第2話「円卓」

「これでラスティア王女は公式にアインズ王室の一員として迎えいれられたわけだ」

 円卓に座す、老齢の男が言った。


「そろそろ互いに胸襟きょうきんを開こうではないか、アルゴード侯」

 腹の底まで響いてきそうなその声には、人を服従させずにはおられないような圧があった。


「胸襟を開く、とは。レスターム侯」

 レリウスは卓の上で両手を組み合わせた。目の前の相手――レスターム侯の視線を真っ向から受け止めている。


 その場には二人のほか十一人の人間が座しており、それぞれがさまざまな思惑と表情で事の成り行きを見守っていた。


「皆まで言わなくてもおわかりでしょう、ラスティア王女のパレスガードのことです」

 レスターム侯の隣に座っていた年若い男が勢いよく立ち上がる。

「かの者が絶対者ストレイなどと、貴侯とラスティア王女は本気で言っているのですが!」


「はて、他のパレスガードたちがそう断言しているのであって、私もラスティア王女もシンがストレイであるなどとは一言も口にしていないが」


「だが否定もしていないでしょう! そもそもパレスガードとは、単に器を持ち、他を圧倒する力のみで選ばれるものではないはず、そんなことは最低限備えておくべきいち素養に過ぎません! アインズ王室に連なる方々をお護りするため、またその目的を速やかに遂行するため、いついかなるときもそのかたわらに在り続ける。そのような大役を果たすためには誰もが認める人格と知性、なによりその生まれ、血筋がたっとばれるのです! それをラスティア王女はあろうことか市井しせいの者たちを闘技場で争わせ、力ある者すべてをパレスガードにしてしまおうとしている――まさに言語道断と言わざるを得ない! ましてやストレイなどというとんでもない存在まで引き入れてしまうとは――」


「ノルマン侯、少し落ち着かれよ」

 静かだが有無を言わさぬブルーム侯の言葉に、ノルマン侯はしぶしぶといった様子で席に着いた。


 黙っていれば整った顔立ちとも言えなくもなかったが、怒りに表情を歪ませているせいか、どこか品位に欠けているように映った。


「アルゴード侯ほどの男が、事の重要性がわからぬはずはあるまい。かの者がストレイであり、我が国の――ラスティア王女のパレスガードとなったなどと……西方諸国はもちろん、イストラや東方大陸ラクターノアをも揺るがす事態にまで発展しかねん。貴侯はこのことについていったいどのようにお考えか」

「揺るがすとは、いったい何を問題視しての言葉でしょうか、レスターム侯」


「私から説明させていただきます」

 また別の円卓から声が飛んだ。


「ぜひお願いしたいですな、アルマーク侯」

 アルマーク侯はレリウスの言葉に軽くうなずくと、音もなく立ち上がった。ノルマン侯とは対象的に表情ひとつ変えず、静かなる視線をレリウスへと向ける。


「いくら歴史上の人物とはいえ、ストレイの脅威については我々含め、世の子供たち皆が子守歌代わりに伝え聞かされる話です。かつての大帝国カイオスを滅ぼしたウォルトなどその最もたるものでしょう。そんなとてつもない力を我が国が、それも特定の人物が付き従えているなどと、西方諸国の覇権を狙うバルデス、ディケインといった国々はもちろん、イストラや東方大陸ラクターノアが放っておくはずがない。どんな手を使ってでもかの者を手に入れようとしてくるでしょう。我が国以外のすべての国が敵にまわる可能性すらあります」


「貴侯は我が国にストレイが降誕したという事実を世界が信じると考えているのか」


 レリウスが訊くと、アルマーク侯は皮肉めいた笑みを浮かべ首を振った。 


「今さら何をいうのですか。いくら早朝のことだったとはいえ、とてつもないまでのエーテルの奔流ほんりゅうが天高くを貫いたのです。私自身が目にすることは叶いませんでしたが、器なき者たちの目にもはっきりと映っていたと言うではありませんか。少なくともオルタナの民衆は信じ切っていますよ。儀式のあと民たちがどのような反応を示していたか、あなたもご覧になったはず。もっとも、かの者はラスティア王女の後方に引っ込み姿を見せなかったわけですが」


「ふん、なぜ彼らが目にした光景とシンとを結びつけるのか、それがわからない。確かに光柱が出現したのはこのリヴァラ水上宮であったらしいが、シンが関係しているという明確な証拠――目撃者などどこにもいない。そう何度もお伝えしたはず。貴侯らはストレイの脅威についてくりかえし口にするが、ウォルトが存在したのは優に三百年以上前のこと。今や伝説上の人物としてしか人々の頭にも残っていないでしょう。アルマーク侯が言うほどの影響など、果たしてあるものだろうか。民たちもラスティア様に対し歓声を上げこそすれ、貴侯らのような反応を示す者など一人も見あたりませんでしたよ。少なくとも、昨日ラスティア王女とともに目にした限りではね」


「アインズという大国を預かる領侯と一介の民衆とを一緒にしてもらっては困りますな。それに我々が光柱の出現だけを指してこのようなことを言っているわけではないのです。そのこについては貴侯が一番ご存じかと思いますが」


「というと?」


とぼけるのもいい加減にしていただきたい!」ノルマン侯が円卓に拳を叩きつけた。「ザナトスでの一件を忘れたとは言わせませんぞ! 今まで雪など降ったこともない地に凍てつくまでの猛吹雪を巻き起こしたなどと……到底信じ違いことではあるが、これは駐屯していたベルガーナ騎士団全員の証言からも疑いようのない事実であり、そんなことはパレスガードはむろんアーゼムであろうと絶対に不可能! それ以上に我々は、シンと名乗る少年がストレイであるとの確証も掴んでいるのです!」


「ノルマン候、落ち着かれよと言うのがわかぬか」

 穏やかな声とはまるで様子の異なるレスターム侯の眼光が、ノルマン侯の顔を瞬時に青ざめさせた。


「して、その確証とは?」

 レリウスは何事もなかったかのように聞いた。


「私より彼に説明してもらった方が早いでしょう――ローグ卿をお呼びしろ」

 アルマーク侯の影同然に控えていた小姓が小さくうなずき、即座に部屋を出て行った。レリウスが何かを言い出す間もなく一人の男を伴って戻って来る。


「ローグ・バンゲイル、ご命令により参上いたしました」

 そう言って深々と頭を下げる。


「ローグ卿、早速だが卿らパレスガードがかの者――シンと呼ばれる少年をストレイだと断定した経緯を話してほしい」


 うなずいたローグが円卓へと向き直り、心なしか背筋を伸ばすようにしながら口を開いた。

「アインズ王室に認められし四人のパレスガードを代表し、申し上げます。この度ラスティア王女が自身のパレスガードとされた者は、少なくとも広く世に知られている器保持者エーテライザーなどというものでは決してありません。それどころか、到底信じられぬことに、エルダの創りし子ですらないのです。なぜならシンと名乗るあの者からは、生きとし生けるすべての者に宿るはずの生命ルナエーテルがまったく、ほんのわずかも感じられないのです。我々四人のパレスガードが全身全霊の力でもって感知したにも関わらず、です。一見しただけでは到底見抜けるものではありませんでした。なぜならあの者は、周囲の根源エーテルをその身に引き寄せ、いわば衣服のようにまとっているからなのです。この世を構成するエーテルを引き寄せ、操るなどと……我々はもちろん、アーゼムですら不可能だと断言できます。それをは、まるで息をするかのように当然のごとく行っているのです! こんな、こんなことはかの者がストレイであるということ以外に説明がつかない。たとえそうでなかったとしても化け物以外の何物でもありません……エーテルを宿さぬ存在など、死人同然です。死人が、まるで我々と同じく生きている人間のように振る舞い、いたって普通に口を利いているのです。私などは、それが何より恐ろしい」

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