一章
1
第一印象は、優等生だった。
皴一つないブレザーに身を包んで、新入生たちの視線を一点に浴びながら、颯爽と私の横を通り過ぎる彼の整った横顔を目線だけ追いかける。
教壇に立つと、女子たちの黄色い声が小さく沸き立つ。
すらりすらりと、落ち着いた柔い声色で答辞を読み上げると、彼はすっと正面を見据えた。
「新入生代表、
それが、夏目くんとの初めての邂逅だった。
*
「はい、どうぞ」
私の目の前に差し出された数学のプリント。
四六時中聞いていたくなるような、綿菓子みたいにふわふわした声音が降ってくる。
「……あ、ありがとう」
私は控えめにお礼を言って紙を受け取ると、彼──夏目くんは、くすっと喉を鳴らして垂れた目を細めた後、そのまま前を向く。
すっと伸びた背筋が、よく見える。前の席に座っているから当然なのだけれど。
この席になってから、2週間が経つけれど、いちいち、長い指先とか、声とか、亜麻色のたれ目とか、そういうのにいちいちドギマギさせられる。
受け取った紙の端をぎゅうっと握り、皺が付くのも他所に、すうっと息を吸って私は心の中でだけ感涙にむせび泣く。
ああ~~~、神様感謝しますッ! 今日も推しの顔がクソいいです!!
何今の笑み!? ファンサなの!? ファンサですか!? 実質ここS席やん! いいの!? 私お金払ってないけど!? あっ、待って待って。すごいなんかいい匂いする。顔も声もいいのにいい匂いまでするって最高だなオイ! ガチャで全然SR出なかったのはこの時のためだったんだ!! 神様仏様ご先祖様どうもありがとう!!!
沸き立つ喜びを噛み締める様に私は天井を仰ぐ。
高校一年生、春。
私、
何故ならば、入学式で見た王子様みたいな顔立ちのイケメンとたまたま同じクラスになって、くじ引きで決めた席でたまたまそのイケメンが前の席になったからだ。
イケメン耐性皆無の私は、夏目くんの言動に振り回されまくっている。後ろの席に座っている女がまさか自分の何気ない行動で、いちいち大興奮していることがバレないように、何とか猫を被るのが精いっぱいだ。
普段は祈りもしない神様に大感謝していると、ふと、後ろから声がした。
「──おい」
私の肩が勝手にぴくんと跳ねる。それは、不機嫌の炊き出しでもしているかと言いたくなるような低い声だった。
私は錆びついたロボットみたいにぎぎぎ、と後ろを振り返る。怖すぎて普通にちびりそうだった。
眼前に迫り来るのは、大きな掌だ。額に大量の冷汗をかきながら、僅かに視線をずらせば、獰猛な肉食獣のような鋭い目つきと目が合った。
ここがサバンナだったら私は速攻食い殺されていたかもしれない。
「紙」
「ひゃい!」
手に持っていたプリントを慌てて差し出すと、その男は無言で受け取る。
紙が手から離れた瞬間、私は脱兎のごとく前を向く。
前を向いているのに、分かる。めちゃくちゃ私の背中に突き刺さる視線、視線、視線。完全に小動物を狙う肉食獣のそれだ。
私は小さく背中を縮こまらせながら、顔伏せる。そして、再び心の中でだけ叫ぶ。
私が、私が一体何をしたって言うんだ!!!
ああ、神様。どうして、どうして、私の後ろの席に、こんな不良人間がいるんですかーーーーーー!?
今日もまた、冷凍ビームみたいな視線を寄越す男の名は、成瀬善。
癖のある黒髪、視線で一人は殺せそうな鋭い瞳、耳についたいっぱいのピアス。
まごうことなき不良少年が、私の後ろの席の男である。
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