『 a student 』
青山 未来
- 瞬 - 4月 始業式
窓際の一番後ろの席。
ここが一番落ち着く。
中学の途中から
席替えのクジ引きを終える度に
毎回その番号を引いたクラスメイトに
クジを交換してもらえないかと
交渉を持ち掛けていた。
それくらい
いつでもこの場所をキープしたかった。
背中に誰かの視線を感じることも
プリントを後ろに回す必要もない。
掃除のチャイムが鳴って
机とイスを下げる時の
それらを動かす距離は短く
カーテンと窓も自由に操れる。
そして何より
バレないように外の景色を見ながら
いつでも飽きた授業を
紛らわすことができる。
学校以外の景色をできる限り取り込む。
まるで、殺風景な水槽の中で
息つぎを繰り返すみたいに。
中学の時は
学校から少し遠くに架かる
旧国道を眺めながら
いつもミニチュアのトラックを数えていた。
高校3年の4月某日。3年N組。
始業式が終わり
ぞろぞろとみんなが席に戻る。
このあとは新しいクラスで最初の
ホームルームをして終わり。
明日からテストが始まる。
このクラスのホームルームは学校イチ短い。
いや、もしかしたら
全国でもトップレベルかもしれない。
その理由は他でもない。このクラスの担任が
テキトーサトウでお馴染み
佐藤先生だからだ。
「えー、ハイ。
始業式っていうね、謎の式。
お疲れ様でした。いよいよ受験生です。
えー、」
無精髭の男が曲がった姿勢のまま
教卓を杖みたいにして喋る。
とても初日とは思えない
よれたシャツを着ている。
「1日1日が最後の1回かもしれない
っていう気持ちで
えー、
生きてください。そんなところかな。
良いこと言ったところでね
ハイ。じゃぁ解散。」
これでもいつもより少し長い方だった。
僕は結局、3年連続で
この先生のクラスだった。
佐藤先生は、職員室よりも
旧校舎に設けられた
喫煙室に居ることの方が
多いことで有名だった。
英語のテストでは
毎回問題文の訂正に来る。
そしてそのときにうっかり
答えを口から滑らす。そんな担任の先生。
校内でスマホを使っているところを
佐藤先生に見つかった生徒いわく
「それ最新のラジオか?
みんな欲しがるから閉まっとけよー。」
と、先生は注意も没収もすることなく
ただひとボケかまして去っていったらしい。
そんな良い評判が
学校中を駆け巡ったこともある。
さっき「良いこと言った」と自ら言ったのも
この先生なりのコミュニケーションだ。
口数も滞空時間も少ないこの担任には
小ボケを挟む癖がある。
1年生の最初の頃に
母親と2人で回転寿司に来た時のこと。
向かいのテーブルで
奥さんと小学生の娘さんを連れた先生に
ばったり会ったことがある。
その場では
あっさりと挨拶をしただけだったのに
それ以来、僕と話すときはいつも
「おう。昨日も寿司食ったか?」
と、このたった1回の話をしてくる。
面白い先生がいるなら
そっちの方が良いのかもしれないけど
面白い先生なんて見たことがない。
とにかく変わっていてヘンだけど
消去法よりはもう少しまともな理由で
僕はこの先生が担任で良かったな、と思う。
他のクラスではまだまだこれから
連絡事項や自己紹介タイムを残す中
おそらく喫煙室へと去った
担任のいないこの教室だけは
既に放課後を迎えていた。
新しい顔ぶれに臆することなく
ふざけ始める男子たちと
同じクラスになれたことを
喜び合う女子たち。
誰かが誰かに「アタリのクラス」と言った
その言葉がきっかけとなり
教室全体のボリュームが上がる。
僕はただ静かに
窓際一番後ろの特等席に
自分の机があることを噛み締めた。
過去2年間の統計から分かること。
このクラスには
ホームルームも無ければ
席替えも無いということ。
高校生活最後の1年を
ここで過ごすことに決めた。
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