14
結羽が泣いている。我が身を抱いて、震えながら。
「ごめん……ごめんなさい、私……」
その声は、消え入りそうなほどに、か細かった。
動揺でよろける足をぐっと踏ん張って、妹のもとへ行く。手から落ちたスーパーの袋が背後で倒れて音を立てる。
妹の体を抱きしめる。熱い体温が伝わって、私は息をのむ。
「お姉、ちゃん……」
「お父さん、結羽に何したの!」
結羽の足下で倒れている父に、私は叫ぶ。私の声も震えている。
違う、と言って、背中に、小さな手がしがみつく。
「ちがうの……お父さんは、何もしてない……。私が……」
腕のなかで、結羽の頭がちいさく揺れる。胸元があたたかい涙で濡れて、冷えていく。
「私が悪いの……。私が、お父さんを蹴ったの……」
結羽、と声がする。父が言ったのか、それとも私が言ったのか。わからない。
信じられなかった言葉が、そのまま、頭を滑りおちていく。
蹴った? 結羽が?
父を見る。大きな体は縮こまって、なにやら呻きながら、時折身をよじっている。
「私が悪いの……私が、ごめんなさい、私が……」
結羽の腕が、私たちの間に分け入って、私のお腹を押す。
そんな小さな拒絶で、私は、結羽を抱いていた腕をほどいてしまう。
「私が、お姉ちゃんの手紙を読んだの」
妹が、私の手を逃れる。そうしてそのままバランスを失って、尻もちをつく。
虚を衝かれて、私は、もう何もわからない。
手紙……?
「鍵の引き出しの、お母さんの手紙、勝手に読んだの……」
ごめんなさい、ごめんなさい、と言って、バラバラの両手で、掻き取るように涙を拭う。
「わたし、もうこの家にはいられない……」
「なん……そんな、そんなこと、私……」
「そうじゃ、ないの……そうじゃなくて、私……」
ひとりになりたい……。妹が、静かにくずおれる。
私が結羽を分かってあげられないのは、結羽が読んだという、絵理さんの手紙を読んでいないからで。後悔が、喉の奥をきゅっと締める。それはつまり、逃げてきたツケが来たということだ。
情けなかった。物言わぬ父を睨みそうになって、そうじゃない、と首を振る。
私だ。とっくに、わかってたことじゃないか。父にはできない。私――私が、結羽を守ってあげなきゃいけなかったのに。
「お姉ちゃん……」
妹の両手が、そっと床に伸びる。
「必ず……必ず返します。ちゃんと……利子も、付けて返すから、だから……」
「結羽!」
とびかかるようにして、下がろうとする頭ごと、無理やり妹を押したおす。そうしてそのまま、何も言えないように強く、その体を抱き寄せる。
「いい、結羽、もういいから」
胸の中で、もごもごと声がする。もっと強く抱いて、それも黙らせる。
「お金、出すよ。借金してでも出す。返してなんか、くれなくていい。結羽がここを出たいなら、出させてあげる。引っ越しとか、契約とか、ぜんぶ面倒見るし……。大学だって、通わせてあげるから。だから……」
だから、そんな声で――
「お姉ちゃんなんて、呼ばなくていい」
結羽の肩が小さく跳ねる。頭を抱いていた手を、そっと、その背中に回す。
そんなふうに、しなくっていい。
姉じゃなくても家族だし、もし、家族ですらなかったとしても、そんなことは全然いい。なんだって、どうだっていいの。
だって、ずっと一緒にいたんだから。
「私は結羽を、ちゃんと愛してるから」
結羽の腕が、私にギュッとしがみつく。そうしてそのまま重みをあずけて、胸のなかで、声をあげて泣きわめく。背中に食いこむ指の痛みを感じながら、こんなふうに抱いてあげたこともなかったんだと、今さら思う。
ごめんね、と言って、もっと抱き寄せる。結羽の涙で、熱く、熱く濡れていく。
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