第15話「王都への道」
三日後。
ラスティアへの謁見やレリウスたちの会談がひと段落し、シンたちがアルゴード城を発つ日がやってきた。
「まさか、家族と
馬上の人になりながらレリウスが言う。
「この有事に何を仰いますか」
妻のイレーヌが
「ラスティア様への
「王女のことはもちろんですが、あなたの不在がそれほど大きかったということです。オルタナではこのような
「まったく、どっちが主かわかったものではないな」
隣の馬に
「ラウル王その人にまで堂々と意見するアルゴード侯が唯一頭の上がらない存在、それがイレーヌ奥方さ」
ルノがわざとくさいくらいの真面目な顔で言った。
「お二人ともご冗談が過ぎます――ああ、ラスティア様」
シンの隣を歩くラスティアがくすくすと笑いながらイレーヌへと近づく。
「レリウスの面白い一面が見れて楽しかったわ、いろいろありがとうイレーヌ」
「とんでもありません! オルタナでは何かと大変な思いをされるでしょうが、私もすぐに参ります。それまでどうか、ご辛抱を」
イレーヌがラスティアの両手を優しく包み込み、軽く膝を折って別れの挨拶をした。
「シン様も、どうかラスティア様のお傍に」
「それくらいのことしかできないんだけどね、ほんと」
「オルタナは『大いなる水の都』とまで入れるほど美しい場所ですよ、ぜひラスティア様と散策なさってくださいな」
「必ずそうするわ」
シンが答えるより早く、ラスティアが不自然なほど力強くうなずいてみせた。
たった数日間ではあったが、誰にでも母親然としたイレーヌは、シンにとっても数少ない落ち着ける相手だった。
皆がそれぞれに別れの挨拶を交わすなか、シンは少しずつ距離をとり、木陰のようになっている一本の木に背中を預けた。
「いるんだろ、テラ」
(ほう、ようやっとわかったのか)
頭の中に、例のあの声が響いた。
(ずいぶん上達したと見える)
「共鳴しないで直接言えよ、あまり好きじゃないんだよこれ」
「ふん、私の言いつけを守っていたようだな」
今度は本物の声がシンの頭上から降ってくる。見上げると樹の枝に留まっていたテラが翼の毛づくろいをしていた。
「『いつ何時もエーテルの存在を感じられるようにしておけ』だろ。最初は全然だったけど、ようやくおまえがどこにいるかわかるようになったよ」
「ザナトスを発ってからちょうど半月か。第一の修練はとりあえず及第点といったところか。エーテルを
「ベイルやヘルミットみたいな動きならいつでもできるようになった、と思う」
「なら、たいていの相手は退けられるな。お前の場合、エーテルではなく意志の方が問題だが……身の危険を感じたときは容赦なく撃退しろ。これからお前にはそれなりの危険が及ぶだろうからな」
寄りかかっていた樹から背中を離し、まじまじとテラを見上げる。「どういうことだよ」
「言葉どおりの意味だ。アインズの王都は西方諸国の中でも一、二を争うほどの都市だ。そして人が集まる場所というのは、その賑やかさと引き換えに相応の危険も
「興味ないようなふりをして、ずいぶんと気にしてくれるだな」
「勘違いするな。私はお前以外のことに興味がないだけで、お前自身に何かあっては困る」
「その辺りのことがよくわからないだけどさ、どうせおまえにもわからないとか言うんだろ?」
「ああ。
「あいっかわらず意味がわからん」
テラとこのような話をする必ず眉間にしわが寄る。
「ひとまずはお前の意志が理解できていれば十分だ――それを意志と呼ぶかどうは疑問だが――あのラスティアという娘のもとにいると決めたのだろう」
「……成り行きと言われればそれまでだけど、この世界でおれが初めて出会ったのがラスティアとレリウスだから。そこにどんな意味があるかはわからないけど、少なくとも今はあの二人と一緒にいるのが正しいことのように思えるんだ」
シンは遠巻きにラスティアを眺めながら言った。
見送りに出てきたアルゴード城の面々と一人ずつ挨拶を交わしている。
近頃ラスティアの姿を見ていると、どうしようもなく、何かに駆り立てられるような気持ちになってしまう。しかしその感情の正体が何なのか、シン自身にも説明することができなかった。
「確かにあれは、
「なんだって?」
「おーい、もう出発するってさー!」
ダフに呼ばれシンが振り向いたとき、すでにテラは飛び去ったあとだった。
⦅真に意志することを行え⦆
テラの言葉が最後に響いた。思えばここへ来た当初からくりかえし言われてきたことのような気がする。
「意志することを行え、か」
「おい、シン! 置いてくぞ!」
「置いていけるわけねだろうが、おまえじゃあるまいし」
ダフの言葉にすぐフェイルが反応し、相変わらずのやりとりが始まる。
シンはテラの羽ばたきを見送るようにしながら皆のいる方へと駆けていった。
空は晴天。この先の道は、いよいよ王都へと続いている。
心の中の雪は、今はまだ荒れることなく静かにそこへ収まっている。
きっと、大丈夫だよな。シンは記憶の中の人物へそっと語りかけるようにした。
目の前では王の素質もつ世にも美しき少女が、その翡翠の瞳に優しげな光をたたえ、微笑んでいた。
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