元勇者は五児の父。即席ナニーは大忙し!

竹善 輪

第1話噂の勇者はドクズだった

「チコ、悪いがまだ弟たちもまだ小さい。しばらくの間は家のために働いてくれるか?」


 そう言って父から差し出された紙には住所が書いてあった。


 ドワーフの父は半年前に酔っ払って階段から落ちて大事な商売道具の右指を三本も骨折してしまい、以前のように鍛冶仕事が取れなくなっていた。怪我をしていなかったら勇者の防具も手掛けたこともある優秀な職人なのに。


 これでは生活できないと、工房の手伝いをしていたドライアド の母も街の植木屋に働きに出ているけれど、とても母だけの稼ぎで家族五人が食べていけるとは思えなかった。

 

 このラブラブ夫婦には長女の私と今年から学校へ行く双子の弟たちとで子供が三人いる。幸いにも私は先日学校を卒業して成人した。元々は父の工房の仕事を手伝って仕事を覚えていく予定だったけれど、こんなことになったのでどこか外で働き口を探そうとしていた矢先だった。


「どんな仕事? 学校を卒業したばっかの私でもできる仕事かな?」


「それがな、知り合いに紹介してもらったんだが『ナニー』なんだ。簡単に言うと子守と家事をお願いしたいと。で、まあ、最初は試用期間で相性を見てからお願いしたいって」


「子守と家事?……いいじゃん!」


 考えてみたら私ができる仕事なんて家事と肉体労働くらいしかない。父を見て育って手先は器用だし、体も頑丈だ。年の離れた弟たちの面倒も見てきているから子守も経験がある。


「じゃあ、ここへ行ってみてくれるか?」


 そうして父から差しだされた紙に書かれた住所と名前。


「あれ? ちょっと父さん、まって、この名前って……まさか、この人の子供の子守!?」


「……そうなんだ。報酬がなあ、めちゃんこいいからなぁ。あ! その、お前には絶対に手を出さないようにお願いしているからそこんとこは大丈夫!」


「そもそも頼まれても手なんか出さないよ」



 ロード=フルド=コンラッド


 それは十数年前に魔王を倒した勇者その人だった。



 ***



 僻地の村で育った勇者はかつて魔族がはびこっていたこの世界を仲間の聖女、魔法使い、剣士と共に魔王を倒した。そうして旅が終わってから聖女だった王女と結婚して、めでたし、めでたし、のはずだったが、この勇者、とっても女癖が悪かったのだ。その話はとても有名で、帰ってきてモッテモテ、入れ食い状態だったのをいいことに浮気三昧、ハーレムまで作り上げたという。とてもじゃないけれど耐え切れなくなった王女様は離婚を言い渡し、今は国中が知るバツイチ男に成り下がっていた。


 ―ーそうはいってもやっぱり世界を救った立役者。三十歳後半の今も女性から激しくアプローチを受けるらしい。その結果なのかなんなのか子供ばかり増えているという噂……。王女との長男だけは王家に引き取られたらしいけれど。



 父情報によると勇者の子供は現在五人である。あ、知らないうちに増えているかもしれないとは聞いているのは笑えない話だ。


「ここかぁ」

 

 勇者の家は思っていたより街から離れたところにあった。門から家までが遠くて、十分くらい歩かされた。要するに庭が広すぎる。そしてその庭はボコボコに穴が空いていたので私はそれらを注意深く避けて通った。


 悪い予感しかしない。


 大体、あの勇者の大事な子供の『子守』で、『報酬も良い』にもかかわらず、未経験の私に話が回ってくるのがおかしい。それに加えて家を出てくるときの両親のあの含みのある顔……しかし、引き返すなら今かとぼんやり歩いているうちにその家のドアがばばーんと開いた。


「おー! 気配がしたから誰かと思えば! カーネリーんとこの娘ってお前か?」


 現れたのは勇者ロード様である。流石にこんな有名人の顔は私でも知っている。父の工房に現れた時はもっと若かったけど。


 しかし確かにおっさんになっているがまだまだカッコいい。黒髪にグリーンの瞳。鍛え上げられた体に笑い皺が男っぽくて、大人のフェロモンがプンプンしている感じだ。これはモテてもおかしくない。


「は、初めまして、カーネリーの娘のチコです」


「ふうん、『娘』?」


「いずれは『女性体』を選ぶつもりです」


 ロード様はそう突っ込んできた。私はドアーフとドライアドの両親を持つが、異種結婚の場合その種を引き継ぐのはどちらかである。うちの家族は私はドライアド、双子の弟たちはドアーフである。あまり知られていないので大抵は女性だと思われがちだが(たいてい選択も女性が多いけれど)ドライアドは性別を選ぶことができる。そしてそれは伴侶の性別に左右される。


「いや~、助かったわ! 俺、これから出かけなくちゃいけなくってさ。さっそく子供頼むわ。金は好きなだけ払うし、給料は月初めに渡すから。後のことはダンに聞いてくれ。じゃあ、よろしくな~」


「え!? へ?」


 ダンってだれ? 今顔合わせたのに出かけるってなに? 頭にハテナがいっぱい飛んでいるうちに勇者は瞬間移動していなくなった。


「え、ええーーー!!」


 もう少し、説明とか、ちゃんとした契約とか、ないの!? 試用期間どうなった?


 大切な子供たちを今日会ったばっかりの娘に預けられるものなの?


 青ざめる私が未だ玄関に立ち尽くしていると、家の中から出てくる人物がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る