いてくれたのは俺の絵だ。


 今でも覚えてる。


『わたしね! しょうらいはかいりのおよめさんになって、えをかくひとになって、かいりをひもにするの!』


 いや幼少期瑠乃何言ってんだよ。なんでヒモって言葉は知ってるんだよ。


「……にしても本当に凄いなぁ」


 何か一つの事に打ち込む。簡単に見えて、それはかなり難しい。いや。簡単だとも思えないな。


 趣味ですら。好きな事ですら、時間が経てば変わっていくのだから。

 イラストを描く。それも毎日。何年も、描き続けて。どうすれば良いのか独学で調べて。また、プロに実際に相談したりして、ここまで伸びてきた。


 もちろん才能はあったと思う。でも、それ以上に努力を重ねてきた事を知っている。



「……凄いなぁ」


 純粋に。ただ、そう思う。


「俺も頑張らないと」


 ぴしゃりと頬を叩き。スマホの画面を切り替えた。


「配信のネタ集めでもするかな」


 最近だと雑談配信が主になっている。大体瑠乃とのやり取りで埋め尽くされるのだが。

 雑談ともなると最近の事にも詳しくなければいけない。特にアニメや漫画、ラノベなど。


 視聴者との会話も大切なのだ。いや、俺としても好きなアニメとかを話せるのは楽しいのだが。


「最近はあんま見れてないんだよな。瑠乃と見るか」


 それか、つぼみと一緒に同時視聴配信とかも良いかもしれない。こうしてみると本当にサブスクって便利だよな。


 そうして色々調べ。漁っていると、通知が鳴った。


『ちょっと来て』


 瑠乃からである。どうしたのだろう。


 水を飲んで、『今行く』とだけ返して瑠乃の部屋へと向かう。


「何があったんだ?」


 そう呟きながら瑠乃の部屋へと向かい。扉をノックする。


「瑠乃。どうした?」

「あ、海流。入ってきて」


 そこまで慌ててる訳ではなさそうだ。扉を開けると――


「あ、海流。ちょっと色々あってこうなってね」

「……はぁ!?」


 二人が抱き合っていた。千歩くらい譲ってそれは良いとして。


 全裸で縛られているのだ。


「なんで? 何があった?」

「二人で縛られるパターンってえっちでしょ? 折角だしやろうって思ったら」

「……思ったら?」

「上手く絵が描けない事に気づいちゃって」

「なんでだよ!? 抜け出せないとかだよな普通!?」


 かなり頭が良いはずなのに……色々と抜けすぎている。


 というか目に毒すぎる。


 大切な場所はギリ見えていない。ただ、それはそれとして目に悪い。とても。


 あとつぼみの顔が真っ赤である。ん? 真っ赤?


「つぼみなら舌出しながらはぁはぁ言ってそうだったが」

「……ぁう。その、か、海流君が来たら。その」


 桃華が珍しく言い淀んで。こっちを向いた。瑠乃とほっぺたがくっつく形になって。


 潤んだ瞳でこちらを見てきた。


「お、思ってた以上に気持ちよくなっちゃって」

「あかん」


 思わずエセ関西弁が出てしまった。


「あかん。それ」


 しかも二度。


 やばい。これ、やばい。


 なんでだよ。なんでそんな恥ずかしそうにしてるんだよ。


「ね、可愛いよね。つぼみちゃん」

「……ッ」


 瑠乃の言葉に思わず、目を逸らした。


「と、というか写真って」

「だいじょーぶ。つぼみちゃんと交渉済みだよ」


 大丈夫って……


「それとも混ざる?」

「い、いや」

「……混ざらないの?」


 良くない。非常に良くない。というかやばい。理性的なものがやばい。


「混ざっちゃお?」

「ま、混ざらん。混ざらんから。というか混ざったらそれこそ縄が解けなくなるし。俺を呼んだ意味がなくなるだろ」

「ちっ。ばれた」


 元々は瑠乃がイラストで参考にする為のものである。

 一つ息を吐いて。瑠乃の手に持っていたスマホを取った。


「撮れば良いんだな?」

「ん。海流のスマホでも良いよ」

「俺が良くない。良いのか? つぼみ」

「ぁ……うん。私は、大丈夫」


 やめて。そんなちょっとしおらしくならないで。


「な、なんなら! いきなり殴りかかってきても! いや、その方が嬉しいというか」

「しおらしくとんでもねえ事言い始めたなこいつ」


 なんだかんだ言いながら通常運転のつぼみ。

 俺は諦め、顔を背けつつ何枚か写真を撮った。


「こ、こんなもんで良いか?」

「ん、ありがと」

「よし、じゃあまた部屋を出るから――」

「あ、その前に縄解いてくれない?」

「結局解けないのかよ」


 またため息を吐いて。どんな風に縛られているのかを見る。


 ……。


「どこ解けば良いんだこれ」

「あ、肩のとこ解いてくれたら腕動かせるから」

「分かった」


 どうにかその肌に触れないよう、その結び目を解く。


「ん、ありがと。海流」


 その手が伸びてきて捕まりそうになったので後ろに下がって避ける。


「ちっ……あと少しで巻き込めたのに」

「油断も隙もないな? ……それじゃ他の部屋行くからな」

「い、行っちゃうの?」

「つぼみさん! 調子狂うのでいつもの厚顔無恥のドMに戻って!」


 と、そうして。俺は部屋から逃げ出すように飛び出した。



 その日の夜。あるイラストが上げられた。


 Vtuberの桜浜桃華。雨崎瑠花。そして、女装したカイリ・ホワイトが仲良く三人で縛られているイラストだ。


『六割くらい実際にあったイラストだよ』


 加えて添えられたこの文が波紋を呼んだ。


 その日のトレンドはこの二つ。


 #俺達と代われ雨崎瑠花&桜浜桃華

 #カイリチャソに縛られたい


 なんなんだよこれは……最後の洗礼の前日のトレンドがこれで良いのかVtop。

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