第9話ヒースのミルクを確保せよ3
「あああっ、私のヒース!」
その城に着いたときに真っ先に走ってきたのは真っ赤な髪をした美女だった。気が強そうでド迫力の目鼻立ちがはっきりした彼女だったが、ヒースのところに駆け寄るとそっと抱き上げて涙をこぼした。
それを見たマルタが私に抱っこをせがみ、ルーフが手を握った。
しかし、ドラゴンの国に行くというから、洞窟みたいなところを想像していた。雪山の中にあったのは城だ。どう見ても城。まって、ロード様はもしかしてドラゴンのお姫様に手を出していたの?
ヒースを抱く美女の後ろから使用人がたくさん追いかけてきた。
「どうぞ、こちらへ」
使用人に促されて部屋に案内された。ルーフとマルタは驚いた様子はなかった。
「サーラ様。こちらが新しい僕たちのナニーで『チコ』です」
ダンはTPOをわきまえる十一歳なようで、自分を『僕』と言って敬語を使っていた。ちょっと……笑える。
「まあ……とっても……良さそうな人ね」
「チコは父に興味がないそうです」
「ええっ……あ、ああ。あなた、ドライアド……」
「ええ。母がそうです。父はドアーフですが……私たちの種族が性別を選べることはあまり知られていませんが、まだ私は決定してません。ですからロード様は私に興味を示すことはないでしょう」
「なるほど。……挨拶が遅れました。私はサーラと言います。ドラゴン族の王トルトの十三番目の娘です」
じゅっ……でもやっぱり姫様だった……。なんだかこの分だと他の子供の母親もそれぞれすごそうだな。そうしてサーラ様は言葉を続けた。
「ヒースのことは気がかりだけど、あの屋敷にはトラウマがあって……」
あの屋敷でどんなトラウマを植え付けたのだ、ロード様。
「チコが掃除をしてくれてずいぶん屋敷も見違えました。サーラ様が屋敷にきてくださったら、ヒースも嬉しいでしょう」
「ああ、ダン、あなたがいてくれてどんなに心強いか。そうね……が、頑張ってみるわ。もちろんわかってるのよ。ミルクだって私が運ぶ方がいいってことは。大切なものだから他の者に頼むこともしたくないし、ええと、でもやっぱりあの壁紙はまだ青いままなの?」
「そのままですね」
「……そう」
なんだかダンとサーラ様が重い雰囲気だ。
「あ、あの、ヒースを預かってもいい? 少しだけ二人きりで過ごしたいの」
「いいですよ」
「いつもありがとう、ダン」
そう言ってサーラ様はヒースを抱いたまま奥の部屋へと行ってしまった。二人の会話で不思議に思っていたことを、サーラ様が見えなくなってからこっそり聞いた。
「もしかして、サーラ様が屋敷にこないのは壁紙の色のせいなの?」
「……あの青い壁紙はマルタの母親のために変えたもので、当時サーラ様はクソ親父とマルタの母親が結婚していたのを知らなかったんだ」
「え」
「マルタの母親は人魚だから、長時間水が無いと生きられない。特殊な青の塗料で水中と同じように呼吸ができるようにと魔法がかけられていたんだ。他にも色々工夫して水辺を作ったりしたけど、やっぱりあの屋敷では住めないと故郷の湖に帰ったんだ。で、別居中それをいいことにクソ親父は浮気三昧に」
「サ、サイテー……」
「サーラ様が自分が浮気相手だって知ったのはお腹にヒースがいた時で、当然ドラゴンの王は大激怒。マルタの母親を追い出す形で結婚することになったんだ。で、あの壁を見る度に罪悪感にさいなまれるみたい」
「そ、そうなんだ」
淡々と語るダンにも驚くけれど、これだけの修羅場を十一歳の息子に見せるロード様に幻滅だ。
「ほんと、女の人に次々手を出すのはやめて欲しい。結局、チコの前のナニーに手を出してサーラ様とも離婚だもん。どうしようもないよ。俺は親父みたいにだけはなりたくない」
素晴らしき反面教師。きっとダンは浮気をしない素敵な男性になるだろう。
しかし、サーラ様はヒースをとても気にかけているようだ。ヒースにとっても頻繁に母親に会えることはいいことだろう。ミルクだって毎回小さい子供を連れて国境を超えるのは大変だ。屋敷にきてくれるならそれに越したことはない。
どうにかならないものかなぁ、と私はぼんやり考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます