第7話 フォーカスセンス・レッド

午前十時 ヘイストストリート ロイヤルガーデン前


「買い物袋が重いな、グレネードガンなんか買ってもね。警備車両と戦うことなんかないでしょ、武器屋のジジイが余計なものを売りつけてきたわね。そろそろ依頼人が来る頃だな…時間を無駄にしてしまったわ」


正午が近いこともあってか生暖かい空気に薬屋の葉っぱの匂いが漂ってきて不快感を感じる。


「武器屋ドワフォードウエポンナード」のある店が並んだ暗い通路を出たベロニカは眉間に皺を寄せて鼻を腕で擦った。


その時ヘイストストリートにバイクのエンジンの咆哮が響いて近づいてきた。そして激しいスリップ音を立てた後に地面を這うような威嚇音を響かせて辺りの湿った空気を揺らし始めた。


「ここでピエロを見たやつはいなかったか?なあお前ら、赤いピエロだよ!どの方向に行ったか情報をくれたら命だけは助けてやる」


例のヘイストストリートの殺人パイロットがバイクから降りて銀行街の客に銃を向けている。客達は声も出さずに肩を窄めて腰を低くするだけだ。


(短髪、上半身裸にモッズコート、ジーンズ、厚底ブーツ。近くで見ても嫌な感じね)


(普段も常にパイロットゴーグルは外さないのか。くだらないこだわり)


「おい、そこの女!すました格好をしやがって、黒いコートのお前だよ!」


殺人パイロットはマフィアの下っ端のように腕を伸ばしてデザートイーグル(長めの拳銃)をブラブラと振りながら銃身をこちらに向けている。この男はおそらくバイクを生活の中心にしている。なら金は持っているはずだ。ダラダラとしている暇はない。


「赤いピエロね、大事な人でもさらわれた訳?」


パイロットの口元が閉じ鼻息が荒くなった。顰めっ面で首をポキポキとならした後に呼吸が落ち着いた。それなりに死線を潜り抜けているのだろうかマフィアの幹部のような気迫を感じる。


銀行に並んでいる輩の数人が引き攣った顔で階段から離れていくのを確認したベロニカはフードを外した。


「見たのか、リュックに子供を入れているピエロを」


「情報料は百万ドルよ」


ベロニカは買い物袋を地面に投げた、底に入れたグレネードガンのケースが張りのある金属音を立てた、コートを右手でずらしてホルスターに手をかけてシックスチャンス(ハンドガン)のグリップを握った。


「貴様、俺に金を払えと言っているのか?くだらないね。足と手を不能にしてから聞き出してやるさ」


(集中しろ私!)


ベロニカの眼が赤く染まり、眼の周りのクマが血管のように浮き出ていく


「貴様、なんだその眼は。クソ、こんなところにがいる!ボスに連絡するべきか?」


殺人パイロットは左右に体を揺らして銃を右手と左手に交互に持ち替えている。


(何を喋っていても今の私には聞こえない。独特な動きをする間抜けなサバイバル術ね)


(確か決闘するガンマンは体をそらして弾を避けながら速射するという概念があった。マフィアもそうだけどくだらない記憶は何故か覚えているものね)


(あの重そうな銃をどの角度から発砲してくるか)


集中したベロニカの視界はサーモグラフィー(赤外線感知)に加えてスローモーション(減速)になっていた。


その代わりに聴覚が失われ無音の世界になるために昼間にはあまりフォーカスをしないほうが良いというジンクスがあるのだがやむを得なかった。


(左足に重心をかけた、右手で撃ちながら左下に体をそらすつもりだ)


トリガーを引いたベロニカは殺人パイロットが左に体を傾けると同方向に一歩踏み込んだ。


銃声がヘイストストリートに二回立て続けに響いた。


殺人パイロットは後ろに弾かれた頭を地面側に振ったあと胴体に引っ張られて前に崩れ落ちた。


ベロニカの眼が青に戻ると同時に銃をホルダーに戻して髪をクシャクシャと掻いた。



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