第4話「二人の来訪者」

 くつろぎやすく見るからに上等な衣服に着替えたシンとフェイルは、お付きの小姓たちにアルゴード城の大広間へと案内された。


「二人とも、何も不都合なことはなかったかな」

 先に席に着いていたレリウスが立ち上がってシンたちを迎えてくれた。


「いえ、そんなことはまったく」

「私のような身には過分なる待遇です。アルゴード侯をはじめ、フェルバルト家の皆様に改めて感謝いたします」

 しどろもどろなシンとは逆に、フェイルの口から滑らかな言葉が流れてくる。


「なるほど、おまえはそのような顔も使い分けるのか」

 レリウスはどこか面白そうな笑を浮かべながら言った。

「まずはたらふく食べ、そしてくつろいでくれ。これからのことは皆が人心地ついてからとしよう」


「そういえば、ラスティアは?」

「妻と一緒においおいやってくるだろう。なに、女は何かと準備に時間がかかるものさ」

 言いながらレリウスが片手をあげると、大広間のいたるところからたくさんの給仕たちがやってきて、食欲をそそる湯気を立ち登らせた料理を次々と運んでくる。


 たちまちシンの腹が悲鳴を上げた。フェイルに至ってはさっそく白銀の杯に酒らしき液体を注いでもらっていた。


「いただきます」

 そう言ってシンが料理を口に運びだしたとき。足早に室内にやってきた男がレリウスの耳元で何事かをささやいた。


「なに、リヒタールとルノが?」

 レリウスが驚いた表情で聞き直す。


「はい。奥様もせめて翌朝にとお断りしていたのですが――」

「あの二人ならば仕方がない、すぐに通せ」

 男は姿勢よく一礼し、すぐに部屋を出て行った。


「親しい友人たちがどうしても私に会いたいとここへやって来ているらしくてな」レリウスが申し訳なさそうに言う。「どうも、急ぎの要件らしい」


「俺なんかがいても?」

 フェイルが杯を傾けながら言う。


「構わない、どんな話かはだいたい想像がつく。むしろ二人ともここにいてもらった方が助かる」


 フェイルは軽く肩をすくめただけだったが、シンは何がどう助かるのかまるでわからず、あいまいにうなずいた。


 やがて大広間に二人の人物が姿を現し、大股で詰め寄るようにこちらへ近づいてきた。


「レリウス――このれ者めが!」

 張りのある怒声が大広間に響き渡り、シンはもちろん給仕たち全員がびくりと肩を震わせた。


 レリウスは額に手をやりながら頭が痛いとばかりに首を振った。


「我が国が割れるかもしれんという非常事態時にひとりでいなくなったかと思えば王女襲撃にバルデスによる侵攻だと!? お前はいったい何を考えている!」


 先頭に立ってやってきたのは、わしのように鋭いを目をさらに吊り上がらせた長身の男だった。


「リヒタール、お前は何か勘違いしているようだ」レリウスが苦笑する。「私がラスティア様を襲ったわけでもバルデス軍を率いて攻め込んだわけでもないぞ」


「あたりまえだろうが!」 

 リヒタールと呼ばれた男が両の拳でテーブルを叩きつけると、贅を尽くした料理の数々が踊るように跳ね上がった。


「この怒れる男が言いたいのは、つまりこういうことなんだよ」

 リヒタールの後方にいたもう一人の男が笑いを含んだ困り顔で言う。

「レリウス・フェルバルトほどの男が、なぜ、王位継承者問題に揺れる現在の王宮をほっぽり出してまで王女護衛などという任を買って出たの。それに、立て続けに報告された耳を疑うような事件はいったいどういうことなのか、一から十まで詳しく聞かせろ、というね」


「ご解説ありがとう、ルノ」

 レリウスが深々と頭を下げる。ルノと呼ばれた男は柔和な笑みを浮かべながらそれに応えた。


 二人とも年の頃はレリウスと変わらないように見えたが、リヒタールはいかにも厳格そうな顔つきをしており、一方のルノからはどこか屈託のない少年のような印象を受けた。


 ずいぶんと対照的な二人だったが、どちらも端整な顔立ちと堂々たる身なりをしており、ほとんどそういった知識がないシンでさえ「相当身分が高さそうな人たち」であることがわかった。


「俺をからかっている暇があるならさっさと説明してもらおうさ」

 リヒタールがさらに詰め寄る。


「まあ、まずは座ったらどうだ。そんなに熱くなられては落ち着いて話もできん」

 レリウスが手を差し出して二人に席を勧める。


「言われなくともそうさせてもらう」

 リヒタールは勢いよく椅子を引くと、腕を組みながら腰を下ろした。


「私もご相伴させてもらうよ」ルノがうなずく。「この男に引きずられて王都オルタナから一気に馬を走らせてきたからね。先ほどから腹の音が鳴り止まないよ」


 シンとフェイルは突如現れた来訪者たちとテーブルを挟んで向き合う形となった。

自然とシンの視線がレリウスと目の前の二人との間を何度も往復する。


 フェイルは一向に気にする様子もなく、黙々と杯を傾け、料理に舌鼓さえ打っていた。その図太さが少しだけ羨ましくなった。


「まずは紹介させてくれ」

 レリウスは我慢できないとでも言うかのように切り出した。

「私とラスティア様のみならず、我が国の窮地まで救ってくれた偉大なるエーテライザー、シンだ」


 シンは思わずレリウスを見つめたまま固まってしまったが、リヒタールとルノの視線を一斉に浴び、慌てて頭を下げる。


「その隣は私たちが窮地を脱するきっかけを与えてくれたフェイルだ。ラスティア様のために働きたいとの申し出を受けたのでな、その才覚を買い同行してもらった」

「シンのおまけみたいなもんです。たいしたこともしておりません。俺の事はどうかお気になさらず」

 フェイルが優雅に頭を下げる。


 リヒタールとルノは一瞬戸惑ったような視線を交わしたあと、儀礼的に頭を下げた。


「そしてこの二人は――」


「私たちのことは後でいい」リヒタールがレリウスの言葉を遮る。「言いたいことは山ほどあるが、まずはお前の話を聞いてからだ」


「それに、目の前の料理ものを振る舞ってくれると嬉しい」ルノの柔らな声が追う。「私たちをもてなしてくれる気はあるんだろう、友よ」


 レリウスは笑いながらうなずき、片手を上げた。

 今まで固まっていた給仕たちが一斉に動き出し、瞬く間に二人のための食事の準備が整えられた。


「さて最初といっても、どこから話せばいいのか」


「もちろん、お前がラスティア王女をお迎えに上がると決めた理由からだ。なぜ、王位継承者争いの真っただ中に王宮を離れるなどと馬鹿なことを考えた。しかも王女の護衛というまったく相応しくない任務のために。まだ王の容態が落ち着いていたとはいえ、アルゴード侯レリウス・フェルバルトが四人の王子王女たちのうち誰を支持するかは王宮全体の関心事であり、おまえ自身にとっても重要な局面だったはずだ」


「そう……だからこそ私は、ラウル王に対しラスティア様を直にお迎えに上がることを申し出たのだ」

 レリウスはどこか遠くを見るようにしながら言った。


「ちょうどいい機会だ、シンとフェイルにも話しておきたい。私がラスティア様と出会う前のことを。そして――私が考えている、これからのことを」

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