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「……て、思うんだけど……」
え? え、え?
ちょっと……、待って。待って待って。整理させて? 今気づいたけど……、目元にほくろない? えっ、泣きぼくろ!? は~~~~!? それは流石にえっちすぎん~~~!? 色気限界突破してるや~~~ん!
「だから、涼森さんの……」
睫毛なっっっが。えぐ。まつエクでもしてるの?
もしかして自前? 自前でその長さ? 自前で? 前世なにしたの? 世界救ったの? 世界救った特典で睫毛長くしてもらったの?
「──聞いてる?」
「ひゃい!」
いきなり眼前に凄まじく良い顔が覗き込んできて、勝手に肩が大きく跳ねる。
思わずのけ反った私を見て、夏目くんはいじけたように唇を尖らせた。可愛い。
「彼氏の話、聞いてくれないの?」
「かっ!?」
ぼっとマッチに火が付いた瞬間みたいに、顔が一気に熱くなる。鏡で確認しなくても真っ赤に染まっているのが分かる。
「あーあ、構ってくれないの寂し。泣いちゃおっかな」
ぐすん、と子供が泣くみたいに片目を擦りながら夏目くんが言う。
うーーん、わざとらしい仕草があざとくて可愛い。よし、百点! ……じゃなくて!
「……あのぉ、そのムーブ、そろそろ終わりにしません?」
「ええ。どうして?」
「乙女心を弄ぶのは重罪なので、刑法に引っかかります。懲役30年」
「ありゃ~、それは困った。警察のご厄介になるのは避けたいな」
機嫌のいい猫みたいに喉を鳴らした夏目くんは、左手でごめんのポーズをしながら、片目を閉じた。
「涼森さんの反応がいいからさ、つい、からかっちゃった。……ごめんね?」
「くっ……、(顔がいいから)許します」
推しが片目を閉じたらそれはもうファンサ。皆等しくその魅力にひれ伏すしか術はないのである。
諸行無常。ウチのじっちゃんもそう言ってた。いや、言ってないけど。
「それで、話の続きなんだけど」
「えっ? あ、ああ。うん?」
やべ。全然話聞いてなかった。顔面見るのに夢中で。
曖昧な返事をした私を見るや否や、さっきオフにしたばかりの意地悪スイッチが再びオンになったらしい夏目くんが問いかけてくる。
「俺がなんて言ったか覚えてる?」
「もももちろん、覚えてるよ当たり前じゃ~ん!」
明後日の方向へ逸らした視線を追いかけるように、夏目くんがじいっと見つめてくる。
わあ~~~、イケメンの真顔って迫力すっげえや! 圧が!
「じゃあ、何の話してたか聞いてもいい?」
「え……っとぉ、ん~~、現国の先生、音読するとき絶妙に語尾が上がってタラちゃんみたいって話……、じゃないよね! あっはっは、なんつって! 冗談冗談!」
ひょえーーー、無言の笑顔怖。
「えと、えっと、ああ! うちのクラスに異常に山田が多いって話……でもないよね! わははは……」
さらに深くなる夏目くんの笑み。比例するように私の額に流れる冷汗。
物言わぬ夏目くんの圧に押し負けて、私はすぐさま頭を下げた。
「……すいません、全然聞いてませんでした」
「素直でよろしい」
うむ、と腕を組んで夏目くんは大きく頷いた。そして、私がたどり着けなかった正解を口にする。
「成瀬くんの話だよ」
「ああ……その話、まだ終わってなかったんだ」
私の中では、図書室での会話で、完全に終わっていたのだけれども。
あの不良少年の話をするのも呪われそうな気がして憚られ、私は口を尖らせながら、問い返す。
「また、好きがどうとかって話?」
「俺の勘、結構当たるよ?」
「もう一回言うけど、それだけは絶対にない」
「どうして?」
「どうしてって……」
私は立ち止まって、頭の中で後ろの席の悪魔を思い浮かべる。あのマリアナ海溝より仄暗い瞳と目が合った途端、背筋に凄まじい悪寒が走った。思わず両腕を抱きしめて震える。ひぃー、くわばらくわばら。
「逆にどこをどうまかり間違って、夏目くんがそう思ったのか聞きたいくらいなんだけど」
あれは完全に殺る奴の目だ。どうあがいても殺意しか感じられなかった。
「うーん。端的に言って、あの視線かな」
首を傾げながら、煮え切らない口調で夏目くんがそういった。
私はムンクの叫びの代打でも務まりそうなほど口を開け、もはや絶句しかない。返事のない私を不自然に思ったらしい夏目くんが、振り返る。戸惑ったように視線を泳がせた。
「え、え……なんか変なこと言った?」
「あの視線が好意的に見えたなら眼科行った方がいいよ。いい眼医者さん紹介しようか? 今指何本立ってるか分かる?」
「視力2.0あるよ。指は3本」
「じゃあ、睡眠不足が原因で幻覚が見えてるに違いない」
「ちゃんと8時間寝てるけどなぁ」
「じゃあパラレルワールドだ。私と夏目くんの見えてる世界線が違うんだよ。どう考えても、あの視線はぜぇ~~ったい! 私を殺そうとしてる目だってば!」
「好きと殺すは紙一重って言うじゃん」
「言わねーよ!」
それを言うなら、好きと嫌い、だ。
彼、成瀬善の視線は、嫌いという途中駅を超特急で飛び越えて、殺意という終着駅に辿り着いているのだ。
「成瀬くんのアレ、いつからなの? 心当たりとかない?」
「いつ……うーん」
さて、それはいつからだったか。改めて思い返すと、初めて彼の席の前に着席した時からだった気がする。
……え? ちょいちょい待て待て。
初対面ですでに殺意抱かれてない私? なにしたらそうなるん? 前世宿敵だったんか? 駄目だ、それ以外理由が全く思いつかない。
「心当たり……は、ないけど……もしかして、(前世で)成瀬くんの親殺したんかな私」
「ああ、それで」
「なるほどーってならないで! そしたらたぶん私ここ居ないから! 今頃塀の中だから!」
神妙な顔つきだった夏目くんは、泡を食ってあたふたする私を横目で見て、楽しそうにくすくすと肩を揺らした。
楽しそうで何よりだ、と私は心の中でだけ愚痴って、ずっと気になっていたことを問いかける。
「やけに成瀬くんにこだわるけど、どうして?」
ほんの2週間ほどの付き合いだけれど、夏目くんと成瀬くんが話しているところなんて見たこともないし、接点なんて一つもない、ただのクラスメイトだ。彼のことを気にする理由が見当たらない。
「どうして、かあ」
一瞬、ちらりとこちらを見やった夏目くんは数秒ほど考えるような素振りをした後、口元に柔らかく笑みを浮かべて小首を傾げた。
「……どうしてだと思う?」
後味に意味深な余韻を残して、そう言った。
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